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かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

日本滞在日記が溜まっているんですが、お仕事の記録日記です。

わたしは、思いついたことをちょこちょこと下書きに溜めていて、ある日それを取り出して日記を完成させて投稿する方式ですが、完成させるためにはちょっとだけまとまった時間が必要なんですよ。

それに比べるとリアルタイムの日記はすぐに書き終わるんですよね。


週末は、合計で1500km以上移動しました。金曜日も入れると2千キロを越えますね。

金曜日は、オーストリアのスキー場からStuttgart近郊の学生を連れて帰ってくるツアー。これは夫と担当したけど、「少しは楽をしよう、二人とも土曜日は限度いっぱい運転することになるので」と言うことで、スキー場の近くの素敵なホテルに一泊して、美味しいご飯もいただいて久しぶりに長く寝ました。


学生が泊まっていた学生用の宿泊施設からの景色。雪なんて見えませんけれど、毎朝スキーバスというのに乗って、技術レベルに見合ったスキー場に行くのです。

そして土曜日は朝の4時からミュンヘン発で、マッターホルンの近くまでスキーグループのトランスファーです。これは1000kmを超える走行距離になり、二人体制ですが、制限時間内にガレージに戻れるかが予測がつかないお仕事でした。

大型運転手は特別な場合は、1日10時間まで運転できますが、勤務時間と言うか、1日に車両を動かして良い時間が決まっていて、二人体制での運転の場合は、30時間までで、そのうち9時間は車両を止めていないといけません。と言うことは、21時間内にガレージに戻らないといけない。

朝の4時に動き出していますから、午前1時にはガレージに戻らないといけません。


ペアを組むのは、前回も一緒に走ったベテランの運転手。わたしより10歳ぐらい若いけれど、もう長く一緒にお仕事している仲間です。昔はわたしがガイド、彼が運転手だったけどね。今や同僚です。わたしがバスの運転始めた時、ものすごく喜んでくれたのは彼です。

まずは彼がミュンヘンまで、そこからわたしが交代して、チューリッヒの手前まで、ベルンで客のリクエストのパウルクレー博物館で1時間の休憩、その後はマッターホルンの近くまで、爆走です。レマン湖のほとりのアウトバーンをひたすら山を目指して進みます。


パウルクレーセンターにて。せっかくの表示が見えないね。

下はスイスの無料公衆トイレ。男女共用ですが、便座を下げると水が大量に流れて、かなり綺麗でした。


チューリッヒ付近でかなりな渋滞に見舞われて、予定よりも30分ほど時間を浪費します。


しかし焦っても、バスは速度は時速100キロしか出ませんから、腹を括って、なるべく速度を常に100に保って走りました。

レマン湖は綺麗でしたよ。


湖が撮れていないことに今気がつきました。残念。お迎えの時に撮るかな。


今回のホテルは、お客が個人で手配しており、スキー場まで徒歩で行けると話していた時にものすごくイヤな予感がしたんですよ。「果たして大型バスでそこまで登っていけるのだろうか?」


ホテルは大丈夫と言ったらしいんですよ。バスの駐車場もあると。ここでそれを鵜呑みにせずに自分でもう一度確認すべきでした。いつもは絶対やりますが、この客は超多忙な人で、全く連絡がつかずにホテル名がわかったのは前日で、わたしも夫も前日はオーストリアからの客の運転中だった。


恐ろしい道でした。狭く、離合もままならず、カーブだらけで、場所によっては両側に石の壁が作ってあるので、ものすごく怖い。あるいはガードレールも無くて、滑ったら一巻の終わり、な場所もあるし。


ここまでの道も相当ひどかったけど、下の写真のカーブを登る手前で、あまりの悪路に心配になったのか、ありがたいことにペア運転手が運転を変わってくれました。ここからはイヤな予想通り、急なヘヤピンカーブだらけの細い道で人によっては自家用車でも登るのを躊躇すると思う。

最後にはあまりの急カーブで、バスがつっかえて、にっちもさっちも行かなくなり、客を全部下ろして、軽くしてから、なんとか登り切りましたが、もうわたしも同僚も放心状態ですよ。またここから降りなくちゃいけないんだから。先に進んだらマッターホルンですからね。戻るしかない。


悪いことに、徐々に雪も降り出しました。あの道に雪が積もったら、もう終わりです。上の写真に路線バスが載っていますが、あの車両はうちのツアーバスよりもだいぶ短く、ニ軸で、重量が比べ物にならないほど軽いので、なんとか通行できるんでしょうが、うちのバスは無理です。チェーンは持っているけど。


我々は、大急ぎで荷物を下ろして、客に別れを告げ、同僚がハンドルを握って山の下におりました。もうどうやって降りたのか思い出せないほどです。

山の下に降りたら、もう同僚の神経はずたずたになっていたので、わたしがまた交代して、4時間ぶっ通しで走りました。チャップリンで有名なヴェヴェイ、モントルー、シオン、ベルン、チューリッヒを抜け、シャフハウゼンのあたりで、正気を取り戻した同僚と交代、そしてドイツに入って、再び交代して最後の1時間半はわたしが運転し、ガレージに到着したのがリミットの9分前。

お互いに健闘を讃えあい、バスをチェックして、2時過ぎに帰路につきました。


このグループをまた一週間後にお迎えですが、もう最後の坂は登りません。登るもんか。上の写真の路線バスが停まるところまで客には徒歩で降りてきてもらいます。ホテルに車両があるはず。


達成感もありますが、神経も肉体もかなり消耗したお仕事でした。

ところで、この日わたしが食べたのは、運転しながらかじったソーセージとパンだけ。日本でバス運転手がソーセージをもぐもぐ食べながら運転したら大問題になるだろうね。わたしは白ソーセージとウインナーを温めたものを同僚が持ってきてくれて、美味しくいただきました。


さんぼ


なんだか最近、本当にいっぱい代替バスの依頼が来ます。

来週からは、もうほとんどの車両が出ていくので、受けられないので、今のところ問い合わせがあるものはできる限り受けています。


3月だけでもう既に6-7回は出ていますね。汽車が不調になるばかりでは無く、工事が終わらなかったとか、そう言う理由もあるようですけど。あと人身事故。これは言うまでも無く心痛む理由です。


今日も電話がかかってきました。午後のコーヒーを淹れて、まさに一口飲もうとしたタイミングで。

夫がわたしの方をチラチラ見ながら受け答えしているのを聞いてみると、どうも2台必要で、しかも、今すぐ、直ちに現地に向かう必要がある。


わたしは事務仕事が溜まりに溜まっており、バスなんて運転している場合ではない。

だけど、前にも書いたように、この代替バスの報酬は良く、人助けにもなり、路線バスのように、あちこちの村を回るのではなくて、大きい駅の間を移動するだけなので、気楽といえば気楽な仕事なんですよね。


仕方ない。一旦飲みかけたコーヒーカップをテーブルに戻して、寝巻きのズボンだけを外に出ていけるものに変えて、顔も洗わずに夫と一緒にバスに急ぎました。今日は家から出ずに事務所に籠るつもりだったからの着替えてもいなかったんですよ。五時に起きて、そのまままっすぐ事務机に座ったので。



わたしは上の我が社の女王様、夫は下の我が社のキング。実はわたしはどっちかと言うと下の方が好きなんですよ。シートが体に合うのと、ハンドルの切れ味が好みだから。ブレーキもこっちの方が好き。


でも、一刻も早く客の元に行かねばならなかったので、エンジンの立ち上がりが速いダブルデッカーに夫が乗って、先に行っちゃったんで、わたしは残った女王で行きました。


ウルムの駅に到着すると、停留所に入りきらないぐらいの大量の人員がわたしを待っており、バスが止まったら、みんな拍手をして、大喜びで乗り込んできましたよ。彼らは夫のダブルデッカーがいっぱいで乗れなかったお客さんで、夫が「あと数分したら僕の妻がやってくるから心配せずに待っててください」と言い置いて出発したんですって。

ダブルデッカーには80人ぐらい乗れます。で、わたしの50人乗りのバスもいっぱいになったから、結構乗客の多い汽車が止まっちゃったんだろうな。


向かうのは、ちょうどシュバーベン山脈の路線のコースにも含まれているMerklingen。

ここからは汽車が動いているのです。


結局何往復したのかなあ、わたしは途中で、急遽やってきた運転手と交代して事務仕事に戻りましたけど。


事務仕事って一回集中が途切れると、エンジンがかかるのに時間がかかるんですよね。結局今日の予定はこなせませんでしたが、ウルムのバス停にいた大喜びのお客さんのことを思ったら、まあいいや、と思うんです。

わたしの人生で、これほどわたしの到着を待ち望まれたことは無いからね。


さんぼ



二週間ちょっとの滞在で自由になるのは一週間。そのあとは次女が来るので、自由が無くなる。


① パスポートの更新

② 実家の力仕事

③ 春に向けての庭の準備

④ 納戸の片付け

⑤ 美容院


以上が次女が来る前になさねばならない事項でした。パスポートの更新は必須で、実は7月までは有効なんですが、わたしは実にしばしば外国へ行き、常にパスポートは必要なんです。ところが情報によると3月25日以降の申請分からは、日本での集中作成になるので、今までは6日程度で受け取れたところ、交付までの期間が大幅に増えることが告知されていたので、日本でやっちゃおうと思ったんです。日本滞在中は「今からちょっとスイスへ行ってグループをピックアップしてきて」なんて仕事が入ることは無いからね。

パスポートを更新したら、10年間は使うことになる。73歳か。これが最後の更新にならないとも限らないから、多少はまともな写真にしたいなあ、などとも思う。


実家での用事は、主に今まで妹が担ってきた力仕事関係をなるべく済ませること。妹の義務観念は強く、絶対に無理をするんです。彼女は目下薬の副作用で歩くのもおぼつかないために、とにかくわたしができることは全て済ませたい。


美容院は、前回初めて試みた、毛質改善(これは縮毛矯正というのかも)をもう一度やりたいので。

まあこれは好みですね。この処置を施すと、まっすぐになって艶々になるのですが、その代わり遊び心と言うか、動きを出すのは難しくなるんです。変わり映えのない見かけになる。

わたしも「ああ、これつまんないな」と思うことがないわけでは無いけど、普段の手入れがほとんど要らないのに、常に艶々、というメリットの方が大きいので、またやります。

次に帰省できるのは8月。だけど仕事のついでなので滞在は4日間。だいぶ伸びているだろうからついでにその時のために予約もしようと思う。



上は父愛用の唐津焼きのコーヒーカップ。これは30年近く前に夫が初めて日本に来たときに、ちょうど父がカップを取り落として取っ手が割れたんです。

父は全盲なので、手で触って少しざらざらした入れ物の方が好みで、このカップはお気に入りだったので、落胆していたところ、夫がすぐにスーパーに行って、強力な瞬間接着剤を買い、それを用いて修理したもの。今でも現役で、父は毎日使っています。

下は、福岡空港で、いただいた抹茶パフェ。クリームあんみつ的なのが食べたくて。どうしちゃったんだろう、わたし。パフェ的なものを注文するなんて、今まではほとんどなかったんですけどね。前回の日本滞在時に引き続き、今回もこんなものを注文しちゃった。


さんぼ