広報局の松本です。
僕たちカンボジア班は、18日夜にプノンペンを発ち、19日の昼に日本へと戻りました。
長いようで、やっぱり短かったカンボジアでの6日間。
今回のカンボジアが、僕にとっては初めての海外でした。
それだけに、特に健康面での不安は大きかったのですが、何事もなく無事プロジェクトを終えられました。
(実は、帰国の飛行機で発熱してしまい、成田空港で点滴を打って寝込んでしまったのですが、、、一応カンボジアは出発した後なのでノーカウントということで。笑)
というわけで、今日はカンボジアでの活動を振り返りつつ、僕たちのプロジェクトについて紹介したいと思います。
本当は現地で書ければ良かったのですが、あまりネット環境が整っておらず、たよりにしていたホテルのPCも使いものになりませんでした。
電気も自国でつくらずにベトナムなどから買っているようですし、まだそういった面での整備は進んでいないのかな、という印象です。
さて、プロジェクトですが、僕たちの班の目的は、現地調査と問題発見です。
現地で活動する支援団体や、都市・農村で暮らすさまざまな立場・年齢層の人々を取材し、その結果を日本に持ち帰って分析。
そしてそれをもとに問題発見を行い、SALの活動や次以降のスタディツアーに役立てたり、ネット上で公開したり、という形を考えています。
具体的には、訪問させていただいたのは、
・かものはしプロジェクトさん:人身売買に関する活動・農村女性の職業訓練所
・JVCさん:(カンボジアでは農業支援)
・VCAOさん:子供たちの職業訓練所
取材させていただいたのは、
・アンコール遺跡付近の物売りの子供たち
・プノンペン市内の市場の商売人の方々
・プノンペン大学の学生さんたち
となっています。
これらの取材の結果は、今後の会議で何度かアウトプットの方法を煮詰めたのち、何らかの形で発表することになると思います。
さて、ここからは個人的な話も少し混ざりますが、今回の取材で思ったことなんかを、少し書きたいと思います。
1週間近い滞在だったため、もちろんいろんなことがありました。
いろんなことも感じましたが、その中からプロジェクトと絡めて、一つだけ書いてみます。
僕が今回持ち帰った疑問・課題の中でもっとも大きかったもの。
それは、カンボジアの方から聞くカンボジアの現実と、現地で働く日本人の方から聞くカンボジアの現実の間にあるギャップです。
たとえば農村の人々やプノンペンの学生。
どちらに聞いても、「貧しいけど家族がいるから大丈夫。家族のために働く。」と答えます。
お金はないけど、でも食べてはいけてるし、周りも貧しいから平気だ、ということらしいです。
それを聞いたとき、「ふーん、そんなもんか。」と軽く納得しました。
下調べの段階で食料自給率が比較的高いことはわかっていたので、まあ貧しくとも餓死はないのかな、という気がしていましたし。
しかし、支援団体の日本人の方々の話を聞くと、どうもそんなこともないらしいのです。
法律や経済の観点でみると、農家の現金収入の不足、地域格差、都市部の地価高騰、政府のみ利益を得る農業立国という幻想、単なる搾取と化したマイクロファイナンスの実態などなど、数えきれないほどの不安要素があるのだと。
でも、彼らはそれでも、彼らの尺度では幸せなんじゃないのか、と僕は聞いてみました。
返ってきた答えを要約するとこんな感じです。
「日本の人が来てアンケートっていう形だったから、簡単に言えば良い顔しようとしちゃった部分はあると思う」
なるほど、と思うと同時に、
「家族のために」という、模範解答的にも思える彼らの回答は、実は彼らの思いや考えのすべてではなく、複雑なものの中の一部分でしかないのではないか、
本当の意味でに現地の人に取材をするなら、一問一答式のアンケートのような形ではなく、現地の生活に溶け込んだ濃密な信頼関係からなる対話がまず必要なのではないか、
そんな疑問と後悔が一気にわきあがりました。
日本に居てはわからないことを知るための、今回の取材プロジェクト。
もちろん、大きな収穫がありました。
しかしそれ以上に、1回だけの訪問、それも1週間程度ではまだまだ見えてこないものが多い、ということもわかってきました。
でも、現地の声と詳細なデータ、ミクロな視点とマクロな視点を常に抱えたまま、その矛盾点を見極めつつやっていくことは方向性としては間違っていないのかな、という自信も少し持てました。
とにかく今は、早く持ち帰った成果をSALの中で共有して、たくさんの発見を生み出せればな、という感じです。
少し長くなってしまいましたが、以上です。
なんだかまとまりのない報告になってしまいましたが、、また進行状況を報告していけたらと思います。
ではでは、失礼しました。