私立常陸ヶ原男子学校高等部。



成績優秀、有名大学進学率も高く、名門進学校として名をはせる。



生徒のほとんどは中等部からの持ち上がり。新入生もまた然り。



これからポロポロと落とされていくとも知らず、初々しい顔が平然と入学式会場にならんでいた。





高等部、外部からの入学生はまず皆無。


受験生自体は多いのだが、いかんせんハードルが高すぎる。


毎年過去問を参考に勉強してくる受験生の頭一つ分上を行く試験レベル。


どうしても過去より試験のレベル自体が上がっているのだ。



それを見越してさらに勉強する受験者。


それをあざ笑うかのようにさらに上を行く試験問題。


もはや誰も入学させる気がないのではないか?




そろそろ試験問題は大学レベルの域に足を踏み入れようといった勢いだった。


試験問題作成者は絶対にSだ。








正人は広々とした体育館の天井を眺めていた。


これだから私立は・・・


この建物にどれほどの予算が投じられた事だろう。


合格の感動も入学の喜びもなく、ぼんやりとそんなことを考える。


ざわついた会場が静まりだすと、入学式はじまりの挨拶が聞こえた。


プログラム3番には新入生代表による挨拶の文字。



正人のポケットには「新入生代表挨拶」の文字と、長文の書かれた紙が入っていた。








竜姫は、感動に浸っていた。


この足で高等部の地が踏めるとは・・・、・・・いや、ここは中高合同で使ってる体育館だから踏んだ事ありまくりだけど。


とにかくよかった。


感慨深く胸元の、「中」から「高」に変わったバッチに目をやる。


陸上の特待生で入ったなら、高校へも試験無しでいけると思っていたのに。


なんで今まで誰も成績の事注意してくれなかったんだよっ!!


陸上部の練習が忙しいからと大目に見てくれていた教師たちに、心の中であたってみる。



いくらスポーツ特待生とはいえ、最低限・・・そう、最低限の知識程度は身についていなきゃ学校としても困るのだ。




高等部の有名大進学率の高さ。


それは一部の生徒だけのこと。


両極端に二分されるのが常陸ヶ原高等部の一番の特徴といっても過言ではない。



ふるいにかけられポロポロとこぼされそうになりつつも、ふるいの網目にしがみついているような底辺の生徒たち。


竜姫にも、もちろん今日からふるいにしがみつく日々が待っている・・・







この日は入学式のみ。


午後は寮で、生活ルールや部屋割りが発表される事になっていた。


「ヒメー、コバヤンの話なんだった?」


職員室を出た廊下を歩いていると、背後にある階段の方から一人の男が声をかけてきた。


「ヒメって呼ぶなってば!話は・・・進学のこと。やっぱヤバイっぽい」


呼ぶなと怒鳴った後、尻すぼみに声が小さくなっていく。

ヒメと呼ばれた人物は、声をかけてきた男と並んで歩きながらしゃべった。




ここは私立の、わりと名門な男子校。

とはいえ、名の知られるのは高等部だけである。


中高一貫教育のここは、中等部からなら40点くらい取れれば入れるフリーダム。

エスカレーター式であがった生徒たちは、急にハードルのあがる高等部の授業でポロポロとこぼれおちていく。




ヒメこと宮城 竜姫(みやしろ たつき)は、それより手前、エスカレーターに乗る時点で乗車拒否されようとしていた。


その宣告をうけるため、担任の小林に貴重な放課後の時間を奪われたところだ。



「あぁー、どうしよう!・・・そう言えば山野って成績かなり良かったよな・・・?」


「やめろ。そんなキラキラした目でこっちを見るな」


藁にもすがりたいヒメの期待に満ちた視線を手でさえぎると、山野は言った。


「俺は俺の勉強があるの!そんなに勉強見てもらいたきゃ俺の行ってる塾紹介してやるよ」


「ちぇー。。エスカレーター式なのに他の高校受けるとか信じらんねーよ。そんなに勉強すきなわけ?」


ヒメはもちろん無意識だろうが、大きな瞳を上目遣いにして小首をかしげ、栗色のやらかそうな髪がサラサラと流れる様は、そのケのない山野ですらグラッとくるほどだった。


「俺は勉強が好きで受験するわけじゃないの。医大付属で医者を目指したいだけ。俺のことはいいからヒメ、塾のチラシやるからちょっと教室寄ってってな」


廊下の窓からグラウンドの方をながめ、担任の話で邪魔された放課後の遅れを取り戻すべく今にも陸上部へと走っていってしまいそうなヒメに声をかける。


あれ?今ヒメって呼んだか?


3年間もヒメと呼ばれ続ければ、否定しようにも徐々に慣れ、反応が鈍くなるってものだ。


「うぐ・・・」


一刻も早く部活に参加したい気持ちと、しかし塾は自分のために紹介してくれるのだという葛藤から、ヒメは小さくうなった。


「どーせ教室にジャージ置いてあんだろーが。ほれ、行くぞ」



山野にうながされ、しぶしぶと教室に向かう。






そしてヒメは、都内大手の進学塾の夏期講習のお知らせを受け取ったのだった・・・---


蒸し暑い夏の日だった。

窓の外はまぶしすぎる晴天で、見ているだけで暑さを感じた。


館野 正人(たての まさひと)は、エアコンの効きすぎた室内に凍え、窓を開けようと立ち上がった。



バンッ



唐突に背後のドアが開けられる。


そこには、真っ白な頬を上気させ息を切らせた少女がいた。

相当走ったらしく汗だくになっているのに、暑苦しさは微塵も感じさせない。


ぱっちりと開かれた黒目がちな瞳に長いまつげ。すべすべの白い肌にふっくらと柔らかそうなピンク色の唇。

さらさらのショートカットが良く似合い、ちょっとボーイッシュな印象を与える。


「ここってEクラス!?」

少女はガランとした室内を見渡すと、振り返った正人に向かってたずねた。


「・・・あぁ、Eクラスは一つ上。」

声をかけられ、ぼうっとしていたことに気付いた正人は、見とれていた事を悟られないよう少し冷たく言い放った。


「そっか!うわっ、ありがとう!」

お礼を言いつつ室内のかけ時計に目をやった少女は、すぐさま踵を返し出て行った。


(・・・慌しいやつだな。)


黙っていれば息を呑むほど可愛らしいのに。






ここは都内にある大手の進学塾。

夏期講習初日の今日は短期講習のみの生徒もくるため、見慣れない顔が多かった。


正人は中学2年の春から、もう1年以上も通っている。


成績は元々良かったのがさらに上がり、成績順でクラスを分けるこの塾のトップ、特進Sクラスにいた。

さっきの少女が向かっていたEクラスはSとは真逆、この塾で最下位に位置していた。




授業開始時間より優に1時間は早く来て自習するのは、去年の夏期講習時も正人の日課だった。

家より図書館より、一人の教室はとても集中しやすい環境だ。


正人はさっきの少女が開け放したドアをしめ、参考書を開いたままの机にもどった。



開かれた窓からは、むせ返るほどの蝉の音が流れ込んできた。