ご無沙汰しています。何とか生きています…なんて言うのもしゃれにならなくなってしまいました。

 

 

こちらにも書きましたが、激しい胸の痛みを伴う発作ですが、その後の重なる診療の末、狭心症との診断結果となりました。

 

 

狭心症というのは、簡単に言えば心筋梗塞の一歩手前(という表現は正しくはないかな。このままだと心筋梗塞になる危険性があるということ)です。

 

 

心筋梗塞になると最悪は突然死、死なないまでもかなり危ない病気です。

 

 

狭心症の今のうちに何らかの手術が必要になるようです。

 

 

詳しい説明は省きますが、狭心症の治療方法にはカテーテル治療と心臓のバイパス手術があります。

 

 

わたしの場合、どちらが良いのか、今週末、大病院の精密検査で提示されることになります。

 

 

かかりつけ医の先生によると、そんなにひどくないのですが、部位が危険な箇所にあるため、バイパス手術がベストというかベターな印象を受けました(精密検査前なので先生も断定的な言い回しはされません)

 

 

ただ、手術自体は仕方ないと思いますが、心臓のバイパス手術となると、開胸しての外科手術となりますので、費用もさることながら、1か月近く入院や術後のリハビリなども必要となるので、仮にやるとしてもその間の仕事や私生活の準備を整えてからでないと、退院したときに会社が潰れてたなんてことになりかねません。

 

 

その話(診断結果)を聞かされたのがちょうど一週間前ですが、この一週間さすがに落ち込んでしまい、仕事も手につかない状態です。

 

 

ブログには書こうかとは思ったのですが、それどころかお気に入りブログを読む気力も起こらず、ネットやYou Tube動画で狭心症や心筋梗塞のことばかり調べていました。

 

 

ただ、いいことなど書いてあるはずもなく、かえってストレスで悪化しそうな感じです。

 

 

ま、考えても仕方ないので、難しいと思いますけどとりあえず精密検査までは悩まないことにしました。

 

 

こうしてブログに書く=吐き出すことで少し気持ちの整理がつきます。

 

寒かった2月もそろそろ終わりますね。

 

 

わたしは今61歳(今年62)なのですが、誇れることってあまりないのですが、健康だけが取り柄でした。

 

 

風邪くらいはひきますが、60すぎまで入院はもちろん、持病もなく歯医者以外何かの病気で通院したこともありません。

 

 

ところが、今年に入って、仕事で工事現場への配送業務を請けることになりまして、数十名分の作業着のクリーニングの配達なのですが、納品先が上の階で建築中のためエレベーターが常時作動しておらず、荷物を持って階段で2~3往復する必要があります。

 

 

先日、その運搬中に息切れと激しい動悸で呼吸ができないほど胸が苦しくなり、目の前が真っ暗になるような感じで危うく倒れそうになりました。

 

 

幸い、少し休息をしたら呼吸も整って無事終えることはできましたが、まだしばらくこの仕事が続くこともあり、翌日循環器系内科の病院へ行きました。

 

 

まだ、診療中ですが、狭心症の疑いがあるようで、すぐに手術だ入院だとことではありませんが、高血圧なので血圧を下げていかなければいけないようです。

 

 

予定外の医療費もかかり、何より唯一自信のあった健康も揺らぎ落ち込み気味ですが、ここで発見、治療ができていい機会だったのかなと思うようにしました。こんなことがなければ病院にも行かないでそのままだったでしょうからね。

 

 

こういうとき、零細企業や自営業は困りますが、身体が一番なので仕事を手伝ってもらいながら無理せず頑張っていきたいと思います。

コロナのオミクロン株の感染が猛威を振るってますね。東京は新規感染者が1日あたり1万人超えそうな勢いですが、人口から考えると毎日千人にひとりぐらいの割合なんですけどね。

 

 

まん延防止が適用されて飲食店は時短営業要請となりましたが、うちは飲食業ではないので仕事の面では大きな影響は今のところはありません。飲食店の取引先もありますけど、何十軒もあるわけではないので通常どおりです。

 

 

仕事面はいいのですが、このコロナが始まってからずっと気になっていることがあります。

 

 

わたしは1960年生まれなので今61歳になります。50歳を過ぎてから学生時代(主に高校)の同窓会が数年に1回くらいのインターバルで開催されています。

 

 

前回が約3年半前くらいの2018年、58歳のときでした。

 

 

その際、次回は60歳を迎える「還暦同窓会」ということで2020年に盛大に開催しようということになり、その幹事役にわたしが任命されました。

 

 

メンバー数名でそのスケジュールで、東京オピンピックが終わった2020年秋開催予定で日程も会場も決めて準備を進めていました。

 

 

ところが、ご承知のように2020年初頭からコロナが流行りだしました。

 

 

60歳、まだ今の時代は高齢者ではないけれど、そんなに若いわけではなく、先生方は80代ですし、そもそも久しぶり、人によっては何十年ぶりの再会なのに、マスクして距離とって、短時間での同窓会というのもどうなのかとうことで、1年延期の方向でとりあえず中止ということになりました。

 

 

それでも当時は同級生全員が還暦を迎えた2021年4月以降で調整していましたが、2021年はさらに最悪の感染拡大。同窓会どころか数名の会合もままならない状況でした。

 

 

「還暦同窓会」も「アフター還暦同窓会」もあきらめて、せめて通常の同窓会を今年2022年にはと考えていましたが、これで今年もちょっと難しいのかなと思っています。

 

 

こうなったら、マスクなしで「久しぶり~」と抱き合えるくらい完全収束して、2次会・3次会・4次会と飲み明かすことができるまで待ちますか。

 

 

前回2018年から5年後の63歳、もしくはキリのいいところで65歳には開催できればと思いますが、その頃世の中の風潮はどうなっていることやら。

 

 

完全に終息してコロナ前に戻るなら別ですが、大人数で長時間濃厚接触して、飲んで歌って大声でしゃべる同窓会自体がなくなってしまうのかもしれませんね。

 

 

 

録画してあったM-1グランプリの準決勝(昨年12月19日放送)を観てたらニュース速報で「東京の今日の新型コロナ新規感染者33名」とテロップが流れてました。ちょうど1か月で150倍以上か。どうなることやら。

 

 

さて、話は全然関係ないのですが、わたしは賃貸マンションでひとり暮らしをしております。

 

 

今のマンションに移ったのが平成8年なので26年前です。

 

 

脱サラして今の事業を始めたのですが、それが平成6年。そのときは千葉の行徳というところに住んでいたのですが、通勤時間とガソリン代がもったいないのもあり、仕事場の近くに引っ越しました。

 

 

それから26年。安い分譲マンション買ってたら今頃ローン終わってかな(笑)

 

 

それはともかく、入居から26年。大家さんが良心的で下がることはないもののずっと据え置きだった家賃が今回はじめて値上がりしました。それも月1,000円だけです。

 

 

おそらく、新規で入居するともっと高いと思います。もちろん、リフォームしてということですが。

 

 

事務所まで車で10分。わたしが入居したときで築10年くらいの昭和に竣工されたマンションですが気に入っています。

 

 

できれば、死ぬまで住み続けたいけど、現在で築40年近くなるので、どうでしょう、わたしもあと10年くらいは生きそうだから、生きてる間に建て替えがあるかな。

 

 

仕方ないとは言え、70すぎてから追い出されるのも困るんだけど、どこか入居できるところあるかな。

 

 

ま、そうなったらそうなるだけ。そのとき考えましょう。

 

 

激動の2021年も今日が大みそかです。あと数時間で年が明けます。

 

 

1年を振り返えって今年の年末は特別な思いで迎えております。

 

 

世の中全体としてコロナで始まった1年でした。業績としては昨年よりは影響が少なかったですが、とにかく年の頭からコロナで悩まされるという状態でした。

 

 

ただ、これは全体的なことで、当社など他と比べればまだいい方だったのかもしれません。

 

 

それよりも、当社にとって今年の最大の問題は、創業以来25年の苦楽を共にした提携工場が閉鎖(廃業)することとなったことです。

 

 

今年は今日までですが、その提携工場は仕事納めをもって業務終了となりました。残務整理などで来年はじめまで会社は存続するのかもしれませんが、当社とのお付き合いは年内までということになりました。

 

 

さみしい思いと今までの感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

それでも、当社自体は事業継続していかなくてはいけませんので、新しい提携先と協力体制で前に進んでいかなくてはなりません。

 

 

幸いに、今あるドライ工場さんも新しいランドリー工場さんもどちらも好意的なお取引をいただいているのでたいへん助かっています。

 

 

こちらも少しでも発注量を増やして、微力ながら各工場さんにご尽力できればと思います。

 

 

来年から新たな体制でスタートしますが、現在引継ぎとお試しを兼ねていろいろテストしているところです。こんな年末を迎えるのもはじめてではないかと思いますが、今「人」のありがたみを噛みしめています。つくづくビジネスは「人」なんだなと感じずにはいられません。

 

 

コロナに始まり、提携工場の閉鎖で終わる今年でしたが、来年は新たな挑戦の年としたいです。もうすでにその幕は上がってきています。

 

2021年残りの運勢は・・?

31日みくじ結果画像

 

キャンペーン詳細を見るボタン

 

 

 

残りって言ったって4週間しかないけど「大吉」だ(笑)

年末まではきっといい事があるのでしょうね。

「ブログ運」は書き続けるどころかまったくだめだけど…

願い事は近い将来叶うらしいので、コロナの終息を願っておきます

 

それにしても、今年の流行語大賞に「飲み会を断らない女」が入ってなかったのが心残りです(どうでもいいって)

 

昨日は東京のコロナ新規感染者が7人(今年最少)との発表がありました。第6波の懸念もありますが、業種にもよりますが、日常というか経済活動は正常に戻りつつあります。

 

 

コロナの影響で、この1年半売上も3割~5割くらい減少しています。給付金や助成金などの活用で、何とか持ち堪えているという状態のところが多いと思います。

 

 

当社の業務提携しているクリーニング工場も、直接の理由はコロナではないのですが、年内で閉店(廃業)することになりました。

 

 

当社は自社工場(自前のクリーニング設備)を保有しておらず、宅配専門の取次形式で事業を行っております。ウーバーイーツのクリーニング版のウーバークリーニングみたいなものでしょうか(笑)

 

 

現在、上記のような状況から、当社のクリーニングのお仕事を請けていただける工場や設備をお持ちのクリーニング店さんを探しております。

 

 

コロナなどの影響で、仕事が減少している、機械設備・人員に余裕があるので仕事量を増やしたいというクリーニング業者さんがありましたら、品質・納期・料金など条件が合えば依頼したいと思いますので、ご興味があればお問い合わせください。

 

 

このままコロナが収束していくことを願って頑張っていきましょう!

 

今さらですが、わたしはお洋服のクリーニングを宅配するサービスをやっています。近年、「宅配クリーニング」というと宅配便などで全国から衣類を集めるクリーニング会社がありますが、それではなく自分でお客さんのところへ伺ってクリーニング品を預かり、出来上がったらお届けする昔の外交のような業態です。

 

 

今から25年前の1996年(平成8年)10月に今の事業をスタートしました。バブル経済は崩壊していましたが、今から見ればまだまだ景気は良かった頃だと思います(それでも当時は不景気と言われていましたが)

 

 

今は宅配専門ですが、創業当時は日本橋浜町にクリーニング取次店も構えて、持ち込みの受付店舗と集配・配達を併用したショップ&デリバリー形式で展開していました。

 

 

創業する2年前の1994年(平成6年)に、それまで会社員でしたが、脱サラしてクリーニング工場の個人代理店として仕事を憶えました。

 

 

その2年後に、その代理店をしていたクリーニング工場が倒産してしまい、仕方なくというかそこから独立するカタチで、今度は自分の事業として創業することになりました。

 

 

今は会社を簡単に作れますが、当時は一定の資本金を用意できないと会社を設立できなかったため、翌年に法人登記しましたが、開業時は個人事業としてのスタートでした。

 

 

新たなクリーニング工場と業務提携して、同じく倒産で行き場を失った職場のメンバー2人も加わっての船出でした。

 

 

幸いと言っては申し訳ないかもしれませんが、2年間である程度の利用顧客がありましたし(もちろんすべて自分が新規獲得したお客様です)、今は難しいと思いますが、当時はクリーニング店をある程度の場所に開けば、近所のお客さんにご利用いただくことは十分可能でしたので、当初から順調な滑り出しではあったのですが、如何せん資金がないので、その日暮らしは大げさですが、その月の売上金でその月の支払いをするというまさに自転車操業でした。

 

 

それでも、独立起業して自分で事業をするのが昔からの夢でしたので、当時36歳、苦労より希望というか充実感のほうが大きかったと思います。

 

 

当時は、25年後も商売を続けていけるのか、会社は大きくなっているのか潰れているのか、60歳すぎた自分はどうなっているのか想像もできませんでした。というよりも、目の前の案件や今日1日をどうやって乗り越えるか、そんな日々に忙殺されてそんな先のことを考える余裕がなかったのかもしれませんね。

 

 

25年がなんだと言われればそれまでですが、創業から四半世紀、今日はちょっと感傷に浸ってみたいと思いました。

 

急に寒くなりました。東京も今朝は10℃を下回ったとか。

 

 

なんかブログやTwitterで「寒っ」とか「さむぅ~」とかいう声が多く、わたし(SAM)を呼んでるのかと(違)

 

 

それは冗談ですが、寒くなる(陽気が変わると)クリーニングの需要が急に増えます。

 

 

これはほんとですが、今日はお客様からずいぶん呼ばれました(笑)冬物衣料や毛布の配達で大忙しの1日でした。

 

 

ところで、会社のPCのマウスパッドを買い換えました。

 

 

今まで使っていたのはこれです。

 

 

昔、アメブロさんからなんかのときいただいたものです。

 

 

しかし、どうせヒマならアメブロって。

 

 

たしかに今まではヒマでしたけど、コロナも収束してきて、季節も変わりこれからはヒマじゃないからね。

 

台風14号の影響で朝から大雨です。

 

 

この嵐みたいな天候のように激しい戦いが繰り広げられているのが実質次期総理大臣を決める自民党総裁選です。

 

 

前回の記事で、岸田さん、河野さん、高市さんの三つ巴と書いたのですが、告示日直前に野田聖子さんが立候補して男性2名・女性2名による4人の争いとなりました。

 

 

高市さんは61年の早生まれですが、わたしと同学年と言いましたが、野田さんも60年生まれの同学年になります。

 

 

同級生の女子がお二人も出馬しているということになります。

 

 

やっぱり迫力ありますね。同窓会とかに高市さんや野田さんが来たら近寄れない感じがします(笑)

 

 

あくまでも現時点では初の女性総理誕生は難しいかもしれませんが、まだ選挙戦は始まったばかりですから何が起こるかわかりませんからね。

 

 

以前、WOWOWで女性総理誕生の『スケープゴート』というドラマを観ました。

 

 

数年前のことでしたから、現実にはあり得ないドラマの世界と思って観ていましたが(ドラマ自体はおもしろかったです)、もしかしたら起こるかもしれないというところまで来ているんですね。少なくとも可能性ゼロではないですから。

 

 

ドラマの中では、初の女性総理を目指す主役を演じたのは女優の黒木瞳さんでした。そういえば、黒木瞳さんもわたしと同学年の60年生まれだ。