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さっちゃんのブログ

現在、筑波大学社会・国際学群国際総合学類3年次所属。

興味があるのは平和構築・教育開発・平和教育・市民教育etc..
About myselfでは勝手に自分をふりかえり
Diaryでは日々のことをつづり、
その他、訪れた諸外国についてup予定★

今日は大学のゼミで独立論文の構想発表でした。


独立論文というのは、卒業論文の練習という感じです。


国際総合では書かなくてもいいけど、書くこと前提のゼミが多いし、書けるのなら書くにこしたことはないと思う。


実際今、手に負えない感じだけど、それが今で良かったって思ってる。



テーマにしたいのはコソボで、「民族共存」のための教育の実態調査と今後の課題と展望的なやつをまとめてみたい。

卒論で何やるか、ほんとは考えたほうがいいんだろうけど、なかなかそうもいかず。

とりあえず、今やりたいこととか興味あることをやってみようと思いました。


ところが、問題意識とか問題設定の前に

そのための情報を集めるのに苦労!!!!汗


しかも「共存」とか「民族」っていう定義さえ自分でもかたまってないし

知りたいことはいっぱいあるけど

何から手をつけていいのか調べれば調べるほどわからない


先行研究もコソボに関しては少ないし(たぶん)


いろんなキーワードが頭の中でごちゃごちゃしてる。


春休みコソボいったから、それはそれで実際は少し垣間見た分、逆にわけがわからなくなる。

理想が通らないのも、実際にわかる


理想の無力さも身にしみてわかる




よって、今日は発表でしたが、全然まとまんなくってぼろぼろでした


でも自分でぼろぼろといって発表したし、調べも足りないからそんなに大きな批判!!とかさえもなく…


改めて「何やってんだ自分」

と思ったのでした。


わかってたけど、それに直面するって結構しんどいですよね



普段ゼミでもなかなか意見をいえず


というのも、大学入ってちゃんと勉強してこなかったからなんだろう


なんだかサークル(NGO)の活動とか目の前の娯楽に走ってしまって


それ以外のアカデミックな何かにきちんと向き合ってこなかった

すべてその場しのぎだった


論理性に欠けるのは昔からわかってたけど

けど!!!!!!


あーーーー

出直したいけど出直す時間がつくりきれない。


イライライライラ


これでも院を考えてるんです


このままじゃあ、まずい。







私の所属しているとこでは

全員じゃないんですが、ほぼ全員

「独立論文」

とやらをかかなければなりません。


卒業論文の練習のようなものです。


でも単位です。


ゼミは3年からはじまり、この1年を通して独立論文をかきあげることになります。


この独論


くせものなり。


全然アプローチもきまらず

既存研究も全然調べられてないのに


来週火曜に独論構想をゼミで発表で

困りに困っています。


と、いうことで今日は端末にこもってました。


が、あそんでばっかりで全然進んでいない!!!!


あー。


がんばります。


今年の春、入学してから2年住んでいた部屋を引っ越しました。

そのとき、からっぽになった部屋をみて、思い出したのは、つくばライフ初日のことでした。


大学から合格通知が届いた後、つくばに引っ越したのは、4月の頭でした。

私は4人家族ですが、なんと引っ越しには3人ともついてきました。

語弊がありますかね。怒られるかもしれません。

手伝いにきてくれました。

でも何も3人もこなくても・・・と正直思ったの覚えがあります。


筑波大学には、広大な大学の敷地内に、こりゃまた広大?で古い宿舎群があります。

(今は一部きれいになりました。私はその一角に住んでいます)

そこに私は住むことになっていました。

家賃は1万弱で、電気代は1カ月500円もかかりませんから、激安です。


さて。その部屋ですが、ドアをあけたときはさすがにへこみました。


ここは人の住むとこなのかしら?


・・・・

少し沈黙がながれましたが、家族力をあわせてきれいに磨いて絨毯をひいてみると、それなりに人の住むとことろになりました。

安心しました。


引っ越したその日に家族は福岡へ帰りました。

仕事、ありますからね。


駅で別れる際、両親にはひたすら「大丈夫」「大丈夫」と言っていました。

何がどう大丈夫なのかはわからなかったけれど、自分に言い聞かすかのように言っていました。



両親と別れたとき

それまで感じたことののない

喪失感と爽快感がありました。


「希望と不安がいりまじった」

と言いますが、そのときやっとその気持ちがわかったような気がします。


その夜は、誰もいない、家族のぬくもりの残る部屋でなかなか眠りにつけないまま天井を眺め続けていました。


自分がどこにいるのか「感覚的」にわからない


つまりはこれからどうしたらいいのか、どうするのが自分なのかわからない気持ちがそんな感覚をよびおこしたんだと思います。



結局、その夜はいつのまにか眠りにつきました。



最初のきっかけとして、外に出たいと思ってつくばを選んだわけですが

「暮らす」ことの実際までは考えいなかったんですね。

外にでることばかり考えていたら、

その中心にいる自分のあり方も、それに伴う「自由」と「責任」も見過ごしていた

という具合です。


これもまた経験。

さびしさと不安はしばらく付きまといましたが、私には絶対に必要なことだったと今は思っています。