ここ、男子寮だよな・・・?


正人は目の前の生き物を凝視した。



一度会ったら忘れようもない。

好奇心いっぱいに見つめてくる、勝気そうな大きな瞳。

音がしそうなほど長いまつげに思わず触れたくなるほどやわらかそうな頬。

目線の位置にある栗色の髪と、何かを思い出そうと小首をかしげる小動物のような仕草。


塾で教室の場所を聞いてきた、あの少女じゃないか。



「館野は外部からの入学生だ。何かと慣れないだろうから宮城、いろいろ面倒みてやってくれ」


寮長の言葉に、目の前の生き物は「はいっ」と冗談交じりに敬礼をした。


「館野、こっちは宮城。悪いがどうにも勉強面が不慣れでな、時間があるときにでも勉強みてやってくれ」


「はぁ・・・」

正人は生返事をした。

なんで誰も女子が混ざっている事に突っ込まないのだろう?


「ちょっと先輩!勉強が不慣れってどーゆーことですかー!!」

掛け合いのような会話がされる。

目の前の生き物はどうやら寮長と親しいようだった。




鍵を受け取り席へ戻ろうとすると、先ほどの生き物が人懐っこく話しかけてくる。


「なーなー、あっち座んない?自己紹介とかしたいしさー」


「あぁ・・・」



すでに部屋割りを聞いた生徒たちは、後ろの方の空いた席に同室同士座り、あれこれと話していた。


竜姫と正人は一番後ろの列に向かい合って座った。


席に着くなり、竜姫は一人で頭を抱えてうんうん唸りだす。


「どっかで・・・・どっか・・・う~~~~~ん・・・」


「・・・・なに?」


こちらを見ては唸ってを繰り返す竜姫に耐えかね、正人が聞いた。


「う~ん・・・。・・・どっかで会った事あるよなぁ??」


「あぁ。塾で一度」


「あー!そーか!!塾だ塾!!!すっきりしたーーー。・・・・・・それにしてもよく覚えてるな~」


ころころと表情が変わる。まるで子猫のようだ。

くりくりした瞳をこちらに向け、キョトンとたずねてくる。


この生き物は自分の風貌に自覚がないのだろうか。一度会った人間なら誰も忘れはしないんじゃないか?


「そっちこそ」


どちらかと言えば、何の変哲もない自分なんかの事を覚えているこの生き物のほうが記憶力はあるだろう。



「そりゃもちろん覚えてるよー!っても場所は忘れてたけどさ・・・・・って、あ!そうだ、自己紹介!」


『もちろん覚えてる』?何がどう『もちろん』なのだか。


正人はまぶしいものでも見るように目を少し細めると、頬杖をついた。



「俺は宮城 竜姫(みやしろ たつき)。あの塾には夏期講習だけ参加してたんだー」


自分のことを「俺」と言うのか。

少女の口からその言葉を聞くのは多少違和感があるものの、好奇心旺盛で少しボーイッシュなその雰囲気には似合っているような気もした。


「俺は館野 正人(たての まさひと)。なぁ、ずっと気になってたんだけど、宮城ってオン・・・



「部屋割りは以上!呼ばれてないやついないな?よし!それじゃ、荷物は各自部屋に運ばれてると思うから今日中に荷物整理しておけよー。解散!!」


正人の疑問は、寮長の応援団顔負けの声量にかきけされた。






正人に話しかける者は一人もいなかった。



得体の知れない外部性の様子見もあるけれど、正人本人の潔癖そうなほどに整った顔と凛とした佇まいが周囲を遠ざけた。


本人はぼーっと室内を眺めているだけだと言うのに。




新入生全員がひとまず食堂のイスに着くと、寮長の林田が寮のルールについて一通り説明していく。


「基本的には中等部の寮と同じだが、食事の時間やら自習室の使い方やら変わるものもあるからしっかり読んでおくように」


外部生を考慮してか少しばかり丁寧な説明に加え、詳細の書かれたプリントが配られた。




そこからはいよいよお待ちかね。


部屋割りの発表である。




一番の注目は「ヒメと同室になるのは誰か?」だったが、

「謎の外部性と同室になるのは誰か?」もまた、ある意味注目の的だった。





「今年の部屋割りは俺の独断で決めさせてもらった」

林田の言葉に新入生からブーイングが起こる。


寮生の部屋割りは名前順だったり背の順だったり、その年の寮長と副寮長が話し合い、文句の出ないような手段で決めていた。


「安心しろ、ものすごく公正な方法だ」

そう言って林田はポケットから一枚のプリントを取り出した。


「おまえたちには見せられないが、これは入試の順位表のコピーだ。これを、こう・・・」

話しながら元々ついていた折り目に沿って、プリントを真ん中から二つに折る。




「こうして重なり合った者同士が同室!成績の芳しくない者は、同室相手に教えてもらうといい」


「えぇー」とか「横暴だー」とか「俺たぶん真ん中らへんだー」とか、あれこれ文句は飛び交うものの、この決め方に本気で文句をつける者はいなかった。






部屋ごとに名前を呼ばれ、前に出て同室相手を確認し鍵を受け取る。


みなドキドキと自分の名前が呼ばれるのを待った。


「614号室~、○○○○、・・・××××。前出ろ~」


呼ばれた二人が前へ出て鍵を受け取り、「またおまえかよ~」と談笑しながら席へと戻った。

すでに部屋割りを発表された生徒たちは、発表そっちのけで同室相手とあれこれ話し合っていた。


「次~615号室、館野正人・・・」


ざわめきが静まり返る。


「・・・、宮城竜姫」



・・・・・・・・・・・



食堂は静まり返っていた。

みんな声も出なかった。


渦中の二人が・・・同・・・室・・・?



徐々にひそ、ひそと・・・直後、食堂は蜂の巣をつついたようなざわめきに見まわれた。




「ヒメとの同室ライフがぁぁぁぁぁぁ」

「ヒメがーー!!!高等部こそはと思ってたのにぃぃぃ」

「くそっ!新入りが持っていった!」

「ってことはやっぱりあいつ相当頭いいんだーぁぁぁ」

「まじでトップかよぉぉぉぉ」


竜姫の順位が最下位スレスレだろうと踏んだ男たちの悲痛かつ失礼な叫びがこだまする。




竜姫と正人は前へと出ていった。


「よーし、みんな公平に一本ずつ線を書き足すんだ」


寮の1階にある食堂では、十数人の男が電気もつけずひそひそと話し込んでいた。


そこに忍び寄る人影。



「書き終わったか?いいな?よし、・・・開くぞ」


全員がゴクリとつばを飲んだ。



そこへ


「なーにをしてんだ、おまえら!」


「げっ、寮長!」

「うわっ、主将!」

「は、林田先輩!」


そこにはそう、この常陸ヶ原男子学生寮の寮長を務める柔道部主将、3年の林田俊男がいた。


「んー?なんだこれは。『当たり!ヒメと同室』?」


あぁっと言う数々の叫びを無視して、林田はあみだくじの折り返しを広げる。


「いや、それは違うんだ・・・その・・・」

「そうそう!これは・・・なっ?あれだよな?」

「・・・あー、うん、そう!なんつーか、ヒメの進級を祝うあまり・・・」


「おまえら・・・・」











入寮の説明を聞くため新入生が食堂へと集まる。



そこには、人のよさそうないかにも「頼れる男」と言った風貌の寮長と、頭を押さえてうずくまる十数人の先輩たちがいた。








食堂はざわついていた。


竜姫のまわりでは、何人もの友人たちが竜姫の健闘をたたえていた。


しかし竜姫の周りがにぎやかなのはいつものこと。



ざわめきの原因は人ごみの端の方にいた。



「あれってさ、あいつだよな?」

「総代ってことは、入試トップ?」

「まっさか!!外部受験だろ?まじありえねー」

「理事長の親戚とかさー、結局はコネなんじゃねーの?」


周りは口々に見たことのないその人物について予想をたてた。




当の人物はと言うと、



寮の食堂にいくらなんでもシャンデリアは要らないだろ・・・



上を見上げ、またも私立の羽振りのよさにげんなりしていた。