世界でたった30人という難病で、平均寿命は13歳。
その患者、カナダ人のアシュリー・へギさんが17歳で亡くなった。
WBC2009 イチローファンの私にとって
イチローの調子が出ず、週刊誌がぼろくそに書いているのは非常に悲しいことだった。
でも、まるでその不調すら最後のヒットを引き立たせるためのものだったのではないかと思うぐらい、
タイムリーなヒット、追加点、優勝。
やはり彼が天才なのだと誰もが言い始めた。
その彼が今回のWBCについて語った言葉。
「苦悩というものは前進したいって思いがあって
それを乗り越えられる可能性のある人にしか訪れない。
だから苦悩とは飛躍なんです」
by イチロー
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11月、私は思うように走れなくなってしまって凄く辛かった。
趣味なんだからもっと軽く、気軽に楽しくやればいいじゃんって声ももっともだと思ったけれど
それでも上手になりたいし、目標があるから
走れないということがとても辛かったし、悲しかった。
でも、ただひたすら練習をして
久々にトミンで走ったら、自分が思った以上にアクセルが回せて
自分のブレーキングが秋では考えられないぐらい信じられるようになってた。
前進したい気持ちを阻むように現れる苦悩。
でも、それを乗り越えるべく奮闘したことは絶対無駄にはならない。
この冬で何かをつかんだ気がします。
特にメンタルは本当に強くなった。
イチローの言葉は真実だと、心から思います。
私が愛してやまない『ベルサイユのばら』より、その3。
フランス革命のバスチーユ牢獄の戦いで狙撃され、
オスカルはアンドレの後を追うように命を落とす。
そのオスカルの最期の言葉。
「フランスばんざい」
by オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ 『ベルサイユのばら』
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戦時中の日本兵ではないのだから、
別に「日本国万歳」「天皇万歳」と言って死にたいとは思わんよ?
このオスカルの言葉で何が胸を打たれるかって
女の身で愛する者への言葉で生涯を閉じるのではなく
その自分の生きる糧となった思想を賛美して死んで行ったことだ
生涯は短い
今「やろうと思ってるけど延び延びにしてること」があるとしたら
仮に今死んでも、こんな言葉で自分の命は閉じれまい。
せいぜい言えることといえば「ああ、○○したかったな」ぐらいのものだろう。
自分の信条に従い、目標を達成すべく懸命に生きていれば
仮にその過程で命を落としたとしても、自己の思想と共に生きた時間は永遠だ。
自分が正しいと思う思想と共に生きたい。
そして、それが決して安易な道ではなく、
自己成長のために必要な道を選んで行ける自分でありたい。
そしてその思想と共に心中ができるぐらい、
自分の中でかけがえのないものとして育てていきたい。
そんなものがこの平和な日常にあるのかって?
絶対にあるでしょう。
それは見つけようとしていないだけだ。
私が愛してやまない一生モノの少女漫画『ベルサイユのばら』より抜粋。
ベルナールとの戦闘でオスカルをかばい、目を負傷したアンドレ。
結局彼はこのまま失明してしまうことになるわけだが、
駆け寄ったオスカルにアンドレが言った言葉。
「オスカル、これがお前の目じゃなくて良かった」
by アンドレ・グランディエ 『ベルサイユのばら』
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愛する者のために、ここまでの犠牲を払えるのだろうか。
そして傷ついたのが自分であって良かったと思えるだろうか。
気付けば相手が自分に対してしてくれることを当たり前だと思い、
あれをしてくれない これをしてくれないと 不満ばかり言う自分がいないだろうか。
大切なのは「そこまで自分を愛してくれる人を見つける」ことではなく
「そこまで自分が愛せるか」という問題だ。