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かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

久しぶりに運転席に座りました。

このツアーは夫が忌々しい事に、旅費の計算を間違えて、格安で引き受けてしまったもので、最初から赤字ということがわかっていたもので、仕方なく、会社の中で最も安い労動力であるわたしと夫が赴く事になったのです。ほんと、忌々しい。

夫は街の名前を間違えて、依頼者は⚪︎⚪︎hagen というところの人達だったのに、夫は⚪︎⚪︎bergen というところの顧客と取り違えて見積もりを出しちゃったんです。その距離差は650km。


もう一旦見積もりを出してしまったからには、そのままでやるしかない。その客には散々恩着せがましいメールを書きましたけど。


ガレージからオーストリアのスキー場までの距離は、360km。そこからはるばる850km離れたハノーヴァーの先の街までスキー合宿の学生を連れて帰ります。そしてそこからガレージまでは600km。

全行程1810km。


今までの経験で最も長距離を走ったのはドイツカールスルーエからスペインのタラゴナの先までの移動かミュンヘンからマッターホルンの辺りまで客を連れて行って、その日にまた帰ってくるツアーと思っていましたが、また記録を更新しました。


これはわたしと夫二人だけでは無理なので、ミュンヘンまでは、他の運転手に走ってもらって、ミュンヘンからわたしと夫はバスに乗り込みました。

最初ちょっと走ってもらったとしても、夫と二人で走り抜かねばならない距離は1500kmぐらいです。


渋滞などで、時間超過したらどこかに一泊する可能性もあるし、おそらくそうなるだろうと思っていたので、夫とわたしの一泊分の荷物も持参です。実を言うとわたしは結構うれしかったんですよね。夫と仕事の途中で泊まる時は、美味しいものを一緒に食べて、ゆっくりできるので。過酷なお仕事も我慢できる。


移動中。今回はぴったり半分ずつ走りました。わたしもほとんどは時速100kmのオートクルーズで、トラックやバスからは一回も追い抜かれずに運転できた。

昔はこのオートクルーズが怖かったんですよ。何しろものすごい馬力ですから、なんかあった時に止まれなかったら、とか思うんですよね。今回も何度か急ブレーキではないけれども、アウトバーンできつめのブレーキが必要な場面がありましたけれど、まずリターダーという補助ブレーキから先に作動させるお手本的なやり方で、お客に不要な振動を与えずにお上品に止まれました。

また、かなり横風が凄くて、ダブルデッカーバスは結構風の影響を受けてハンドルがとられるので、それも苦手なんですが、今回は後述する怒りのためか、風のために減速することもほとんどせずに走り抜きました。しっかりハンドルを握っていたので、今筋肉痛が起こりそうな気配を感じています。


結果的には、幸か不幸か全く渋滞なくて、しかもいつもはちんたら走るわたしが、心を入れ替えて真面目にきっちり時速100で走って良いところは100を保ったので、予定よりも1時間以上早い午前4時に目的地に着き、結局は家にとんぼ返りできたんですよね。

夫との楽しいホテルでの朝ごはんに続くふかふかのベットでの睡眠の夢はここで途絶えます。

わたしは不機嫌の極みでした。だって、やっとベッドに寝られると喜んでいたのに、また延々と600km運転せねばならないんだから。


最後の4時間はわたしが担当したけど、もう夫とは口もきかずに、ぶーたれた態度で爆走です。だって、ドライブインで休憩する時間もなかったんですよ。21時間以内にエンジンを止める規則があるから。お腹は空くし、トイレには行きたいし、タバコは吸いたいし。まあ出来ることなら続けて運転して自宅でまとめてゆっくりしたい夫の気持ちも分かるけど。


で、爆走の末、結果的にはタイムアウトよりも1時間は早くガレージに到着。ガレージ前にバスを停めるや否や、わたしはバスを放置してガレージのトイレに駆け込み、事なきを得たのでした。


時はお昼ご飯の時間。なのに忌々しいことに現在はカーニバルの時期で、我が街の多くのレストランが、お祭りに出店しているためにお店をクローズしており、お昼ご飯も結局自宅でわたしが作ることになって、わたしの機嫌は最悪となったんだけど、夫がご機嫌取りにケーキ屋へ走って、大好物のフランクフルタークランツを買ってきてくれたので、情けないことに、大喜びでいただいて、家庭平和が戻ってきました。


良かったことは 今回の学生、ものすごくお行儀が良かったんですよ。ゴミは必ず休憩の時に外に持って行って外のゴミ箱に捨てるし、全員ダブルデッカーの2階の席に座って下の席は使うな、と言っていたんだけど、その決まりはちゃんと守り、階下の平和と静粛は保たれたし、大声でのおしゃべりはないし、挨拶はするし。思うにこれは教師の質ですね。リーダーの教師は統率力のあるタイプみたいで、バスに乗り込む前に生徒にバスでの決まりをもう一度説明し、みんなに守らせていました。そしてその下には数人の若い教師がおり、彼らは生徒とかなり親しくお兄ちゃん、お姉ちゃん的に付き合って、その上の統率力のあるベテラン教師がまとめるという形態が出来上がっていた。これには百戦錬磨の夫も感銘を受けて、こんな良い学校は非常に稀だ、と大損をした学校の先生を褒めていました。


疲れ果てて最悪の機嫌で家にたどり着きましたけど、まあ終わってみれば良い経験になったと思うし、やっぱり長距離運転は好きだなと思ったし、来週からまた事務所に籠るのが、なんか残念だな、とすら思います。今後もこんなトランスファーは出来ればわたしが夫とやりたいな。事務所がからになるのは問題だから、あまり機会はないと思うけど。



さんぼ


何度か書きましたけど、わたしの住む地域はシュヴァーベン地方と言って、ドイツ南部の地味な土地ですが、この地域の人々は吝嗇家として有名です。彼らのケチ具合はドイツのお笑い番組のテーマになったり、笑い話のネタにもなります。

この地方はそのものすごい方言とけちで有名と言って良い。

だけど、食べ物を無駄にしたくないあまり、料理法が発達した側面もあって、外国と国境が接している土地柄も有利に働いて、ドイツの中では、郷土料理が案外イケる土地と思っています。


シュヴァーベン婦人の典型であった今は亡き義母から教わった、わたしの大好物の詰め物入りパンケーキを作りました。


週末には、質素な家庭でも塊肉をローストすることもあったようですが、ロースト肉が少量残り、家族全員にもう一回ローストが行き渡るほどの量がない場合によく作られたそうです。


これはおカネはかかりませんが、かなり手間のかかる料理です。

まずパンケーキ(クレープ)を作ります。筋金入りのシュバーベン婦人ならば、このパンケーキも前の日の残りを使うはずですが、わたしはこのためにわざわざ朝ごはんにクレープを焼きました。砂糖なしの塩だけで味付けしたクレープです。

そしてローストの残りー多くの場合はポークですがーを細かく切り刻みます。義母は刻んだお肉をソースの残りであえたものだけをクレープに包んでいましたが、わたしはそれを進化させて、玉ねぎとマッシュルームのみじん切りをバターで炒めたものとお肉とソースを混ぜてそれに生クリームも加えています。

そしてそのクリーム味の肉餡が冷えたらクレープで包み込み、粉をはたき、卵、パン粉をつけて油で揚げます。


クレープは卵と塩と牛乳と粉だけで作る。義母のはもっと厚かったけど、わたしはかなり薄く焼きます。

ローストポークの残りをソースに漬けたまま保存して、それをかなり細かく切り刻む。玉ねぎとマッシュルームは、適当にぶつ切りにして日本で買ったチョッパーで微塵切り。

マッシュルームと玉ねぎがしっかり炒まったらそれにお肉とソースを加えてなじませる。生クリームと加えて味を整える。その後にクレープに包んで、衣をつけてあげました。クレープに包む場面と衣つけ場面は、手がベタベタになったので写真なし。

写真の枠が余ったので、苦労の末、皮を剥いて切って蒸した先輩からもらった美味しいカボチャの写真もアップ。


この料理は餃子にも似ていますよね。まず粉をこねて皮を作り、肉餡を作って、やっと包んだと思ったら、まだ焼く作業が残っている。

いや、それよりも面倒かも。ローストポークがちょうど良い量残っていなくてはいけないと言う条件があるし、衣付けはもっと面倒。


まあでもサラダをつければ、満足のいく食事になるし、何より残り物を工夫して美味しく食べ尽くした、と言う達成感を感じることのできる逸品と思います。


さんぼ

現在会社の形態を変えるためにかなり忙しいんですが、今後はわたしは多くの時間を事務仕事に割かなくてはならなくなりそうで、なんか、落ち込んでいるというか、残念な気持ちもある。

あんなに運転を怖がっていた大型車だけど、好きだったのかもしれない。かもしれないじゃなくて、好きだと言える。

コロナ禍の影響で、いやいやバスに乗り始めたけど、黒い森の路線の同業者はみんな親切に教えてくれたし、嫌な思いは一度もなかった。今やその路線は、予算削減のために他の路線と組み合わせることになって、我が社は黒い森は一つだけ路線が残されて、現在はドイツ語不能のギリシャ人だけで運行している。もうわたしの出番は無い。たまに彼の休暇の時などの助っ人に行くだけ。いつも乗せていた子供達のことを思い出す。日本語も教えたっけ。

もう一つのシュヴァーベン山脈の方ももう一人の真面目一徹のギリシャ人が責任を持って担当している。国鉄代替バスも、社員によってうまく回っている。

今やわたしがやるのはA地点からB地点までのバスの回送とか修理場や検査に持って行くとか、ツアーの時間切れになった運転手の交代要員とか、そんなの。あとは夫と二人での長距離トランスファー。たまにはツアー。


もっと早く始めれば良かったなあ。ばんばん走り回り、一人でツアーを担当して、今日はイタリア明日はフランスとお客さんと一緒に回って、路線でも、どんな悪路でも涼しい顔で運転できて、一人前のベテラン運転手になってみたかったね。だけど何事にも時期があるしね。もうわたしが何週間もどこかに行きっぱなしで、路線や国鉄代替バスを運転する機会は無いと思う。わたしの運転技術が磨かれる機会も無いだろうなあ。


今後わたしを待っているのは、膨大な書類仕事。ああ、大丈夫かなあ。わたしは今までかなりのことを、はっきり言ってそつなくこなして来たんだけど、苦手なことがあるとすれば金勘定ですよ。金儲けのセンスが無い。さして興味も無いし。あればあるなりに、無ければ無いなりに生きて来た。


でも決まったからには、進むしか無いね。この業務形態変更も、今後我々が平和裡に業務を終えるための第一歩だし。夫もわたしももう職業人生の終盤なので。


というわけで、最近は家にいるので、また黒い森ケーキを作った。10日ぶりに家に帰ってくる夫に喜んでもらいたかったし、次女も大好きだし。


今回はスポンジ部分の粉を多少多めにしてしっかりした土台にした。全部目分量ですが。このケーキが乗っているお皿はほとんどのドイツ家庭にあるだろうと思われます。自宅になくてもオーマやオーパの家にはあるはず。サラダボールとかね。チョコレートも削ってかけてみた。

写真の枠が余ったので、我が社のガレージを載せてみる。家賃が2000ユーロぐらいする。だけどバスが入れられるところはだいたいそんなもの。車高が4mあるので。


次女と二人の夕ご飯の肉まん。


そして夫が帰宅した次の日のお昼ご飯はサーモン。お魚は彼は家でしか食べませんから、久しぶりに良いかなと思って。次女とわたしはお醤油をかけます。お友達からのいんげんはまだいっぱいある。今日はにんじんと煮てみた。


さんぼ