9/2(水)
休みのため、妻と娘をつれ早めに家を出る。
昼食を食べ、二十一世紀の森へ。
画材を持っていって妻と自分は絵を描く。娘は一枚は描いたがすぐに飽きて小川で遊んでいた。
自分もすぐに呼び出され、二人で小川、池の周りを歩く。
その後、急に雨が降ってきて早めに退散。喫茶店でお茶。
娘はナポリタンを食べたがった。夕食も控えているので、こちらが渋るとどうしてもと譲らないので
仕方なく注文する。しかし、何口か食べお腹がいっぱいと。
まあ、予想通りと思い、コーヒーを飲んでいると、今度はパフェを食べたいと。
流石にそれはできないよとの返答に、大きな声で駄々をこねたので急ぎ店を出る。
車に乗ったら、すぐに寝てしまった。
何かと食べたがる、無理な駄々をこねる。大体が眠い時だったり、疲れている時だ。
体も育ち、話ができるようになると、ついつい、自分たちと同じように考えてしまうが、子供たちはまだ自分を制御できない。
小便を我慢すれば、身体がねじれ頑固になる。
ただ叱るだけでなく、そうした子供の体力、状態を見なくてはならないと反省。
夕方までたっぷり寝た後は聖者のように、静かで、目覚めの運動がてら夕方の散歩をした。
鈴虫の鳴く音を二人で耳をすませて聴いて歩いた。
夜も久々に寝かしつけをする。アブラハムの歌を歌ってあげたら喜んでいた。
9/3(木)
朝、散髪の予約をしていたので、みなが寝ている中家を出た。
久々、満員電車に揉まれ、毎日これは相当に大変だと思った。
特別気にしていたわけではないけれど、コロナ禍ということもあって、この機会に近所にいい美容院はないかと探して、別のところで2回切ってもらったため、この日に行く馴染みの美容院は半年振りだった。
簡単に要望を伝え、後はお任せした。終わった後も満足で、こうしたことはあまり妥協すべきではないなと思った。
自分の髪がいい感じで切られているか、そうでないかで随分気持ちが変わるものだ。
良い年なんだから、どこで切ってもいいじゃないか、という声もあるだろうけれど、高揚する心は大切だ。できるだけ自分の気持ちに正直に生きたいと最近は思う。
仕事から帰ってきて、妻と話をした。朝起きて娘は、僕が自分の頬にキスをしていったかを尋ねたらしい。
寝ていたのだけれど、何となく意識はあったのかもしれない。
書店で、先崎学の「うつ病九段」の漫画版と、将棋特集のNumberを購入。
9/4(金)
朝、娘は少し不機嫌だった。
自分より早くトイレに行かれたことで怒り、着替えもしたがらない。食後にパズルをやり始め、ピースがないと大声を出す。
乱暴な言葉を叫ぶので、こちらも強めに一喝。その後はスッと大人しくなって一人で黙々と遊んでいた。
目覚めは、それまで眠りの質に関係する。そして、眠りの質は昼間の過ごし方から影響を受ける。
そう考えると、朝の怒りというのは、眠りで処理しきれなかった感情の残りなのだといえる。
だから、こうした感情は、家を出る前に全部出してしまった方がよい。
するとリセットされる。
幼稚園ではプールだったらしいが、水着を忘れたとのこと。
先生がパンツで入るように勧めたら、そんな男の子みたいな格好はしたくないと頑なに拒否し、服のまま入ったと、笑。
さて、明日はどうやら雨らしいけれど。