ごきげんよう、ざらめの雨です。

 

エリザベス宮地監督による吉井和哉とEROのドキュメンタリー映画「みらいのうた」を見てきました。
幸いにして、上映後に監督挨拶を見ることのできるイベント日の予約ができました。

まずは映画の感想から。

 

 

  美しい映像とカッコいい人たち
そして現代的な問題の片りんも

 

まず、全体的な印象。

ドキュメンタリー映画って、こうもっと恣意的で重苦しい雰囲気だったり演出みたいなものが多いのかなと思っていたら、意外なほど自然体でした。

あんまりBGMをバンバン入れたりしなくて。ナレーションも最小で。


監督挨拶のときに、撮影や構成の方法がセルフドキュメンタリーっていう手法に近いと話していました。

その辺と関わって、すっきりとした印象なのかなと。

 

セルフドキュメンタリーの世界ではある意味では当たり前なのかもしれないけど、説明的なものがほとんどなくても、ちゃんと何が起きているのかというのが伝わるような映像になっていました。

 

説明が少ない分、収録された声や言葉が鮮明だと思いました。


監督曰く収録総時間数は500時間だったそうですから、それをたったの2時間に圧縮したら、削って削って削って、最終的に本当に重要で本当に必要な部分が残るので、必要最小限のもので本質的なものを描くことができるのかなと思いました。


映画の感想を一言で言うなら、「すごくいい映画だった」としか言えません。

ここからは私の記憶に残った印象的なシーンを挙げてみたいと思います。


①海の不思議

一番心に残ったのは、吉井さんと静岡の海のシーンかな。
 
吉井さんが海を眺めていて、子供の頃の回想をしつつ「(父と死に別れて)寂しかったんだと思う」って言っていて。

そのときにカメラが海面だけを映している場面もあるんですが、それを見たときに、なんかこういろんなことが頭に浮かんできて。
映画を見ているんだけど、自分自身の「今考えていること」みたいなのが、揺れる水面の上にふわって

私も過去に海を撮影して映像作品にまとめたことがあるんですね。大学生の頃。
おだやかな瀬戸内海の風景をオクラホマミキサーをBGMにして作品化したんですが、授業の一環として作ったものだったので、授業の中で実際に流したわけです。
 
担当の先生がそれを見て「子どもの頃に学校でフォークダンスしたことを思い出してすごく懐かしかった」って言ってたんです。
 
それって、でも。
「単に音楽を聴いて懐かしい」じゃないんですよ。
なんかその光景を実際に見てきたような懐かしさなんです。
 
海って「カメラを通して映像として見る」と「見た人の心の中」みたいなものが、ふわっと海面に浮かび上がってくるんですよね。

実際に海を見ているときもたぶん、同じようにいろんなものが浮かび上がってくるとは思うんですが、たぶんいろんな事が同時に浮かんできてはっきりと見分けがつかない状態でうまく意識できないんです。

それが、映像としてみると、浮かんでくるものが最小限のものになるからか、ふわっと形をとって語りかけてくるんです。
それは全く言葉にならないものなんだけど、うまく切り分けられない感情とかそういうものがそのままの形をもって表れる。

海を見つめることで、自分の気持ちを見つめることができる。

それは本当に不思議なことだと気がつきました。
 

②真っ赤な夕日と病気のリアル

それから、海の映像と近いんですが、夕日の映像。
吉井さんが夕日に向かって大きく口を開けている映像があるんですね。
 
そのシーンのビジュアルは、ちょうどパンフレットの表紙になっているんですけど。

それがどういう意味かはよくわからないけど、遠くに暗くて真っ赤な夕焼けがあって、そっちに向いて口を開けてみせる。
喉の病気をそちらに向けて追い出すのか、それとも暗くて赤い陽光で病気を焼こうとするのか。

時間が経つと日が沈んでだんだん光が少なくなって、真っ暗な空に横に切り裂いたみたいな残光が本当に真っ赤で

吉井さんの意図はよくわからないけど、
それを映していた監督の意図はわかりました。
 
血を表しているんだな、と。
まるで傷から滲み出した血みたいな暗い光

そこから少し飛ぶんですが、喉に放射線治療を受けている段階の吉井さんの写真が出てくるんですね。

喉の部分の皮膚が、ちょうど湿布をはがしたら赤くなっていましたって感じに。
横長の長方形に真っ赤に炎症していて。お顔の肌も赤くてどう見ても痛々しい雰囲気。

ライブの印象的なシーンの幕間みたいな、裏側で関係者の皆さんが「どうしようか」って悩んでいるような場面で一瞬、その写真が数秒間、映るんですけど。。。。

なんというか、とてもショッキングで、その数秒がとても長く感じました
 
それが病気のリアルなんでしょう。
きれい事ではなく、表面的なことではなく、痛みと辛さを伴ったリアル。

病気と闘っているという現実を端的に表している写真と映像。
 
(よく考えるとガン治療で思い浮かぶような、毛が抜けるとか吐き気で食べられなくなるとか、抗ガン剤のよく見る副作用的な描写はなく、ただ大量の薬を机の上にどさっと置いているシーンはありました。)

とても印象的でした。
 
 
 

③病そして老いと付き合うということ

それから、面白かったシーンとして印象に残っているのが、
キーボードの三國さんという方がライブの後にソファーで上半身丸出しで、
パンツもチラ見せ状態でぐったりしているところ。

年齢が高いので、ライブで頑張ったらたぶんぐったりなんですよね。

それをベースのヒーセと吉井さんが見て笑っているっていう。

ぱっと見そのシーンってあまり必要ないような気がするんですが、
映画のテーマの一つに「老い」というものもあると思うんです。
 
THE YELLOW MONKEYの楽曲「ホテルニュートリノ」で言う
「人生の7割は予告編で残りの命数えたときに本編が始まる」
を前提とするならその「残された3割の本編」みたいな部分。

病気になるのはその背景として、
若さを失ってしまって老いてしまったということもある。
若い頃大丈夫だったことがダメになったり、
若い頃無理してきたことが身体にダメージとなって表れる
そして残された時間のほうがどう考えても少ない。
 
みたいなこと。
 
吉井さんの喉頭ガンも、医者からは「酒とタバコでウイルスに負けた」とかなんとか言われたそうで・・・つまり、酒もタバコもやってなかったら、病気にならなかったと医者は言うんですね。
 
映画のもう一人の主役EROさんは「酒もタバコもやらない医者はよくそう言うんだけど、やってる医者はそんなこと言わないけどな」と懐疑的ですが。
 
それはさておき。

「人間は老いる」という事実をどう扱うかということ、病気とどう向き合うかは、しばしば同時に進行することでもあるので、そんなときは当たり前かもしれないけどその2つはつながっている。

そういう状況の中で病気についてだけではなく「老い」についてより深く言及するためにも、三國さんがぐったりしている姿を入れざるをえなかったんじゃないかしら?
と、感じました。

三國さん的にはそんな恰好が映画に撮られちゃってよかったんでしょうか?と思いつつ、ライブ終わりの楽屋で楽しそうにしているメンバーの様子を見ることができてファンとして単純に嬉しく楽しく拝見いたしました

もちろん、物語の主軸となったEROの表情の変化も印象的でした。

映画の中で最終的にEROさんは吉井さんと一緒に、近所のお世話になっている教会でライブを行うんですね。

ライブを行ったあとの、優しく晴れ晴れとした表情。

その前までとは大違いで、それがやっぱり印象的でした。

EROさんについても、あまり美化しないように(?)女性関係のダメっぽい話も出てくるんですけど、そういうバランスの調整も、宮地監督はうまいなと感じました。
(キレイに見せたければカットしたっていいわけだから)
 
ちなみに、ライブを終えたEROさんのその後についてはパンフレットに簡単にではありますが書いてあるので、
パンフレットは絶対に買った方がいいです。
映画の内容の補足的なことが多分に含まれているので、より詳細な部分を知りたかったら購入マストです。
 
あと、全体的に「祈り」の映画だと思いました。
いろんな人がいろんな形で「祈っている」と思います。
 
映画には吉井さんやEROさんの他にもたくさん人物が出てくるんですが、それぞれ何をどんなふうに祈ったのか、生活の中でそれがどんな風に表れているのか。
それも見どころの一つだと思います。
 

 

  エリザベス宮地監督の話

 

幸いにして宮地監督のお話を聞くことができました。
 
トークセッションというよりは、質疑応答みたいな感じでした。
初めはキネマMの方がいろいろお話をふって、それに答えるみたいな感じだったんですが、その後は会場からも質問を受け付けていました。
 
そこで印象に残ったことを書きます。

ただし、メモをとっていたわけではないのでうろ覚えで正確な表現ではないです。
 
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質問者Aさん:
作品を拝見して、すごく感動しました。
自分が吉井さんやイエロモンキーのことを好きだと思うのその理由みたいなものがぎゅっと詰まっていたと思います。
自分自身これまで「これで正しかったのか」と悩みながらひたすら前に進むようにして生きてきて、映画の中の吉井さんやEROさんの葛藤を自分のことと重ねて見て涙が止まりませんでした。
監督はどうしてこんなに素晴らしい映画を作ることができたのでしょうか。

宮地監督:
ご自身の人生と重ねられて、そう言ってもらえてすごく嬉しいです。
僕自身がカメラを回すモチベーションとして、「出会いには何か意味がある」と強く思っていて。
どんな出会いでも何かしら意味があるはずだと思いながらカメラを回して作品を作り続けている訳ですが、こうして作品と出会うことにも意味があると思っています。それを感じてもらえると嬉しいです。

質問者Bさん:
素晴らしい映画をありがとうございました。私は実は名古屋での上映会&監督挨拶にも参加しました。そこで、監督が言われていたこととして、「他者の中に自分を見、自分の中に他者を見る」ということがあったと思いますが、吉井さんとEROさんを撮影する中で、お二人の中にどのようなご自身を見ましたか?

宮地監督:
お二人を長く撮影していて、思ったこと、学んだことは・・・そうですね。
お二人ってすごく深刻な病気になってしまったわけですが、そのことを受け止めるのがすごい早いと思いました。
もし自分だったら、そんな命にだってかかわるような大きな病気になってしまったら、まず暴れると思います。
受け止めるのに時間がかかるというか、そんなに心を切り替えられない。

そういう受け止め方について、受け止めるのが早いのがいいってわけじゃなくて、吉井さんは自分が病気になったことを歌にしようと思ったと思うんです。人生いろんなことがあるけど、何があってもそれを歌にするよっていう
仕方がないって受け止めてそれを別のエネルギーに変えていく
 
そういう姿勢がとても学びになったっていうか。
お二人とも人生の先輩なので、とてもかっこいいなと思います。

映画の中でアニーさんが、スティックでドラムを叩くとその運動エネルギーが音と振動になって最終的に熱に変わるっていうのを言っていたじゃないですか。そういう風に出会いや出来事が違う何かに変わっていくといいなと。

先ほども言ったように、自分は「出会いには何か意味がある」と思っていて。
それはもちろん神様・・・というのは変ですが、特にあらかじめ与えられた意味なんかないっていう考え方もあると思うし、そういう場合もあると思います。でも関係ないんです。
「出会い」というものが自由に選べないのは確かで、その中で意味があってもなくても、「意味を探す」のは人の自由ですよね

今日映画を見ていただいた皆さんに、作品を面白いなと思っていただいて、それが皆さんの生きることとか生活の中で何か力に変わってくれるといいなと思ってます。
 
あと、まだしばらく上映するのでお友達を5人連れて一緒に見に来てください!
ありがとうございました!!!
 
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というのが、私の記憶にある質疑応答でした。
もしかして、間違っている部分がありましたらごめんなさい。
 
ほかにも監督、桜の映像のこととか、撮影をする過程で出った偶然みたいなものとか、裏話的なものをいろいろ話していたと思うんですけど、忘れちゃってるんですみません。
 
あーあ、手元で紙でいいからメモをとっていたらよかったなぁ。
 
以上、映画『みらいのうた』の感想になります。
もう一回くらい見たいな。
 
円盤、出たら買おう。
 
 
ここまで、読んでくださってありがとうございました。
 
皆様も興味を持たれましたらぜひ映画館に見に行ってみてください。
まだしばらく上映期間があると思います。
 
 
 

 

サブのテーマソングになっている「ホテルニュートリノ」。

 

映画の中に出てきた吉井さんプロデュース&The Yellow Monkey伴奏による

Bish「Bey-Bey Show」。

 

主題歌「みらいのうた」

ぜひ聞いてください。

 

 

 
 

 

ごきげんよう、ざらめの雨です。
 
今日はゆる言語学ラジオの感想と、最近購入した公式グッズの写真を紹介しようと思います。
 

●世界中の色を調べたら、衝撃の事実が分かりました。

2026/01/20配信

 

世界から98の言語をピックアップして調べた偉大な研究がある。
ブレント・バーリンとポール・ケイによってまとめられた、『基本の色彩語』(1969)。
 
これによると、色を獲得する順番がなんとなくわかってきた。
 
「最初に黒と白があって、で、次に赤があって、で、次に黄色とか緑があっていう順で発展する」
こういう原則があって・・・
 
という話が動画の中心的な話題。
 
そして、結論部分。
 
研究が進むと、色の獲得順番は
分岐が増えて例外も増えて複雑になってきた。
つまり、ひと言でまとめることが難しい。
 
なんか混沌としたものを分けたがったり、白黒があったり、暖色ー寒色があったり、赤は別にしてたり、そんな感じになっているそうです。
(PartitionとBlack and WhiteとWarm and ColdとREDという4原則)
 
すっきりしない落ちということ(みたい)。
(※私はこの4つでも十分わかりやすくとても興味深いと思うけど)
 
とはいえ、内容はいつも通り情報量多め&2人の軽快な会話が見どころとなっております。
 
ぜひ動画をご覧くださいね。
 
一応個人的な見どころ・感想も書きます。

 

  紫はもともとムラサキ(植物)からの話で抜けている水野さん

動画の冒頭、色の話で「紫」が何に由来しているのか知っていますか?と水野さん。

 

植物の写真まで用意して、ちゃんと準備しているのかと思いきや…

 

★2:00くらい~

水野さん「こういうなんか白い花が…」

堀元さん「白い花って言っちゃってるじゃん。紫じゃないじゃん。

水野さん「ですけれどもこれがま、紫で…」

堀元さん「うん。白いけどな。」 

水野さんどういう理屈か忘れたけど、この紫っていう植物から色は来てるはずで。」

 

という抜けっぷりを披露。

 

これは、概要欄&コメント欄で監修者の先生から簡単な補足が来ていますが、一般的に染料から来ていると考えられているんですよね。

根を煮だした汁で布染めをすると紫色になる、みたいなことだと思います。

 
たとえば、藍、茜、紅なども同じように植物と色が「染料」という技術と関わって結びついている語だと考えられます。
国語辞書や歳時記なんかで似たような話があるんじゃないか(つまり理由は知っている)と予想しているのですが、たぶん水野さんは興味がないので忘れているんですね。
 
紫というと、万葉集の
 
「茜さす 紫の野の標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」
 
を思い浮かべます。(漢字は適当に当ててます)
 
国語の教科書で「あかねさす」が「むらさき」を導出する枕詞と習ったような…?
私も忘れていますね。
 
言葉通りだとすると、「紫の野」は染料をとるための「ムラサキ」を栽培している畑(なので立ち入り禁止にしてある)じゃないかなぁと勝手にイメージしていたんですが、どうでしょう。
 
……すみません、調べてないです。
 
とにかく、水野さんのうっかりが冒頭3分で輝くという初手から楽しい動画になっています。
 
第三者の目線での言い抜け方も面白いのでぜひご覧ください。
 
 

  「紅と赤ってどう違う?」子供の疑問には
「マンセルカラーチャート」が正解

 

色をどこで切り分けるか?という話をするときに出てきたのが、「マンセルカラーチャート」です。
 
たくさんの色のついた□がグラデーションに並んでおりまして、線を引くことで色の境界を可視化することができるんですね。
 
★13:00くらい~
堀元さん「なんか懐かしいな。俺小学生の頃、親に聞いて困らせたことあるわ。」
水野さん「うん。うん。」
堀元さん「 『赤い色と朱色はどう違うんだ?』と。で、ま『こういう色が朱色でこういう色が赤色だよ』みたいなのを、うちの母が典型的な色を言ったんだけど、『それはどこで切り替わるんだ?』と。」
水野さん「うん。うん。」

堀元さん「『ここからが赤だという瞬間を俺は知りたいんだ』って言って(母親を)途方に暮れさせたことがあります。」

水野さん「でも最もな疑問です、それは。」
堀元さん「 はい。」
水野さん「理屈で考えたらね、赤色と朱色の典型的な色が分かることと、赤色を朱色と呼ばないこと。 あるいは朱色を赤色と呼ばないことって全然違いますからね。」
 
ということでマンセルカラーチャートがあれば、母親も途方に暮れずに済んだのかな、というお話でした。
 
実際に、色の境界を知ろうと思ったらこういうツールが必要だと思います。
 
中学校の美術の教科書に色相環が載っていたので、カラーチャートもたぶんあったんじゃないかな。
あるいは、授業でカラーチャートを絵具で画用紙に作ってみるという作業をした経験がある人もいるかもしれない。
 
堀元さんのお母様は医師らしいので「じゃぁカラーチャート作ってみよう!」とはならなかったとは思いますが、美術や絵の心得がある場合には「赤色と朱色はどこで分かれるの?」という疑問に対して子供と一緒にカラーチャートを作って回答するというお母さんもいるもしれませんね。
 
でも、そんな手間かけられるのはほんの一握りの人かもしれません。
カラーチャートがすぐに見られるような色彩に関する専門書を1冊くらいは、育児中に持っておくといいかもしれませんね。
 

 

  色の認識の順番は、結局あるの?

 

色彩に関する言葉の研究が進むと、色の認識を獲得する順番があるということが明確に言えるか微妙になってきた。

 

そもそも白と黒(明と暗)の2種類しかない言語だって存在しているし、「基本の色彩語」といえるものの定義だって言語によって違うんだもの。

それは一概には言えない。

ざっくりと大きな傾向があったとしても、だ。

 

一方で、目が見えない人が手術によって見えるようになったらどんな順番で色彩語を扱えるようになるのか、という研究もあるとのこと。

 

★36:00くらい~

水野さん「先天的に目の見えない方が開眼手術と言って、目が見えるようになる手術があるんですけど、この手術に成功した後にすぐ色がある世界が実現するわけではないと著者が書いていて、」

堀元さん「え!あ、そう。そうなの?モノクロから始まるってこと?」

水野さん「というよりは、色の名前と色彩を一対一で正確に対応付けるためには、堀元さんのさっき言ってた『色はどこまで色なのか』みたいなこともわかんなきゃいけないじゃないですか。」

堀元さん「そうだね」

水野さん「で、実際これ子供も苦手で。子供に例えば『これは赤だよ』って言って赤い色を教えた後に、(子供が)別のものに対して『これも赤だ』っていう風に言っちゃうケースとかもあるように…」

堀元さん「だから赤くないものに赤だって言っちゃう?」

水野さん「 赤くないのに赤って言っちゃう。」

 

水野さん「だってさ、今自分が習得している途中とかの言語が、バーリン&ケイで言うところの『第何ステージにいるか』を知らないのだから、それダニ語だったらオッケーだったのかもしれないじゃないですか。」

堀元さん「あー、確かに。そっかそっか。我々の日本語の区分が結構厳しめだからまずいのであって、大体全部のものは赤って言っちゃう言語だったら赤でいいもんね。」

水野さん「はい、そうですね。なので結局これは言語得の回にも戻るんですけど、我々が言語をうまく運用できるようになるためには体系をちゃんと抑えなきゃいけない。」

堀元さん「うん。そうだね。」
水野さん「つまり『何々をなんとかと呼ぶ』の他に、『これは何々とは呼ばない』も覚えなきゃいけないので」

堀元さん「大変だな。」

水野さん「 はい。これもだから、先天盲で開眼手術を受けた方にとっては難しい。」

堀元さん「うん。」

水野さん「つまり色ってのを、『何であって何でないか』っていうことを覚えていかなきゃいけないんですね。」

堀元さん「そうだね。」

水野さん「あとその著者が言ってたのは、色っていうものを見る経験を経なくてはならないっていう風に書いていて、」

 

水野さん「ちょっと僕の理解が正しければ、見えない状態から見える状態になった時って、まず色々なものが多分繋がって見えたり、切り離して捉えることができなかったり、」

堀元さんそうか情報量多すぎて見るの難しいのか。

水野さん「そうどこからどこまでが、例えばじゃあ、今、ビデオカメラなのかとか。」

堀元さん「確かに。」

水野さん「どっからどこまでが机で、どこまでが椅子なのかとかっていう情報も、もちろん覚えなきゃいけないし、その上でその物体が宿してる色彩感覚のみを色と呼んでいるっていう事実も、やっぱいきなり見えるようになった方に要求するのって難しいと思うんですよね。」

 

以上、引用が長くなったけど、急に見えるようになった場合にはいきなりいろんな色を「これは色だ」と認識できるようになるわけではないようです。

 

その上で、認知心理学者の望月俊子先生の研究記録(生後10ヶ月で失明した方に開眼手術を行って、その後にその色彩語を使っていった順序の記録)を紹介してくれます。色だけ抜き書きすると、

 

赤→白・黒→緑→茶色→青→〈中略〉→空色・紫→桃色→灰色→黄色

 

(出典:鳥居1998;鳥居・望月2000「開眼手術を受けた患者が使い始めた色名とその順序」)

 

という感じだったらしいです。

この結果はバーリング&ケイのモデルと完全一致はしないんだけどかなり近いそうです。

 

そして、色彩の研究者で動画台本にコメントをされているアガバビアン先生が、ご自身の娘さんを観察した結果、赤が最初に出て次に白黒の言葉を使うようになったそうで。

 

少なくとも赤、白、黒が先行することは言えるみたい。

 

コメント欄にも「(視力について)色を失ったときにまず赤を回復した」みたいなものを見たような。。。

ちょっと見つけられないけど、そういうこともあるのかも。

 

だから、なんとなく認知科学(言語学)的には順番のようなものはあるみたい。

 
うーん興味深い。
 

 

 「ネケ」グッズについて

 

さて、動画の話はここまでにして、届いたゆる言語学ラジオ公式グッズ「ネケ」トートバッグとキーホルダーの写真を紹介します。
 
購入時、販売サイトに寸法などの情報が全然なくて困りましたので、測りました。
 
トートバッグはざっくり
 
【縦:持ち手17㎝+本体37㎝】×【横:36㎝】
【マチ底横:25㎝】
 
という寸法で、アクリルキーホルダーの縦の長さはだいたい【6.5~7㎝】くらいでした。
 
大きさイメージできますかね?
そういうサイズ感で写真を見てもらえればと思います。
 

 
 

 
 
 

 

 
 
生地が厚めのしっかりしたトートバッグで、荷物を入れれば写真のように立てることができます。
 
ついでに購入した本も一緒に写っていますが、無事に積読されています。
 
 

☆彡「ネケはどれ?」トートバッグ

https://www.valuebooks.jp/bp/VS0063336043

 

☆彡「ネケ」アクリルキーホルダー

https://www.valuebooks.jp/bp/VS0063351556

 

 

ごきげんようざらめの雨です。
今日は、ゆる言語学ラジオ含む最近面白かった動画の話をいくつかまとめて。

 

特にゆるコンピュータ科学の堀元さんがロボットについて話す回がとても興味深かったです。


複数を紹介する都合、1個1個の要約・概要は省略してざっくりした感想だけ。


一応、テーマを〈言葉〉と置いているので、まずは年明けでリズムがつかめずにスキップしてしまったゆる言語学ラジオの話から。

 

●なぜ「世界記録が破れた」と言えないのか? 

2026/01/06配信


「れる・られる」の受け身的な表現についてのお話。
ガチ目の言語学の話ですね。

この中で北海道方言「おささる」の仕組みについての話が出てきます。

水野さんは堀元さんのご実家に泊まったそうですが、深夜まで堀元さんのお父様を捕まえて「おささる」についてひたすら聞いていたとのこと。

 

堀元さん

気持ち悪かった。 ずっと『じゃあ透明な壁にヒビが入ってる場合はおささってるって言えますか?』ってずっとやってて。」

方言学をやっている人、あるある。

いわゆる【方言学あるある】ですね!

北海道の会場だったので、それにちなんだ内容ということで「おささる」を大きく取り上げてみたようです。

動画を見れば、北海道話者が使うような「〇〇さる」の使い方がマスターできるかも?

ちなみに、話が難しくて視聴から時間が経った現在時点でどんな内容だったのかさっぱり思い出せません

真顔

 

●人はなぜロボットをつくるのか?

2026/01/17配信<ゆるコンピュータ科学ラジオ>


ロボットを作っている石黒先生の研究のお話。

技術の話というよりは、どちらかといえば哲学的なお話になっていました。

動画の中ほどに、テレノイド(※)という「人間性を最小に組み込んだ電話機」で好意を恋にブーストすることができるという話が出てくるんですが、堀元さんと水野さんの違いがはっきり出る展開になりました。

(※「なんとなく人間っぽい形」をした抱っこ人形型の受話部付スピーカー)

堀元さんは「使った人がゆでダコのようになる」というそのテレノイドを、出会い系アプリのシステムに組み込んで爆速でカップル成立させたいと語ります。

カップリングに効率を求めすぎている(笑)

自分自身でも使ってみて、ゆでダコになりたいとか。

一方で、そのテレノイドが「好意が前提になってそれを増幅するだけの道具」であることに気づき、外的にコントロールされることに心地の悪さ(やんわりとした危惧)を感じる水野さん。

水野さんめちゃくちゃ鋭いです!!

水野さんのリアクションを見て堀元さんが補足した情報として、「嫌いな人と使うとますます嫌いになる」ということがあるそうです。

なんというか、怨憎会苦ですね。

みなさんは「好意が持てる相手と話すとラブラブ気分になるテレノイド」使ってみたいですか?

 

 

●感情の正体を知りたければ、ロボットを調べろ

2026/01/12配信<博士と道化師>

 

関連するロボット工学の話として、堀元さんの会社ペダンテイックが依頼を受けて作成している「博士と道化師」という番組の動画をあわせて紹介します。

この番組、アレンジを藤井さんという方が務め、聞き手席には堀元さんが座っていることが多いのですが(過去回はたぶん全部そうなっている)、この回では堀元さんの代わりにゆる学徒カフェの店長(ゆる民俗学ラジオプレゼンター)の黒川さんが聞き手として登場します。

堀元さんにはコンピュータ科学や情報科学の知見があることから、機械音痴として知られる黒川さんに交代したと思われます。

めちゃくちゃ雑に内容をチラっと言うと、はんぺん(みたいな形のロボット)をなでなでするという話がメインで出てきます。

詳しくは動画を見てください。

ロボットを使って人間の感情について探求することができるというのはとても興味深いです。

 

  人間の未来ってどうなるの?


堀元さんのお話のところで出てきた、石黒先生の思想が面白いんですよ。

人間を含めた生物の身体は「進化しやすいために有機物で構成した」ということで、最終的には無機物に戻っていくだろう。
そして、現在は無機物に戻る途中のフェーズにある。


なんちゅーことを言うのかΣ(´∀`;)

たとえば、宇宙で暮らすには〈適応温度の幅が広く放射線等の影響を受けづらい無機物〉による構成のほうが都合がいいわけです。

あえて〈温度の変化や放射線に対して脆弱な有機物〉で体を構成する理由は「変化が起きやすく進化が起こりやすいためである」と考えている。

言われてみれば、なるほどというか。
わからなくもないなぁ。って感じ。

ここで思い出されたのが、永野護『ファイブスターストーリーズ』に出てくるログナー司令です。
(以下、ログナーさんとお呼びします。)

最初期にはクローンという設定でしたが、その後「生体チップ」によって記憶と能力を引き継いで肉体を再生できるという技術の運用者に変わりました。

人間の魂と記憶をチップに入れておき、肉体が滅びるとチップからそれらの情報を引き出して肉体を再構成します。

ちょうど火の鳥みたいに何度も生まれ変わることができるわけですね。

お話の中ではバッキバキの成人ログナーさんも、一度肉体を消耗してしまい少年の姿になったログナーさんも出てきます。
(余談ですが、少年姿のログナーさんがとても好きです。)

『ファイブスターストーリーズ』には、ログナーさん以外にも生体チップの姿で宇宙船に集積されて果てしない旅をする人間の姿も出てきます。

ある意味で一つの理想の姿かな、と思いますが体を失って「生体チップ」になっちゃった人間について、その人たちがあえて人間の肉体を再構成する意味をどのように持ち得るのかというのは疑問です。

肉体を再構成できる技術と環境があることは重要ですが、それ以上に再構成する動機のほうがより重要です。
肉体を完全に機械化したり取り去ってチップにしてしまったら、動機がなくなってしまうんじゃないかと思ってしまいます

ティータイムのおやつが魅力的なのも、恋愛感情を楽しめるのも、肉体があればこそなのではないかと思うのですよね。

 

  有機物世代から無機物世代への交代


また肉体の換装(機械化含む肉体改良)というのも、たとえば二瓶勉『シドニアの騎士』に出てきたみたいに、次世代に対して一斉に行われる必要があるのではないかと思います。

『シドニアの騎士』では人類は光合成を行うことができるので食事は少量でよく、習慣や文化的な側面から「何かを食べる」こと自体は残っているけれども、最悪食べるものがなくてもいずれかの恒星から光を取り込めば飢え死にすることはありません。

ただ、最初からそうだったわけではなく、居住していた惑星を追われて『シドニア』に乗り込んだ人々に対して「生まれてくる子どもたちは光合成を行うので食べさせる必要はありません」という宣言がなされたシーンがあることから、生まれてくる子供に一斉に遺伝子改良を施してそうなったものと推測されます。

それぐらいインパクトを持って行わないと、スムーズに有機物世代から無機物世代へと交代しないのではないかと思いますが、そういう状況がどういう状況かを考えると……そんな時代が来て欲しくないとも思います。

数千年先には、もしかしたらそんな未来もあるのかもしれませんが……。
 

 

  肉体がない世界で自己はどうなるのか?


石黒先生は、「肉体が換装可能になり実質的に存在しなくなることで、差別の撤廃された社会になる」という示唆を与えているそうです。

あらゆる差別は、見た目から始まります。
肌の色、目の色、体の欠損など、見てわかる差異があること。

人間の存在にともなう情報が量的に過剰でノイズに満ちやすいこと。

それらを取り去ってしまえば、差別は極めて起こりにくくなるのではないか?
よりインクルージョンされた社会になるのではないか?

ここで私は、士郎正宗『攻殻機動隊』のことを思い出します。

身体が「義体」と呼ばれるロボット(無機物構成体)でできた主人公の草薙素子は、最終的にネットの海を漂う生命体になるのですが、その後のことについては私はよく理解できないんですよね。

正義感の強い彼女の意思が、肉体を捨てて「ネットワーク社会の一部そのもの」になったときに、何を志向するのか。

私には、よく理解できませんでした。

博士と道化師「感情の正体を知りたければ、ロボットを調べろ」のところで出てくるんですが、肉体がない状態では感情というのは極めて生起しづらいものであることが分かっているようです。

視覚と聴覚(カメラとマイク)を感覚器官として持つロボットと、それらに加え肉体を模したはんぺん(感触受容器)を持つロボットとの比較で、例えば怒鳴られたり、褒められたりしたときの「感情の育ち方」には大きな違いがあるようで。

石黒先生のいうように、完全に肉体をなくして個性を極小化したときには、あらゆる進化は止まってしまって「終わり」が来てしまうのではないかと思いました。

そして、そこへ至る過程で本当に「あらゆる人間がインクルージョンされる」社会は成立するのでしょうか?

ログナーさんのように誰かから強く求められるような特異な能力と知識を兼ね備えた人、草薙素子のように環境を解体し利用することへの強い興味と意思を持ち莫大な情報のコントロールに耐える才能を持った人。

そんな人たちだけが肉体の制限に縛られない状況で積極的に世界(肉体を捨てきることができない人たちから構成されている。当然格差も差別も存在している)と関わり合いを持ち、そうでない人はチップの形になってひっそりと眠り続けるそんな世界があるような、そんな気がしています。

また完全に情報体となった人間同士はどのようなコミュニケーションを志向するのでしょうか?

 

博士と道化師「感情の正体を知りたければ、ロボットを調べろ」に出演している堀井先生が行っている、ロボット同士に映画の感想を話し合わせて共感を引き出す実験が何か示唆を与えてくれるかもしれません。

あるいは、この話、生成AIにきいてみてもおもしろいかもね。

それでは、今日はここまで。

思いがけなく長くなりました。
読んでくださってありがとうございました。

 

  動画に出てきた本いくつかと水野さんの本と堀元さんの本

 

 

アンドロイドは人間になれるか【電子書籍】[ 石黒 浩 ]

 

 

いのちの未来 2075 人間はロボットになり、ロボットは人間になる [ 石黒浩 ]

 

 

【中古】言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼 復刻版/バリュ-ブックス・パブリッシング/堀元見(単行本)

↑最近寝る前に読み始めました。

 1個1個のトピックが短くて読みやすい。

 おすすめです。

 

 

 

以上のリンクは全て楽天市場です。

 

それでは本日はさようなら!

 

またお会いしましょう♪

素敵な一日になりますように(*^^*)

 

☆ゆる言語学ラジオ(公式YouTubeチャンネル)

 

☆ゆる言語学ラジオ(公式Spotify;ポットキャスト)

 

 

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楽天市場

 

【余談】

言語学者が実験に用いた「ネケ」という架空の生き物(概念)が好きなのですが、実はゆる言語学ラジオの公式グッズの中に「ネケグッズ」がありまして。(※なぜか実験を行った今井むつみ先生が監修をしているそうです。)

 

注文していたのが届きました。

 

思った以上に可愛い感じでした。

トートバッグはしっかりした厚めの生地でA4サイズの資料が余裕をもって入る大きさで使いやすいです。

 

おすすめです。

 

☆彡「ネケはどれ?」トートバッグ

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☆彡「ネケ」アクリルキーホルダー

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