久しぶりのテーマです。
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。 フィリピ4:6,7(口語訳聖書)
どんな無神論者でも、一度は必ず祈ったことがあるはずである。
外界からの影響を受けない人は別として、
人は、何かに頼ることをする生き物だと思います。
神への願いや感謝
また、自分の考えや感情を整理するため
あるいは、何かをただ欲して
こうした行為を「祈り」と表現できるでしょう。
「苦しい時の神頼み」と言う言葉もあります。
普段、神など信じていない者でも苦しい時には神に頼る、それが
人間だと言っているようです。
この「神」だって、日本には八百万(やおよろづ)つまり数えられない
程いることを考えれば、苦しい時は、何でも良いから手を合わせる
ということでしょう。
人は、何者かに頼るものなのです。
頼っても(祈っても)うまくいかないことの何と多いことでしょう。
なぜでしょうか!?
それは、頼る者と頼られる者との関係にあります。
次回、この点について考えます。
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。 フィリピ4:6,7(口語訳聖書)
どんな無神論者でも、一度は必ず祈ったことがあるはずである。
外界からの影響を受けない人は別として、
人は、何かに頼ることをする生き物だと思います。
神への願いや感謝
また、自分の考えや感情を整理するため
あるいは、何かをただ欲して
こうした行為を「祈り」と表現できるでしょう。
「苦しい時の神頼み」と言う言葉もあります。
普段、神など信じていない者でも苦しい時には神に頼る、それが
人間だと言っているようです。
この「神」だって、日本には八百万(やおよろづ)つまり数えられない
程いることを考えれば、苦しい時は、何でも良いから手を合わせる
ということでしょう。
人は、何者かに頼るものなのです。
頼っても(祈っても)うまくいかないことの何と多いことでしょう。
なぜでしょうか!?
それは、頼る者と頼られる者との関係にあります。
次回、この点について考えます。

