先日、女性誌に出ていた「小山順子氏」の記事より。
私が今取りたいと思っているMBA(経営学修士号)を28歳で取ったという彼女。
タイミング的なものもあり、目が止まって記事を詳しく読んだ。
フランスの大学院でMBAを取り、その後はカルティエのマーケティング本部長など
華々しい経歴を持っている方だ。
その方へのインタビューで、インタビュアーが彼女に聞いた。
「フランスへの留学というのは、語学の問題で抵抗はなかったのですか?」
彼女は答えた。
「語学は努力さえすればどうにでもなりますから、問題はありませんでした。」
by 小山 順子氏
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確かに言語習得能力に長けている人というのは存在する。
それは生きて行く上で、外国語を使って生活している人間として痛いほど感じている。
センスの問題が多少あると言えど、やはりそれなりの努力がなければ言語は習得できない。
彼女は一言で斬っているが、並大抵の努力ではなかっただろう。
私が衝撃を受けたのは、大変だと思っていることですら
「努力さえすればどうにでもなる」「大したことではない」というその気持ちだ。
確かに、この世には努力だけではどうにもならないことがたくさんあるだろう。
他人の人気に依存する歌手や役者の仕事量や、
リーマンショックのような外的要素が原因での日本の景気悪化もそれになるかもしれない。
だけど、多分生活している上でかなりの割合のことは
「努力さえすれば何とかなる」ことなのではないのかな と感じる。
仮にその努力が並大抵のものじゃないとしても、
「努力」に能力は関係なく、誰にでも出来ること。
その考え方1つで見えてくるものは変わるだろう。
努力さえしてかなう夢ならば、それは決して大変なことではない。
だったらば、頑張ればいい。ただそれだけのこと。
私はいろいろ欲張りたい人間だから、この言葉で少し安心した。
達成したい目標があるのなら、努力さえすればいい。シンプルなことだ。
私がやって来たことは間違いではないのだ。