突然ですが、今年は人生の転換期を迎えている気がしてきたので、
本日は意味なく僕の半生を振り返ってみたいと思います。
私は1977年9月23日に母の実家がある神奈川県の病院で生まれ、
板橋区の団地で育ちました。
父、母、2個上の姉、僕の4人家族という構成で末っ子という立場。
同じ団地の同じフロアには年上のお兄ちゃん、お姉ちゃんが多数おり
下から3番目くらいに位置する僕は結構かわいがられて(笑)育ちました。
当時とても男の子に人気があったアニメはロボットものが多く、
特にガンダムの再放送は爆発的なものがあり、僕も年上のお兄ちゃんの
影響で3歳~4歳くらいにも関わらずとても夢中になりました。
小学校に入ったか入らないか位でプラモデルが欲しくなり、
初めてかったプラモデルは「100/1ジム」というもの。
すぐにやられてしまう量産型ロボットで人気がイマイチ薄かったのか、
人気で売り切れ続出のガンダムシリーズの中、売れ残っていたんだと思います。
それでも初めての自分のプラモデルに興奮を覚え、
接着剤の扱いに苦戦して、プラモデルの本体を指紋ベタベタにしながら
父親にも手伝ってもらい、頑張って作った記憶があります。
プラモデルを作ることは物を作るということに対して大きな影響を与えたんだと思います。
5年生のときには段ボールや工作用紙を重ねて刀や斧などの武器を作って
遊んでいたら、その工作が先生の目に留まり、学芸会の悪役の武器として
使ってもらえることになるなど、僕にとって工作は1つの自信に繋がる物でした。
また、僕の時代の小学生に爆発的に人気が出たのがファミコンでした。
スーパーマリオが今でも人気なのは言うまでもありませんが、
僕が最もハマったのはドラゴンクエストシリーズ。
特にドラゴンクエスト3は並んで買って、それから中毒になり
翌日は仮病で休むという分かりやすすぎる行動まで起こす始末。
さらに、その翌日にゲームを始めようとしたら、洗濯中の母親が
コードに足を引っかけてデータが消えてしまい泣きじゃくるというおまけ付き 笑
テレビゲームという誘惑はとてつもないものでした。
ここまで書いているとインドアの感じがしますが、
小学3年生から野球部に入ったり、公園でフットベースやサッカー、
警泥や鬼ごっこ・・・など外での遊びも様々しました。
幼少期から小学校にかけてはとにかく「遊ぶ」という記憶しかないくらい
外でも家でもずーっと遊んでいました。
次回は中学〜高校あたりを書きたいと思います。








