夜に爪を切ると、親の死に目会えない。
私はこの言葉の裏側にはまた違うメッセージを感じている。
それは都市伝説のようにネットで噂されている言葉遊びとしての「夜爪を切る」が「世詰め」であるとか、昔は電気がなかったから夜に爪を切ると怪我をして膿んで死んでしまうとか、そういうのとは少し違う。
それは、夜に爪を切る際に「“夜に爪を切ると、親の死に目会えない。”と言われているから今日は爪を切るのをやめておこう」と考えるような人は、おそらくとても律儀な性格で、親のことを日常でよく考えている人なのかもしれない。
そんな人はきっと親が死にかけていたら、すぐに駆けつけるだろうし、死に目に会えないとかそんな事態になる前に何らかの対処をとっていることが考えられる。
この考察には言葉の意味は関係ない。
語源や本来の意味と言われるものを知っているいないに関わらず、自分の考えや字面で判断し行動したことによって、また新たな意味が付与していく。
いまでこそ、手軽に情報が手に入る時代だが、100年も前には情報を後世に伝えるツールは発達していなかったはず。
だとすると、そういうなんとなく・ぼんやりの積み重なりが、本来の意味に1枚1枚重なりあって現在の「意味」を作っているかもしれない。
疑うのではなく、どちらも愉しむこころを持ち続けていきたいな。
おわり。