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かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

今また忙しくなって来たので、日記が数週間途切れないように近況日記。


3年に一回ミュンヘンで開催される、世界最大の建機展に今年も行って来ました。


もう何回目になるのかなあ。

わたしは、もう20年近く我が家の近所の重機会社の通訳をしています。かつては日本へ輸出する大型機種の安全検査の通訳だけで、日本のユーザーの方との接触はなかったのですが、10年ほど前から、日本支社の顧客ツアーも担当するようになって、ますます関わりが深くなりました。


今回も、日本のユーザーグループのガイドでBauma訪問です。


重機会社の安全検査の通訳に呼ばれた時、その当時の担当者から、一日みっちりと講義を受けたんですよ。「わたしの講義を受けて、基本的な知識をつけていた方が、貴女にとって良いですよ」と言われて。

ヘルメットも着用して、実機も見学し、ごくごく一般的な構造、安全検査では何をするのか、日本での規格や法律なども教えてもらいました。

他の会社でもさまざまな分野のコミュニケーションのお手伝いをしますが、ここまでやってくれた会社は無いですね。


最近はどの会社もディーゼルではなくて、電気を利用した機種、あるいはハイブリッド機種を開発しています。社会的に重要な動きとは思いますが、素人の感想は、まだ時期尚早じゃないかなあ、と思う。だって車だって、ちゃんと使える電気自動車は限られているし、まあ車ぐらいなら、もしも不満な場合は売り飛ばして買い替えるとか不可能ではないけれど、重機なんて値段が車と比べてゼロが何個か多いですからね。わたしがオーナーなら、ものすごく慎重になるだろうな。わたしが億万長者のオーナーなら、公共工事の請け負いに有利なように、一台所有しようと思うかもしれないけど。


これは、走行時はディーゼル使用で、作業時は電気の機種。これはある程度需要が多く見込まれるかもな、と思う。ただバッテリーのせいで重量が重くなるので、色々と制約はあるだろうな。これは素人の感想ですが。


上はお客様のために予約したバルカン料理のレストランでのメイン。

下は、二つのツアーの合間に一泊夫と二人でフランクフルトに泊まったんですが、その時の夕食。わたし一人だったら、フランクフルトならば絶対に和食に行きますけどね。和食が好きではない夫と二人なら、ステーキですよ。


さて、Baumaは、3年後にまたミュンヘンで開催されますが、果たしてわたしはまだお仕事を続けていられるのだろうか?


さんぼ

わたしは次の日は、ちょっと観光した後は一足先に実家に帰り、お友達と博多の街を堪能した次女は夕方ごろおじいちゃんとおばあちゃんの住むわたしの実家にやってきました。

彼女が大好きなブティックなどをみたらしいけど、価格帯からして スポンサー(わたし)無しでは手に負えない、とちょっとがっかりしていました。

実家では楽しみにしていたわたしの母の手料理を堪能し、きちんと整えたふかふかのお布団に湯たんぽも設置してとても快適に寝たそうです。


真冬の日本旅行で一番心配だったのは、個人宅の室内が寒いこと。

わたしが最後に冬に滞在したのはもう30年近く前ですが、幼児の長女と夫と二人で、凍えて過ごしました。その当時はストーブしかなくて、ストーブの回りしか暖かくなく、室内でも着込んでいないと過ごせないぐらい寒かった。

今回思ったのは、だいぶマシになったな、ということ。暖房器具も種類が増えて、断熱材も良くなったのか、凍えて動けない程ではなかったです。

日本には、暖かい室内着がたくさん売られていて、たとえば「着る毛布」的なふわふわの室内防寒着が各種取り揃えられていますし、わたしも買ってみたことありますが、これ、ドイツでは不要なんですよね。環境保護の観点から言うと、もしかしたらドイツの冬季の室内の温度は後少し下げるべきなんじゃ無いかと思うけど、気密性も良いので、たとえば我が家なんて6軒続きの長屋の真ん中ですが、両側に人が住んでいるからなのか、暖房を最小限にしていても、長袖のシャツ一枚で快適なんです。


日本の実家が思ったより寒くなかったのは本当にありがたかった。


次女とお友達は、実家に二泊した後に大阪に移動でしたが、移動日に新幹線に乗った後、次女が不調を訴えたのです。


大阪のホテルにチェックインして、夜ご飯を食べる頃から熱が出始めて、関節痛、咳も始まりました。


風邪だろうと直感し、彼らはツインを予約していたので、取り敢えず離れて寝た方がいいだろうと思って、急遽次女のためにシングルルームを追加予約しました。1日で良くなるとは思えなかったので取り敢えず二日間。


一日か二日寝てたら治るだろうというわたしの楽天的な予想は外れて、その日から彼女の症状はみるみる悪化していきました。


そして、この日から、予想外で予定外の莫大なホテル代の支出が始まったのでした。


次女は日本語は理解しますが、自分の体調を事細かに日本語で説明は無理です。とにかくホテルから徒歩数分で行ける内科医院をネットで探し、片っ端から電話しました。

幸いホテルから徒歩数分のところに内科医院があり、そこで電話も用いて診察してもらいました。診断はインフルエンザAタイプ。厄介なことになりました。熱は40度近くあり、全く下がる気配がない。


わたしはその二日後にドイツに戻らねばならなかったので万事休すです。いつもならすぐに馳せ参じてくれる妹は病気、父は全盲なので、その手の手伝いは無理。母も父をおいては出られません。


しかし、捨てる神あれば拾う神あり。困り果てたわたしたちの前に救いの女神が現れたのでした。



博多滞在中、娘たちと行った餃子の名店テムジン。わたしは普通は天神近くの本店に行きますが、これは博多駅の支店。

大阪のホテルから次女が送ってきた写真。


さんぼ


また日本滞在時の日記に戻ります。


別府は単に温泉に入りに来たようなものですが、せっかくなので地獄めぐり。

これはタクシーを借り切っての観光です。まるでセレブですが、大型のスーツケースがあり、日本到着直後で本調子でない二人を引き連れてわたしだってよく知らない別府観光を公共交通機関で行う気力と体力が無かったので、贅沢しました。

結果は、大成功。3時間で確か15000円以下だったと思いますが、効率よく回ってくれて、見どころもアドバイスしてくださるので、時間がない場合や体力に自信ない場合はタクシー利用がおすすめですね。これ、全く高くないです。わたしがドイツでこんなサービスをやるならば、間違いなく少なくとも300ユーロぐらいは請求するだろうし、そもそも3時間の貸切なんてやらないしね。あまりにも満足したので、チップもお渡ししました。


地獄はとても良かったです。色々勉強になったし、さまざまな種類の温泉がひとところに集まっている別府って本当にすごい。地獄めぐりといえばプリンが有名で、ぜひ食べてみようと思ったんだけど、注文したら、プラスティックのカップに入ったスーパーにあるようなのが冷蔵庫から出てきてがっかり。これは蒸し上げたプリンじゃ無くて、どっかで作られたのを仕入れたものに違いないと思ったんだけど。それとこれだけはここで蒸したに違いない肉まんも食べました。これには柚子胡椒醤油をかけて食べたけれど、このお醤油は美味しかった。


2月はシーズンオフと思ったけれど、アジア系の外国人でいっぱいでした。


観光なんて久しぶりのわたし。

下は次女とお友達。


間欠泉と言うのかな?世界でも有数の水が噴き出す間隔が短い泉だそうです。これもタクシーの運転手さんが、タイミングを調べてくれて、ほとんど待たずに自然のショーを見学できました。


地獄めぐりの後は、別府駅に移動して、列車で博多まで。この日は中州の飲み屋、と言うよりもっとディープな、多くの殿方専用の桃色なストリートに程近いアパートホテルに宿泊です。

本当は娘たちだけで泊らせて、わたしは実家に帰るつもりでしたが、疲れ果て、急遽トリプルに変更してわたしも泊まりました。



夜ご飯はくら寿司。ここは次女が小さい頃からのお気に入りで、ここでは絶対に唐揚げをふた皿以上食べてますね。あとポテト。

わたしはビールとひたすらイクラ関係のお寿司を手当たり次第に注文。我が家は妹がアレルギーで海のものはあまり食べられないんです。だから外食で食べる。

堪能しました。


さんぼ