誰もが知っているスポ根漫画 『エースをねらえ』より抜粋。
あんな高校生いないんだけどさ・・・ステキすぎるよお蝶夫人。
ひろみがお蝶夫人とのダブルスで萎縮して力を出し切れなかった時の言葉。

「負けることを怖がるのはおやめなさい。それよりも、力を出さないまま終ることを恐れなさい。」

by お蝶夫人

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サーキットを走るたびにその遅さに落ち込むのが怖い時期があったけれど
いい意味の開き直りって大事だと思うのよね。

だって、周りの速さを意識し過ぎて萎縮すると
コケたりタイム落ちたり、いいことなんて1コもないんだもん。

先生が冬にあたしがアレグリアばりのコケかたした時に言っていた。
「転んでも前向きならそれでイイヨ」

今まで先生は、転んだことを怒ってたんじゃなく、
コケて後ろ向きになる私の態度に苛立ちを感じていたのだなぁ と思った。

負けるのを怖がらないというのはかなり難しい注文だったけれど、
そもそもサーキット場に初めて足を踏み入れた時から「ダントツ1番遅かった私」じゃないか。

周りから抜かれるのがデフォルト。
男と違って「女の子に抜かれたら恥ずかしい」そんな思いもないわけで
もともと失うものなんて何もないことに気付く。

サーキット場に立ち、自己の成長だけをターゲットに走れば
はっきり言って周りなんてどうでも良くなった。

ここのコーナーはこうしたい ここのブレ-キングはこうしたい 立ち上がりが気に入らない
そんなことを考えてタイマー&タコメーターとにらめっこする度に
周りの人間をいい意味で気にする余裕がなくなった。
そしてそうなってから非常にいい精神状態&走り方になって来た気がする。
実際タイムも格段に縮んで来た。

やっぱり全ては自分次第なんだと、己の敵は己 その精神がある人間のオーラは何よりも強いと
心から思う今日この頃でございます。
言わずもがな有名な心理学者 ユングの言葉より。

The meeting of two personalities is
like the contact of two chemical substances:
if there is any reaction, both are transformed.
                   
「2つの人格の出会いはまるで2つの化学物質の接触のようだ。
ひとたび化学変化を起こせば、その両方が変化するのだ。」


by Carl Jung

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約30年の自分の人生の中でいろんな化学変化によって自分は変わって来たけれど、
「バイクの世界」というフラスコに入ってからは
その変化が著しいように思います。

でも、ユング先生のお言葉にケチをつけるわけでありませんが
化学変化と人格の出会いで1つだけ違うことは
変化の度合や生み出す物質がその当事者次第で決まるということでしょうか。

どうせ起こす化学変化であれば、美しい変化を起こしたいと思う。
そして、残念ながら悪意を持って悪い化学変化を起こさせようと近づく別の化学物質に対し
屈せずにそのままでいられる強い自分でありたいと思う。

そしてその美しい化学変化を促すもの、
または悪い化学変化を起こさせぬ強さを支える唯一のものは「努力」であると
今は心から思う。

それは私が一生の伴侶として心に収めて生きていきたい唯一の物質なのです。
最近はどうしてるんだろう?
異色の芸人 エド・はるみの言葉より。

「可能性を閉じこめているのは自分自身のマイナスな想像力だけ」

by エド・はるみ

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出来ないのは、心のどこかで「ダメだ」って決めて萎縮してしまってるから。
本当にダメなわけじゃない。

くじけそうになっても信じるしかない。
でも根拠のないものを信じることはできないから、
その根拠を作るために努力するのだと分かって来た。

きっと人生はその繰り返し。

次のコーナーを自分が限界だと思っている速さの5%ぐらいUPで入ってみよう と思うようになった。
絶対出来る 出来る 大丈夫 あんたはあれだけ頑張ったんだから。

魔法の言葉やきっかけは他人がくれるんだと思ってた。
でも違う。
本当に自分に可能性を与えてくれるのは 全部自分の手
今タイトなコーナーに向かってハンドルをフルに切るこの腕なのだ。
私の人生に非常に影響を与えてくださった、大学の法学&刑事政策の先生。
※私は文学部ですが、この先生を慕って法学部の講義を取ってました。

刑事政策という講義は罪を犯したものの処遇について考える講義。
少年犯罪に手を染めた少年たちの更生の際、施設に入っている少年たちは
その不遇な境遇ゆえに親を恨んでいるものが多いという事実を知った。
少年の更生には「親への恨み」からの解放も含まれるという。

その話題の時に先生がおっしゃった言葉。

「あなたが人間の言葉を発さない赤ん坊だった時から
一生懸命人の言葉で話し掛けてくれる親や家族がいなければ
あなたは今言葉を話すことができなかっただろう。」

by I教授@刑事政策

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社会人になってから、「あなたの字は読みやすいね」と誉められた。
私が大きくはっきりした字で文字を書くようになったのはなぜだろうと考えた。
子供の頃、富山に住む母方の祖母によく手紙を書いた。
祖母は老眼で小さい文字が読めなかったから、大きくはっきりした字を書くように心がけた。
今私が書くこの癖字、それは祖母と私の繋がりの証。

ツーリング先で田舎のあぜ道に咲いている、小さい花を見つけた。
オオイヌノフグリ すぐにその花の名前が浮かんだ。
どうして私はその花の名前を知っているのだろうと考えた。
小さい頃、母とよく田舎道を歩いた時、母はそこに咲いている花の名前を全て知っていた。
そしてそれを姉と私に教えてくれた。
春を愛でる心 それは母がくれた贈り物だった。

子供の頃に数字を練習しているノートを見つけた。
へたくそな私の文字の上に丁寧に赤で直してる文字が並ぶ。
まだ小学校に上がる前、私の字の練習の先生は10年前に亡くなった祖父だった。
幼い私は他の数字は書けるのに、なぜか「4」だけは書けなくて
祖父が「4」の書き方を一生懸命教えてくれたことを思い出した。
今私が数字を書けること 漢字が読めること
それは祖父が一生懸命私を愛してくれた証。

私の本名は「桂子」という。
「木」と「土」が入っている名前。
両親は「自然が好きになるように」と付けたらしい。

今、ツーリングに行って緑を見ていると
今嫌なことを全て忘れてしまう。
この心は 両親が私にくれた名前のお陰なのかもしれない。

私が人の言葉を発さず、人間らしく生きることが出来ないうちから
根気よく色んな人が色んな形で私に愛情を注いでくれた事実に気付く。
これに気付けたかどうかで人生の豊かさが変わると
私は密かに信じている。
チームマリは走り終わった後にミーティングをします。
その終わりのミーティングの時にイントラさんが言っていた言葉。

「女子のライディングはメンタルが全て」

by Nイントラ@チームマリ

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それまで、うまく走れない日はウジウジしてた。
落ち込んだり、泣いたり、グチグチしたり。

でも、この言葉であたしは生まれ変わった。
上手く走れないのは気持ちの問題だと分かったから。
だから、うまく走れなかった日も前を向いていることにした。
走り終わってから、キャンディキャンディみたく
「良かった探し」(悪い事は置いておいて、1日のうちで良かったことを探す)をすることにした。

苦笑いでもいい。
基礎練で曲がれないコーナーは笑う。
サーキットでギアチェンジ失敗して失速しちゃった時も笑う。
この言葉をもらってから何回か激しい転び方して頭打ったりしたんだけど、
キャー イターイ!と私は笑っていた。痛かったケド、そのコーナーが怖いと思うことはなかった。

そうしたら不思議なもんで
小さいコーナーも曲がれるし、スピードが怖くなくなって来た。
自分はこの速さでコーナーに入れる!って思えるようになった。
CBR600RRでHMS中級で走っても怖くないって思えた。
サーキットではコーナーで自分より大きい排気量のバイクを抜いてやろうと思えるようになった。

走れなくしてたのは自分なんだ。
笑う門には福来るって言葉があるケド、
笑う角(コーナー)にもきっと福(上達)は来る。