シャケの3年後までに目標を達成するブログ。 -7ページ目

シャケの3年後までに目標を達成するブログ。

「年収3000万円、貯金1000万円、自分のお店を持っている」という目標を掲げたのが11月4日。3年後までに自作のものを販売する雑貨屋を開きたいと思い、日々の活動を綴っていきます。

シャケの半生の振り返り高校編なのですが、高校は中学の延長というイメージがあり

取り立てて書くこともないのですが、

印象に残っていたことを2つくらい挙げてみたいと思います。

 

1つ目は英語の授業でのことです。

 

「将来自分がなりたい職業を英語で説明しましょう」

 

というお題を出され、僕が発表する番になったときのことです。

真剣に考えたのですが本当に何になりたいのかが分からず、

先生に向かって日本語で

 

「こんな短い時間で将来やりたいことなんてすぐに見つかるはずないじゃないですか!!」

 

と半ば怒りながら答えクラス全員と先生を引かせたことをよく覚えています。

先生も「・・・確かにそうなんだけど・・・」みたいな感じで次の子に進んでいました 笑

 

今考えると、思っていてもそんなことよく言えたなぁ。

 

やりたいこと、なりたいことを何となく答えるということがすごく嫌だった

ということなのですが、よく言えたなぁ 笑

 

しかし、40歳を越えた今でも模索しているあたりがなかなか笑えます。

 

 

もう1つは部活では弱小ラグビー部だったことです。

 

小学校、中学校では野球部に入りどちらも地区大会では優勝するチームに所属していたこともあり、

そこそこ強いチームに所属するのは当たり前だと思っていました。

また、普通に練習をすればある程度うまくなると勝手に思っていました。

 

しかし、高校で入った部活は本当に弱かった。

 

1回戦で負ける部活って初めて見たー!!初めて聞いたー!!初めて味わったー!! 笑

っていうくらいビックリしました。

 

ラグビーは1チーム15人で行うのですが、

3年生のときの在籍人数は17人とギリギリの人数。

しかもメンバーは強引な勧誘に負けて無理矢理入ってきた

文科系のようなひょろひょろ男子のみ 笑

 

なぜ僕がラグビー部に入ろうかと思ったのかというと、

中学の野球部でレギュラーになれず挫折をしていたところで

勧誘に必死な先輩にかけられたこの甘い言葉

 

「ラグビーは、やってる人が少ないからスタートラインが一緒だよ」

 

これに負けた!!

 

なるほど、スタートがみんな一緒ならばすぐレギュラーになれるのか。

そんな甘い言葉に負けて入った部活なのでした。

 

これがもし漫画だと

熱中して皆を巻き込み、あらゆる困難を越えて、ついには花園の舞台に立つ!!

なんていう夢のような展開が待っているのですが、

そこは僕らしい現実 笑

 

公式戦で勝つなんていう野心を抱くことなく、相手に勝利を献上をして、

喜びを味わっていただくという奥ゆかしい活動っぷり。

最後の試合も通常運営の1回戦負け。

しかも泣くこともなく、その帰りの電車では当時一番ハマっていた競馬ゲーム

「ダービースタリオン3」の話で盛り上がるというやる気のなさ!!

そりゃ勝てないよ。

でも、みんな良い奴らだったよ 笑

 

 

高校生のときはどこか中学生の余韻を引きずり、少し冷めたというか無気力な生活を

行っていた気がします。

 

 

高校生らしい青春ということにも無縁。

かといって勉強もあまりしなかったので大学に進学をするのには

1年間の浪人生活を経ての進学となったのでした。

初めに申し上げますが、大変長いです 笑

この話は僕の中にずーっと残ることなので、長いんです 笑

なので、気が向いたら読んでみてください。

 

 

では「人間関係は朝市」です。

 

 

僕は中学1年生の時、明るい性格もありクラスの中心的な存在の一人でもありました。

他のクラスの知らない人が僕を知っているなんていうこともあり、自分でも何となく

人気者だなぁと思い上がった自覚をしていました 笑

 

特に人に対していじめをするとか、悪口を言うということもなく、

ただ面白いヤツ的な感じだったのですが、2年生のクラス替えのときから

何となく新しい友達との相性が合わなくなり、中心的な存在ではなくなって

いきました。

3年生のときはどちらかというと隅っこ組になり、鬱屈した学生生活を

過ごすようになっていったのをよく覚えています。

 

「本当はもっと人気者のはずなのに!!」

 

この気持ちは高校時代まで続く長いトンネルのようでした。

 

 

話は少し変わりますが、大学に進学したときに宮城谷昌光さんという歴史作家の本が好きになりました。

主に古代中国、春秋戦国時代の話を書いているのですが、その時代の話は故事成語として漢文でも

扱われるくらい、教材としてもとても面白い内容となっています。

 

その中に「鶏鳴狗盗」という物語があります。

 

中心となっている人物は孟嘗君といい、斉の国の宰相で食客を3000人かかえている

器の大きい人間です。

 

 

3000人の中には盗人やモノマネ師、贋作師など傍から見たら何の役にも立たない人たちも

一芸あれば召し抱えるという変わった人物なのですが、他国に人質となったときに

その食客たちのおかげで、逃げ出すことが出来るなど先見の明がある人物でした。

 

しかし、人質だった期間に斉の国内の状況が変化すると宰相の職を追われ、

財政が苦しくなり始めます。

すると3000人いた食客はどんどん減っていき最終的には1人だけになってしまいました。

それも馮灌(ふうかん)という、今まで全く目立たず、役に立っていたかも分からない人物。

 

孟嘗君は大変憤りを感じ

「あいつらはいままでの恩義を忘れ、平気で去っていった。本当に腹立たしい!!」

と馮灌に愚痴をこぼします。

 

そこで馮灌が言ったことがタイトルの話なのです。

「人間関係は朝市と一緒です。

朝の市場には食料がたくさん並び人々はその食料を求めて集まりますが

昼の時間を過ぎれば、人々が求めている食料はなくなるので当然人も去っていきます。

そういうものなのです。だから、去っていった人たちに怒っても仕方がないのです」

 

さらに馮灌は

「また宰相に上り詰めれば人は集まりますから、わたしに任せてください」

といい、このときを待ってましたと言わんばかりに孟嘗君のために尽力します。

 

馮灌の活躍により孟嘗君は見事宰相に返り咲き、再び多くの食客を召し抱えることとなったのですが、

その人たちにはいっさい文句などを言わなかった。

 

という話です。

 

孟嘗君ほどのことではないにしろ、急に人が去っていく感じのする経験は当時全く理解出来ない

ショッキングなことだったのですが、大学になってこの本を読んだ時に

 

1 自分よりも他の人の方が何らかの魅力を備えていたということ

2 それでも実はいつも全く友達がいないわけではなかったのに勝手に人気が無くなったと思っていただけだった

3 「なんでそうなったのか」と現状を憶測し、その現象を納得すれば目の前のことに一喜一憂しなくなる

 

ということがわかり、年数を経てこの経験が腑に落ちた瞬間でした。

 

人間関係は朝市。

ドライに捉えるというわけではなく、人の来去に悪意はない場合もあるから重く考えないこと。

見失わずに自分に魅力を持たせるよう務めること。

 

中学生のときの経験は後々に理解出来るようになり、人生の大きな糧となる貴重な時間だったんだなぁ

と今でも思うことがあります。

 

 

次はさくっと高校、大学辺りの話をしようと思います。

 

長文をお読みいただきありがとうございました。

遊びに遊んだ小学校時代から中学に進学します。

 

中学時代も入学当初は遊びが勝り、1年生1学期の中間試験では225人中198番という

ものすごい成績を残し、親を半泣きにさせました 笑

学習塾に行ってもギャーギャー騒いで大声で笑うという学級崩壊の中心みたいな存在で、

今考えると塾の先生方に申し訳ない気持ちで一杯です。

勉強に本腰を入れたのは3年生の春からでそこでなんとか真ん中くらいをキープ出来る

位の成績でした。

 

出だしは人気者で楽しく始まった中学生時代は今考えると

ジェットコースターのような浮き沈みの激しい3年間でした。

 

人生としては2つの大きな学びがあったと思います。

・口は災いの元

・人間関係は朝市のようなもの

 

小学校3年より地域の野球部に入っていたため、中学の部活も野球部だったのですが、

あと一歩でレギュラーになれず、補欠として時々試合に出る日々を過ごしていました。

しかし、守備はうまいため最後の2回くらいだけ守りにつくということが多く、

何とも煮え切らない状況。

その影響で腐っていたのでしょう。

 

その日は試合前からしきりに

 

「あ~、今日は試合に出たくねーなー」

 

と悪態をついていたところ、その日から数ヶ月全く試合に出ることが無くなりました。

 

口は災いの元。

というよりは「言葉は具現化する」と言った方が良いかもしれません。

 

今までは少しだけでも出られていた試合でそのポジションすら他の人がやっている

ところを見た時本当に悲しくなりました。

 

どんな状況でも本当は有り難いことであること。

愚痴ではなく、本当になりたい自分を口に出すこと。

思ってもいないことは言わないこと。

 

中学時代はそんなことを学ぶ貴重な期間となりました。

 

もう1つの学び「人間関係は朝市のようなもの」はまた次のお話で。