3歳のときの1年間、療育教室の中で、カボ吉の特性、何が不得手か、どこが問題があるかを見ることが
できた1年であった。

会話  自分がしたいことを伝える、気分をつたえることはできるが、質問にはまったく答えられない。

運動  ある程度人並みにではあるが、体が小さく、登ったりする運動が苦手。

理解  自ら興味が出るもの以外は理解しない。

集中力 人が与えたものにはあまり興味を示さない。この頃、テレビはトーマスと、ボブと愉快な仲間だちのみであったし、おもちゃであまり遊ばない。

とにかく、親の周囲で近くにあるものを安易にいじったかと思えば次に進むといった行動をしていた。
おもちゃ、テレビはあまり見ない、となると当然親が関わる時間が増える。

当初、私たちは以上のことを、修正しようとしていた。

当然、ストレスばかりで、無駄に叱ったり、時には手が出てしまったことがあった。

教室で、先生たちはカボ吉が何をやっても怒らなかった。

結論として、先生たちのが正しかった。

まだ、何が悪いかわかっていないのに、怒っても、カボ吉は恐怖を感じるが、理解することはなかった。

いつしか、カボ吉は、妻が手を上に上げる動作をすると、頭を抑えるようになっていた。

これではカボ吉がかわいそうだ。

普通よりすこし成長が遅いだけ。

そんなのどの世界にだってありえる。

木だって、ライオンだって、くじらだって、

みんな同じに大きくならない。

僕に教えてくれた教室。

本当に参加してよかったです。(=⌒▽⌒=)
教室での一日

個人の課題が終わってからは少しおもちゃであそびます。

そしてみんながそろったぐらいにまずは、トトロの曲に合わせて親子で歩きます。

その後母子での体操。

その後はカラーシートを使い、その下に入ってゴロゴロ。

このパラシュートみたいなシート、医学的に意味があるらしく、
様々な感覚を刺激するそうで、

カボ吉はケタケタただ笑いながらシートの中をゴロゴロしているのに対し、

怖がって中に入れない子もいます。

でも、何ヶ月かたつと、みんな慣れてきて、
不思議なことに、それまで突発的に暴れていたような子も落ち着いていました。

その後休憩の後、

運動の課題

平均台や輪っか、滑り台などを順番に通り、慣れてきたら
自分が好きな課題をやるといった感じ。

カボ吉はエアロビボールが大好きで、上に乗っけてぴょんぴょん。

3歳の教室は、子ども同士が何かをするといった課題はありません。

運動の課題も、最初は順番をぬかしちゃったりすることもあるのですが、

それが不思議、

だんだんわかるようになってくるのです。

カボ吉をはじめ、

まともに会話ができる子はだれもいないのに、
子どもたちは理解をし、楽しそうに遊んでいました。

運動が終わると学習課題
紙をはったり、粘土をしたり、色を塗ったり。

最後はおわりの会
猫の子の歌や、ひげじいさん、だんごだんごくっついたって
カボ吉は人一倍得意になってました。

振り返って思うのは、
このような環境が身近にあったことが、
本当にありがたかったです。

何しろ言葉がだいぶ発達しました。
それまで会話がなりたたなかったのが、
3語くらいの会話ができるようになりました。

更に、教室の先生と、一緒に通ったお母さんお父さんが、
本当にいい人ばかりでした。

人が得意でない私と妻が、
なんとか1年間つづけられたのは、
みなさんのおかげです。

子どもによって成長のスピードは違うし、個性も違う。
大切なのは、楽しいと感じる時間と環境なのだと思います。



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カボ吉を育てていく上で、妻とはかなり喧嘩をした。

今振り返ると、本当に苦労をかけたと思う。

父親が死に、カボ吉が生まれた。僕が地元にかえってから、
本当なら母親が妻をバックアップしてくれるのだが。

義母にはそのような余裕はなかった。
突然の夫の死に、完全に我を失ってしまった様子の義母。

初めての子育てなのに、折角実家に帰っていたのに、
誰もサポートしてくれなかった。

戻ってきてから、
僕も妻のサポートが出来ていたかといえば、
妻を満足させられるサポートは出来なかった。

兄の突然の死、やらなければいけないことが多かった。
それも、金銭問題や労働問題など、あまり気持ちのよいものではなかった。
僕の心もかなりすさんでいたのだと思う。
人間のいやな部分も沢山見てしまった。

一年後、弟が精神病になった。

うつで休職し、実家で静養していたのが、
突然わけのわからないことを言い出した。

会ってみると、目がイってしまっていた。
「おにいちゃんは本当は死んでなんてない。今までのことをすべて予言しているんだ」

こんなワケのわからんことを寝ないで言っていた。
医者に行くと、「躁鬱病ですね」
簡単に言われてしまった。

兄の問題以外にも、弟の問題が加わった。

妻にはかなり負担をかけたことだろう。

カボ吉にも。

そんな矢先の、カボ吉の発達問題であった。

目が覚めた。

大事なのは未来、自分より、過去より未来の息子であり、
息子を愛する妻であること。

それに気がついて以来、息子と妻のサポートを第一に考えてきたつもりである。

でも、妻とはしばしは喧嘩になった。

息子をかばうと、
「私はいったい何なの?」

と、泣きながら言われた。

いつもありがとうって、一言言えたら、そんな気遣いがあったら、
もっと妻も楽だったに違いない。

療育教室初日、集団行動の中でカボ吉ができないことがあった。
急に泣き出して、「おとうさん」っと私のところへ走ってきた。

妻にはかなりショックだった。

終わった車の中で、
「どうしてあなたに走っていったの?」って
子どもを責めていた。

僕は何も言えなかった。
妻は私が出来ない分、息子を叱ってくれていた。
たまたま甘えさせる時間に、私が多く関わっていただけなのだ。

そのような状態を作っていたのは僕だ。

「ごめんな、つらい思いをさせて」

時間があるとき、妻に一言謝ろうと思う。




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