さて、今月は2冊を同時に読み始めたのです。

一冊は、「 とるにたらないもの」。

二冊目が、ちょっとはまってしまったこれです「いくつもの週末」。

  読み始めた最初のページから折りこみを入れてしまいました。

  「公園」と題するエッセイで
 
   大きな公園のそばの小さなマンションに引っ越してきた筆者が、

 きれいだけれどちょっと不便なこの住宅地を気に入っているものの

 「ここでの生活は、だいたいにおいて少しかなしく、だいたいにおいて穏やかに不幸だ。」

  このように述べるのである。

  きれいだけれどちょっと不便・・・・・・・

     だいたいにおいて・・・・・・・・

         少しかなしく →
         穏やかに → 不幸だ。

久しぶりに、ドキッときた!

いま、

  人に薦められて「守宮薄緑」を文章表現のテキストとして

  読み、思い巡らし、書き取っているけど

このエッセイ集もそのように読み進めていきたいと感じたのです。

お風呂で1時間

 半分ほどを読み終えて

   わくわくしています。

こんなところです。

日記風に努めました。

・・・・・・・・そうですね・・・読み進めているのは 3冊でした。

・・・・・・・・でも、一度読み終えてから再び読み進め・・・・です。


ここまでで、

頼っても(祈っても)うまくいかない理由を考慮しました。

では、結論へ急ぎましょう。

  その2で考慮したように、信じることです。

    ここで最大の一歩手前の注意点

      祈る内容について一言

願う者が、願いを叶える者以上の力を願ったらどうだろうか。

  叶えてもらえる訳がないでしょう。 つまり

  願いを叶えてくれる者の意向に沿った願いでなければならない。

で、こうなります。

   願いを祈り求めるとき、それが必ず実現されると信じ

   自分本位の願いではなく

   叶えてくださる方の意向に沿い、

   実現する事柄が、その方を賛美するものともなり

   その実現に向け、ひたむきな自身の努力を惜しまないこと。

時々、実現してるのに自分で気付かないこともあります。

だから・・・・・

祈りって、面白いものなんですよね。

最後に一番重要なことを記します。

それは、

  願いを叶えてくださる方が、本物であること!!!
さて、あなたに本当に力があって誰の願いも聞き遂げられるとしましょう。

あなたはA,Bどちらの人を助けたいと思いますか。

A:あなたの力を信じ、頼ろうとしている人。
B:別に信じてもいないし、頼ろうとも思っていない人。

前回からの考慮点はここ

  頼る者と頼られる者との関係。

こんな聖書の言葉はいかがでしょうか。

信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです。 ヘブライ11:6。(新共同訳)

要点は、信じているか、と言うことです。

緊急事態の時だけ祈りに頼ったり、遊び半分に祈ってみたりするのは

祈りを聞いてくださる方に本当に失礼なことです。

そんなことだから、祈りが実現しないんですよ。

以下次回です。