義父の死亡から3日間、

実家での妻の様子で気にかかることがあった。

妻の部屋は2階、

階段の上り下りがやけにあわただしい。

トン、トン、トン、トン… ドン!

臨月のお腹で最後の3段を飛び降りる!!

無謀(>_<)

予定日まであと4週間。

いくらなんでもまだ早すぎる。

今生まれたら、牡牛座になってしまうし。

ちなみに僕と妻は双子座
僕と妻の誕生日はなんと1日違い。

でも僕、A型、

妻はAB

それもかなりB型が強い(^_^;)

結婚して12年、

ようやく変人全開の性格には慣れたが…

「これはもうすぐ生まれるかもなあ」

と、不安なことを言うのは、妻の曾祖母ちゃん。

その上、帰宅後この家族、家中を掃除し始める。

綺麗好きなのはわかるが、
なにも葬式おわってからすぐやることはないのに。

義母は、大量の献花すべてを花瓶に移すので、花瓶が足りないから買いに行くと言い出す。

花の量は半端ではない。本当、どっかの居酒屋の開店よりずっと多い。

今はいいが、花が枯れたら花瓶だらけになる。

何もバスケットに入ったアレンジものまで、花瓶に移すことはないのでは…

この義母、言い出したら聞かない。

まあ人の家のことだから…

トン、トン、トン、、、、ドン

また妻の飛び降りる音

「今生まれても、大丈夫だけど、あかちゃんはなるだけ予定日までお腹にいた方がいいから」

なんで旦那がお腹の心配をしなければいけないのか…

僕の不安って、悪いことは結構あたってしまったりする。

翌朝、
「ねえ、シーツが濡れてるのだけど…」

朝7時位、まだ病院に電話するのは早い。

陣痛はまだなかったので、8時まで待ってから病院に電話。

すぐ来てくださいとのことだったので、そのことを義母に伝え、車を借りようとしたところ、

「私が行きます!!」

ただならぬ表情!!!!

断っても無駄(^_^;)

さらに、この義母の運転ったら、かなりイカしたセンスをしていまして…

前しか見ていない(-_-;)

死!!ぬ

っと何回思ったことか!!!!

新しい命が生まれる前に、運が悪い僕だけ…

そんなのイヤだ(>_<)

病院が見えた!!

助かった!!!!

事情を受付の方に伝え、

産婦人科受診

少し待つと診察室には若い女医さん

エコーで赤ちゃんを確認し、パソコンの画像で大きさを推測。

「予定日よりかなり早いですね、今日生まれると早産の扱いになるから、明日までかかった方がいいですね。初産だし、時間かかると思うから、今晩泊まる予定でいてください。」

子どもが無事であることが確認され、まずは安心だが、
一晩泊まるのはしんどいなあ。

分娩室の横の妊婦控え室、

その日はお産がかなり立て込んでいた。

そこからでも、お母さん達のイキむ声が聞こえてくる。

1時間後、陣痛が始まった。

かなり痛いはずなのだが、この妻かなり痛みには強い。

親知らずを田舎の藪医者に抜かれたときも、

午後から普通に仕事をするやつである。

看護婦さんのモニターチェック。

顔はかわいいのだが、愛想まったくなし。

総合病院だがら、産婦人科を希望しているわけでもないのだろうが、
もうちょっと笑っても良さそうなもの。

もう一人の人は、若い(*^_^*)

普段ならラッキーと思うが、

……頼りない^^;


お昼ご飯

出てきたのはなんと塩ラーメン(^^;)

これは北海道スペシャルか、

それとも嫌がらせか、

それも陣痛が強いときに出てきたから、

妻は一口食べただけ。

おにぎりとかなら後で食べたりもできるのになあ。

このままではのびてしまうから、
僕が完食(*^_^*)

妊婦用だからかなり薄味を想像していたのだが、
しっかり塩味(^_^;)

北海道恐るべし!!!


午後4時ごろ


妻の陣痛の間隔が15分くらいになる。

「い、痛い」

ちょっと顔色が変わる。

新前ナースがモニターをチェック、

「まだ大丈夫です」

この間、エラーで4回は看護婦さんを呼んでなおしてもらった。

正直モニターはあてにはならない。

午後5時

「ト、トイレに行きたい…」

幸いトイレは近くにあり、肩を抱きながら戻ってくると、

「う、生まれる!!!」


あわててボタンを押す。

来たのは新米の彼女、


「生まれるって言ってますけど」

「もう出ちゃう、我慢できない(~o~)」

妻のただならぬ様子に新米さん、妻の股間を確認。

この子でわかるのかな

不安はすぐに解消。

なんと、頭が出っ張っていた。

「先生呼んできますね」

慌てて外に出て行く新米さん。


その日は本当に分娩室がフル稼働していたらしく、先生達もフル稼働のようだ。


来たのはベテランの助産婦さんの資格を持つナース

「あら、頭出てるじゃない、あなた、頭押さえて!!!」

新米さんに指示。

「台に載せかえる時間がないので、このまま分娩室に運びますので、旦那さんベットの移動をお願いします」

「わかりました」

って、このままでいいの?
普通、除菌とかしてエプロンみたいなの付けて入るのでは(~o~)

それに僕、立ち会い希望してないし…

立ち会い出産はどっちでもよかった。

妻が不安なら立ち会うし、嫌がったらそれでいいし、
妻に聞いたら一言、

必要ないし!!!



それなのに、ベットを運ぶことになってしまった。


その分娩室はスペアで開けてあったようだ

「先生もうすぐ来るから、それまでがんばって生まないようにしてね。踏ん張ってはだめ」

そんなことができるのか?

頭が見えてるんだぞ!!!

「イキむと出ちゃうから、呼吸をゆっくりするようにして」

想像から出た言葉、僕は妊娠経験はない。

妻は慌てた様子はない。

こいつはなかなか優秀な初産妊婦だな(^O^)

先生到着
「ああ、出そうだね、じゃあお母さん、我慢しないで出してください。

我慢しないでって…

体は僕の目の前をにゅるんと滑るように、


「おぎゃあ」

頭の部分が少し鬱血しているものの、大きな声

おきまりの、目、鼻、耳、手足の指の数確認よし!



ドタバタの中で出てきた息子、


本当に小さい。


こうしてカボ吉(息子)は生まれた。




「Android携帯からの投稿

北海道のお葬式の習慣、

何もわからなかったです。


次の日朝起きたら葬式屋が来ていた。


べ○コという互助会知ってます?


毎月いくらか積み立てて、いざというときに病院からお葬式終了まd

つきあってくれる組織です。


立派な会館が地方にたくさんあります。


東日本の田舎にたくさんあるみたいですが。



何せ家族は悲しみの中、話は上の空、


こっちが聞くしかない。


が、相場がわからないから、


ある程度言いなり。


新聞に出すおくやみ、


こっちではそんなことしないけど、


田舎ではある程度やるのかなって思った。


新聞社を呼び、原稿の手配。


互助会のにいちゃんが手配したから、


これは式の代金の中に含まれているかと…


写真選び、楽器を弾く人だったので、その写真から何枚かかっこいいのを選ぶ。


妻の家は日蓮宗

うちは浄土真宗

同じ宗教でもやりかたがぜんぜん違うし、葬式を仕切ったことなどない。

だいたい面倒くさいことはいつも兄弟に任せて、

僕は外の駐車場係りが主な仕事であった。

仏壇に備える花や供物の手配

こういうのも、位置というものが重要で、

こんなものはじゃんけんして決めてくれればいいのに、

あれがいいこれがいいとなかなか決まらない。

たまらず、自分の持ち分だけを選び、外へたばこを吸いに。

すると外には義父の妹の旦那さんが申し訳なさそうにたばこを吸っている。

一応、妊婦である妻に対する配慮もあったのだが…

この配慮は、数分後に無駄になる。

義父の会社の人が到着。

本格的に葬儀の手順を決めていくとき、

会社の人いっせいにたばこを取り出し火をつける( ・_・;)

すると、横にいた義父の弟も…

睨みつけるには数が多すぎる(>_<)

妻に目配せをすると、妻は2階へ

葬儀委員長なるものを決めるとき、

会社の人が沈黙

その後、の正面に座っていた男性が、

「私がやります」

と、言った。

その人は単身赴任先の所長さんで、

義父とのつきあいは短かったと後で知る。

まあそんなこんなで、通夜、葬儀が始まり、
寺の手配で坊主に怒られ、口を出せば親戚に怒られ、てんやわんや!

通夜の後には田舎おきまりの宴会。

結婚式では会わなかった親戚が沢山いて、誰が誰だかわからないのだが、
都会からきた人間は格好の酒の肴である。

その間も駅までの送り迎えやら、足りないものの買い物やら、忙しかったが、
知らない人とずっと話してよりはずっとましであった。

北海道の葬式は、皆が遠方から来ることが想定されるので、
葬儀会館には宿泊できる部屋が沢山あり、
たぶん30人くらいは泊まっていた。

次の日、葬式、火葬、初七日を済ませ、ようやく一段落し、互助会の人が
「すみません、お会計なのですが」

と、僕に明細書を見せる。

それはかなりいい加減な明細書で、なんと宿泊者の歯ブラシセットや、お悔やみ記事の
分も載っていた。

驚いたのは、香典合計200万に対し、総合計198万だったかな、
とにかく、香典の合計から逆算したような数字だった。

互助会、恐るべし!!!!!!
義父の死亡を確認し、家へかえり、さっそく支度をするも、迷ったことがあった。

喪服をどうするべきか?

持っていくのも死んだと決め付けているようでなんとなく嫌だった。

かと言って、慌てて現地で用意するのもなあ。

迷ったあげくに、持っていくことにした。

もう一つは、前の日に借りていたレンタルDVD。

ちょっと寄って返す時間はない。

それならと、カバンの中に放り込んだ。

現地から送れば期限内に到着するだろう。

そこまで気がついたのに、

カバンの中のその日食べる予定の昼飯のおにぎりには気がつかなかったので、結局実家の親に生ごみと一緒に処分してもらうはめに。

電車の中で、飛行機の予約を見る。

その日、帯広行きは満席。

札幌の旅行会社の知り合いにメールをして頼むも、いい反応はない。

幸い、JALの株主優待券を持っていたので、カウンターで勝負すればいいと決めた。

空港に行くころには妻も帯広に到着している筈だから、電話をしてみればいい。

羽田到着
結構人が多い。

当時妻は携帯を持っていなかった。

携帯に義父の番号はあったので、とりあえずそっちにかけると妻がでた。

「もしもし」

言葉につまる。義父の死亡を知ったのは、僕の方が先の筈。
妻はお腹の赤ちゃんを心配され、知らされてない。

「大丈夫か?」
「おとうさんが、おとうさんが死んじゃったよ」

泣き崩れる妻

「今どこにいる」
「葬儀屋さんの車で釧路に向かってる」

助かった、釧路行きは空席がある。

「わかった、今からだと最終になるけど、必ず今日中に行くから待ってろ」
目は涙でいっぱい。妻の溢れた悲しみが、電話から伝わってくる。


空の上、冷たくなった義父の前で、何を思うんだろう。
二人姉妹の姉を嫁にし、妻はふるさとを離れる。
義父は毎日寂しさに耐えていたことだろう。

それに引き換え、僕の両親ときたら、思ったことをすべて口にする。
悪気がないというのはわかるが、僕や妻はとても嫌だ。

それで大喧嘩をし、妻は思い悩んでいた。
妻の気持ちを僕はまったく理解していなかった。
嫌なものは嫌なのだ。何を言っても修復しない。

それがわかってから、無理に修復しなくていいという結論に至る。

それ以来、妻には僕の両親からの電話にも出なくていいと言った。

引越しをし、近所ですれ違うこともなくなって、落ち着いてきたころに
赤ちゃんが宿った。

「できれば早くこちらに来てたほうがいいのでは」

と、ためらいがちに言った義父のさびしそうな声が頭をよぎる。

釧路空港到着。
いつもならレンタカーを借りるか、お迎えが来ているのだが、レンタカー屋は7時でクローズ。お迎えはだれもいない。バスで市街に出る手もあるが、倍以上の時間がかかる。

迷わずタクシー

いくらかかるかわからないが、まあ早くつくだろう。

場所を説明する。

運転手さんはすぐにわかってくれた。

30分後到着。

時刻は午後8時40分くらいであった。

ドアベルを鳴らす。ここに来るのは2年ぶりになる。

中から鍵を開ける音。

玄関に妻と義母が立っていた。

3人で泣き崩れる。

案内され、1階の寝室に。

この部屋に入ったのは初めてだ。

布団の上。

寝てるみたいな義父。

手を握る。

冷たい。

顔をもう一度見る。

無念。

「おとうさん、ごめんなさい。本当にすみませんでした。」

何故かその言葉が出た。

長女が遠方に嫁ぐことに、全く反対をしなかった。

さびしかった筈だ。

その間約5年、婿孝行は殆どしていなかったと言っていい。

ようやく孫ができ、出産予定日約1ヶ月前。

もうすこし生きていれば、最愛の孫を抱ける。

きっと無念。もしかしたらまだ魂は近くにいるかもしれない。

とにかくこの結果に、ごめんなさいしか出てこない。

寂しさに耐えていたのが伝わる。
この人が一番寂しかったのだとと思う。

単身赴任の部屋の中で、

娘の幸せを願っていた。

この不甲斐ない僕を暖かく見守ってくれた。

あまり会う機会はなかったけど、
本当に大事にしてもらった。

死んでからわかった義父の心。

本当に優しい人であった。/font>