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かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

長く下書きに入れていたものです。日本日記の続き。


救いの女神はわたしの従姉妹のMちゃん。彼女のご主人は転勤族で、確か去年会った時は、広島にいたはずなんだけど、ご主人の定年前の最後の転勤を、新婚時代を過ごした大好きな大阪で仕事人生を締めくくりたいとの希望で、なんと大阪に住んでいたんです。なんたる幸運。

彼女も引っ越す先々で常に金融関係の機関で勤務しているので、ヒマではなかったんですが、わたしの窮状に、すぐに動いてくれました。


まず、次女のホテルに飲み物と食べ物を持参して、病院にも次の日に再度予約して同行してくれて、詳しい症状を説明して、点滴の手配までしてくれました。

次女の予定では、大阪に三泊したあとは東京に移動の予定でしたが、とても動けません。お友達には先に東京に行ってもらい、次女は大阪に二泊延泊しました。

泊まったホテルはホテル京阪淀屋橋でした。ここにホテル名を出すのは、そのホスピタリティに感謝したからです。

次女によると、延泊の手続きの際も、部屋をなるべく動かなくていいように考慮してくれ、体調を気遣ってくれ、とにかく安心感を与えてくれる接客だったとのことで、毎日ホテルに日参してくれたMちゃんも、とても良いホテルと絶賛していました。

近い将来、わたしもぜひ大阪に行ってホテル京阪淀屋橋に宿泊してみたいものです。

Mちゃんの手厚い看護と病院での点滴を含む診察と投薬治療で、次女も四日後にはなんとか動けるようになってきました。

ところで、日本って結構すぐ点滴やってくれるようですね。こっちで風邪ひいて点滴なんて聞かないけどね。あの点滴って結局何が入っているのかな?水分補給とビタミンかなんか?

次女には、点滴本来の効果のみならず「ナニカ体に良いことをやってもらっている」という精神的な効果もあって、点滴治療はとても良かったようです。


大枚を叩いた折角の日本旅行。5日間は大阪のホテルの壁を見つめて過ごしたわけですね。かわいそうに。かわいそうなのは次女ばかりでなく、わたしだってかわいそうですよ。ホテル代は全てたてかえ、新幹線も取り直し、病院代や薬代は思ったほど高くなかったけど、でも10万以上はパーっと飛んでいきましたね。もっとかな?

ある程度は保険請求もできるんですが、問題はホテルです。これが出るかどうかは微妙なところで、もうわたしは諸々の手続きをする時間がどこを探してもないので、本人にさせていますが、もし出ないなら、安月給の次女に同情して、建て替えたままにするだろうな。わたしは甘くてお財布の紐が緩いんです。娘たちには。


Mちゃんとご主人が次女を新幹線の駅まで送ってくれたのですが、ホテルと病院しか行っていないので、大好きなミスタードーナツとラーメン屋さんに連れて行ってくれたそうです。


そしてせめてお城だけでも、と大阪城も連れて行ってくれた。

そして新幹線で東京へ。


東京では、お友達が学割でツインを予約していましたが、まだ咳がひどく、わたしだったら、もううつらないはずだから平気と思うけど、次女もお友達もツインは躊躇したので、東京も新たにシングルを取りました。四泊分だったかな。


実はまだ果たしていくらかかったのか計算していないんですよ。怖くて。次女は合計金額を保険請求で知っていると思うけど。


この日記を下書きに置いていた間に、クレジットカードの請求がありました。約900ユーロ。

ああ、1000ユーロ以下だった、と胸を撫で下ろしましたが、これって円に換算すると15万円ぐらいですよね。予定外の高額出費になりました。

ところでわたしは通常急ぐときはBooking Comを利用することが多いんですが、ヨーロッパではそれぞれ泊まったホテルから領収書が受け取れますが、日本ではホテル予約サイトで予約した場合は領収書が出ないんですね。これは困ります。予約サイトで領収書を請求するのは難しい。支払い確認書はすぐに出ますけれど。


さんぼ

爆走の末、やっとドイツに戻りました。長かった。ペア運転手も「僕、もう限界」とか呟いていましたよ。

バルセロナ近郊からドイツコブレンツ、マインツと客を降ろして、カールスルーエあたりで交代運転手とバトンタッチを計画していましたが、リヨンあたりで渋滞に見舞われたために、カールスルーエには辿り着けず、その前のドライブインで交代しましたが、その時点で同僚は9時間走行しており、わたしは8時間40分の運転時間で、運転手は基本的には1日9時間の運転が許されていますが、ギリギリでしたね。それよりも大事なのが、21時間で、業務終了せねばならない規則で、今回の場合は8時20分にカードを登録しているので次の朝の5時20分には運転手カードをカードリーダーから抜かねばならないことが最も重要でした。


しかし思ったのが、今回はスペイン、フランス、ルクセンブルク、ドイツと走ったんですが、スペインとフランスではほとんど工事中区間を見なかったんですよ。特にフランスは一番長く走行しましたが、Metzあたりからは、道路の質が悪くなり、二車線の所も増えたけれど、その前はスペインからエクサンプロバンス、リヨン、ディジョンなども全てよく整備された三車線の快適な高速道路で、全く工事区間が無かったのは一体どういうことでしょうか?

その後ドイツに入ってからはお馴染みの工事、工事。早朝だから、渋滞は無いとはいえ、この明らかな差異はなんでしょう?

夫は、ドイツのアウトバーンは無料だから、おカネが不足しているに違いない、と断言していますが、どうなんだろう?

今回外国の道路事情が、ドイツよりも良かったのにびっくりしたことで、改めて気がついたのですが、わたしは今までヨーロッパの中では、ほとんどの面においてドイツはナンバーワンと思っていたフシがあるようです。

ところがそれは幻想かもしれないと思いましたね。1000キロ近くスペインやフランスを快適に運転した挙句、たどり着いた我が国、ドイツ。工事中ばかりのドイツ。情けない。

よーく自分の心の中を観察すると、わたしは絶対に「ああ、わたしは偶然とは言えドイツに居住することになって、本当にラッキー、だってヨーロッパで一番物事がまともに機能している国だから」と思っていたと思う。いや、今でもある部分はそう思っていますよ。でも今回、あからさまにドイツの問題点の一部を目の当たりにして、現在ドイツの抱えている様々な問題に思いを馳せたりしましたよね。大丈夫かね?ドイツ。


スペインでは朝ごはんにチュロスがあった。わたしは朝はコーヒーと甘いものが良いので、毎日食べました。

下は滞在した休暇アパート村。広大な敷地にバンガローやアパートがずらりと並ぶ休暇村で、庭もとてもよく整備されていました。仕事じゃなかったら、スパとかプール、ジムにも行ったんだけどな。


サッカー少年が21時間強乗っていたバスの惨状。これは、わたし、爆発してトレーナーに電話して、もう一度少年らをバスに戻して掃除させましたよ。親の顔が見たい。徹夜で運転した挙句掃除までせねばならないなんて酷すぎる。

本来は客を乗せている場合は2、5時間から3時間に一回はトイレ休憩します。しかし今回の連中はトイレ休憩を何度とったところで、バスの中のトイレをいつも使用するし、使い方もとても汚く、そのおどろおどろしいトイレの掃除は、本当に気が遠くなるような気がしました。したがって帰路は、無慈悲にも4時間から4時間半ぶっ通しで運転しましたね。どっちにしろ休憩所のトイレには行かずバスのトイレを使ってるんだから。だったら休憩せずに爆走したほうが早く到着できる。こっちとしてはそっちの方が楽なんです。みなさんは4時間休憩なしで運転したことありますか?

4時間ごとに運転を交代したら、1日がすごく早く過ぎる。


さんぼ

イースター休暇中なのに、お仕事です。サービス関係の職業は、人が遊んでいるときに働く定め。


今わたしはスペインのタラゴナの近く、ということは、バルセロナの近くの休暇ホテルにいます。

昨日のお昼過ぎにドイツから21時間かけて辿り着きました。ドイツでドライバーカードを登録したのは夕方の5時。バスをホテル駐車場に停めてドライバーカードを抜いたのが次の日の13時です。二人体制の時は21時間バスが動かせますが、本当に1分も余裕がなかった。かなり焦りました。

実はホテル到着は12時ちょっと前だったので、余裕だったのに、着いてみたら、グループの客の一部が別ホテルに宿泊ということが判明して、そこにも行かなくてはいけなくなったので、予定が狂ったんです。

これは少年サッカートーナメントで、ドイツからはダブルデッカーが4台来ました。他のエージェントの手配でも来ているだろうから、ドイツナンバーのバスがずらりと並んでいます。


1400kmを走り抜いたわけですが、少なくとも平均時速90kmで走行しないと辿りつかない距離です。バスで平均90は大変ですよ。今回も前にスイス爆走で一緒だったドライバーとペアでしたが、やり抜きました。わたしの方が長くハンドル握ってたと思う。



で、初めてのバルセロナの近くにいるのに毎日サッカー場とホテルのシャトルバスの運行もあるので、全くスペインにいる気がしなかったんですが、一回だけ、サッカーミュージアムの見学にバルセロナに行ったときに有名なサグラダファミリエだけは見に行きました。


実は思っていたのとだいぶ印象が違った。重厚な感じだろうな、と想像していたけれど、コンクリート製の新しい建物のように見えました。時間がなかったので、さっと外見を見ただけだからかもしれないけど。運転手とはとても思えない格好でパチリ。


バルセロナは、ちょうどカタロニアの大きなお祭り、サンジョルディの日で、交通はカオスそのもの。我々は、郊外にバスを停めて、ホップオンホップオフバスで市内に入りましたが、バスも全然動かず、結局は街歩きをする時間は一切なく、街を一周しただけで、再びホテルに戻る羽目になりました。

スペインだからパエリャとかタパスとか食べようね、と同僚と話していたけど、食べたのはマクドナルドでフィッシュマックだけ。お客を待たせるわけにはいかないので、時間がなかった。


途切れ途切れに日記を書いていたら、もう明日はドイツへ戻る日です。今度はおよそ1500kmぐらいの移動になるかな。


毎日ホテルの学食のようなビュッフェのお食事でしたが、せめて最終日だけは海辺のレストランに行って、同僚とビールで乾杯して、ちょっとは美味しいものをいただきました。


お野菜とイカのフライ。


ずらりと並んだドイツからのバス。うちのバスが一番綺麗だな、と思う。運転手は全部で8人ですが、そのうち3人は女性でした。


さんぼ