父の手術の次の日。
新品のパジャマと、肌着と、下着を購入し父の居る病室へ。
高価なものは買えなかったが、父に似合うもの・・・
私なりに悩み抜いた。
喜んでもらえるか・・・
サイズは「M」がいいいのか・・・
色は・・・デザインは・・・


「お父さん、買って来たよ。パジャマ。着替えてみて。」
袋ごと渡した。
もちろん、父の両目には眼帯がつけてある。
が、病人扱いすると嫌がるのが目に見えた分かった。
私は、あえてそのまま渡した。


「そんなんに金使うな!幾ら掛かったとや?」
と言いながら、口元は嬉しそう。
手探りでパジャマを探していた。

「どこが開け口や・・・ここか・・・・どう着るとや?」
「これはズボンか?・・・・これは上着か?」
「おぉ、ちょっきりやんね。ちょうどいいばい。」
「着やすいなぁ・・・薄いけん、暑くなくてちょうどよかぁ」


と、独り言なのか、プレゼントの感想なのかは分からないが嬉しそうに着替えていた。

すると、聞き慣れた声が入ってきた。
「おにいちゃん・・・大丈夫そうやねぇ。香里!あんた大きくなったねぇ・・・」

私の嫌いな人。
父の妹「愛子オバちゃん」と、その旦那。
小さい頃から嫌いだった。
嫌味ばかり言ってくるようなへそ曲がりなオバさん。
困ったときだけ父に連絡してきては「お金頂戴」というようなお金に目が無いオバさん。

「おにいちゃん、お兄ちゃん家が汚かったもんやけん、掃除してきたばい。
香里あんた、なんで実家ばきれいにしとかんとね!
あんなに汚い家は初めて見たばい。ブタ小屋より酷やんね。
汚いもん全部捨てて、家具はオバちゃんちから持ってきとるけんね。ホントに・・・疲れたとばい。あの家片付けるの。」

と、始まった嫌味。
そう、愛子オバちゃんは潔癖症。
家に来ると毎回、夫婦でうちの家を大掃除し始める。
住んでいる父と私にとっては、いい迷惑。

この行動、実は・・・・大掃除してやったんだからそれに見合ったモノを頂戴。というのが、愛子オバちゃんの本心。


「しかし、おにいちゃん大丈夫ね!」
と、心配してるのか・・・
上辺の言葉たちが彼女の口から吐き出されている。
・・・私にはゴマスリにしか見えない。


・・・・・。
散々くっちゃべった愛子オバちゃんは帰っていった。

やっと帰った。
疲れた。
これが私の本心。
親族・・・大切にしないといけないのは分かっているのだが、「親族」と言う武器を使って父を利用しようと近づいてくる愛子オバちゃんに、私は虫唾が走るのだ。



2週間後。

父は退院した。
右:0.8 左1.2という視野の世界を取り戻して。
 父が一番喜んでいた。
「車が運転できる・・・仕事辞めんで行ける!」
と。

 そう。父の仕事場所へは交通の便が悪く、自動車でないと通勤の手段が難しいのだ。
会社はというと、勤務暦20年。
父は社内で1番のベテランということもあり、好意で長期有休休暇を出してくれていたのだ。



順調に回復していた。
生活も極普通に過ごしていた。
・・・・・・と思った。


私は、産休の代わりで入った病院での職務を終え任期満了退社した。そう、21歳の10月。


その職場で先輩でもあった同級生の「レオ」と、お祝いというか、自分たちへのご褒美に東京ディズニーシー・ランドへ2泊3日の旅行をすることになった。

1日目。ランドの方へ。
ハロウィンで辺り一面カボチャでいっぱいの中をレオと2人で大はしゃぎ。子ども以上にはしゃいで、写真をたくさん撮って夜のパレードまで観て、閉店時間まで隅々歩き回った。
 興奮が冷めぬままホテルへ戻り、明日への期待を膨らませながら床に就いた。
夢見心地になっていた頃だった。

 プルル・・・ プルル・・・ プルル・・・

夢の中で電話が鳴っていると思った。
かなりの時間、電話が鳴り響く。

・・・私の携帯が点滅している。
表示している番号は未登録。

胸騒ぎがした。

悪戯電話では無かった。

「香里さんですか?」
と、電話口で男が問いかけた。

「・・・はい。」
恐る恐る応えると男は話を続けた。

「サキ香里さんですね?サキ憲輔さんご存知ですか?」

「はい。私の父ですが・・・・」
本人確認をした後、再び男は話を続けた。

「サキ憲輔さん、あなたのお父さん・・・・
今日、ひき逃げしておりまして・・・
今、交番で身柄確保しております・・・・」

言葉が出なかった。
手に汗が溢れた。
全身が震えた。

レオが私の異変に気づき起きてしまった。

「・・・ごめん。なんでもない。ちょっと外で電話してくる」
そう言って、私は部屋を出た。

AM1:30過ぎ。

誰かにすがりたい。
そう思ったのはこの日が初めてだった。

「お婆さんを引いたらしく。
お父さん本人は、全く気づいてなかったらしくそのまま逃走したようで。目撃情報で、あなたのお父さんが怪しいということで、事情聴取を行っているところです。
お嬢さん、今、どちらに居られますか?
身内の方に同席していただきたいのですが・・・・」

いったん電話を切ると、今度は愛子オバちゃんから。
「あんたのおとうさんひき逃げしたってねぇ!
今、警察から電話があったばい。
どういうことね!これ以上、私たちに迷惑かけんでくれる?
今まであんたが子どもやけん仕方ないと思って我慢しとったばってん、もうちょっとあんたはしっかりせんといかんばい!
一応、今からオバちゃんたちが警察に立ち会うばってん、あんたは今すぐ帰ってきなさい!」
と。

止まらない涙はあったけど、父は「ひき逃げ」をするような小さい男ではない、私はそう思った。
愛子おばちゃんの言葉に虫唾が走った。
当時、付き合っていた人に電話して慰めてもらった。

呼吸を整え、ホテルへ戻った。

レオに一部始終話し、私は帰らずに「今」を満喫する方を選んだ。
普通なら、飛んで帰るのかもしれない。
けど、私は父を信じることにした。
レオにも気を遣わせる。
私は私。
だから、とりあえず楽しむ方を選んだ。





福岡に戻った。
父は、罰金を払い釈放された。

「やっていない」父は、2日間言い張った。
が、警察は違った。
被害者が父を犯人と訴えている限り、父を問い詰める。

被害者は、70歳代の痴呆が入った女性。
ひき逃げと言っても、車にかすって、自分でこけたらしく、捻挫したらしい。
現場検証では、車の部品やブレーキ跡は全く無く、女性の衣類にも車の塗料などは検出されなかったらしい。
・・・実は、父の右目は光しか見えななかったらしい。
20㎞~30㎞のスピードでしか運転できず、渋滞を引き起こしては、路肩に止まり、再度、出発・・・とを繰り返し出勤していた。

全ては、私に心配かけたくなかったから・・・・

父は半分、警察に脅された。
「『やった』って言ってしまって罰金払ったら直ぐに出れるんだから・・・!頑固やねぇ~。このままやったら裁判にかけられるよあんた。」
・・・・ドラマの通りやったと。
「やった」と言わないと刑にかけられる・・・そんなに罰金は高くないはず。これ以上言い張れば酷くなるだろう・・・
そう思った父は、3日目。
「・・・やりました。」
と、言った。




 被害者の元へ愛子オバちゃんがお詫びをしに行ってくれた。
後は、保険会社が、事を荒立てずに運んでくれた。
話しは片付いてるはずが、被害者本人から
「まだ、足が痛みます」
との手紙が届き、保険会社に依頼し、話をつけてもらった。

愛子オバちゃんに、今回の件と、部屋を片付けてくれたお礼に20万包んだ。以来、オバちゃんはパタリと連絡が途絶えた。

お金で解決できてしまう世の中の汚さを知った。
お金に蝕まれる大人たちを近くで感じた。
・・・虫唾が走った。

こういうことがあり、会社にも迷惑をかけたという、父の想いが「退職」という道を選んだ。会社は、事情が事情ということもあったが、「満了退社」という処置にしてくれた。


 酒を交わしながら父は、私に一部始終を話してくれた。
父の中では「捕まったこと」が笑い話になっていた。
よかった。笑い飛ばしてくれて・・・
私は、そう思った。

一時、両目失明したとき、
「酒もタバコも止める。」
と言っていたが、目の前の父は元気に両方を飲んでいる。
私はそれでいい、と思った。
21歳の冬だった。

続く。


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職場に着いた。

涙は止まらない。

ドアを開けると、馴染みの顔ぶれ・・・
課長に、先輩方。そして、同級生。
気を許した仲間を目の前にしてたことで、父とのやり取りがフィードバックし、更に感情が溢れ出した。
事情を説明するにも、感情が詰まってうまく話せず。

 普段、強気で悪ふざけをしている私が「泣いている」ことに周りが動揺していて。








やっと、言葉が出た。
一部始終、涙と共に。

「2日」有休を頂きそのままの足で父の居る病院へ。



高速バスの中。
「目が見えない世界」が頭の中で膨らんでいく。
見える世界から、見えない世界・・・不安と恐怖が入り混じる。
これを体感している父を思うと、更に苦しくなった。





父の病室。
ひとつの病室に6床あり、6床とも糖尿病疾患患者。

「おとうさん」
声をかけると、こちらを探しながら。
私が見えているのか分からないが、父は照れているようだった。
「こんくらいで来んでもよかったい」
「自分で入院の準備して来とるけん。着替えやら下着やら。
やけん心配すんな。」
と言いながら、バックから着替えや下着を取り出した。

ヨレヨレになっているものや、少し薄汚れているもの・・・
父には見えないのだ。
そのきれいとは言えない着替えを、棚にしまっていく。

「お父さん・・・着替え足らんやろうけん、明日、買ってきちゃるけん」
と。「それ、汚れとるよ」と言えなかった。

ベットの脇。
海外短期留学、行かせてくれたとき。
父にお土産であげた「ミッキーマウス」が座っていた。
 嬉しかった。





次の日。

3時間。


寝台に乗って、出てきた。両目に眼帯をして。

朝食抜きで手術に臨み、昼食時を過ぎていたこともあり、父の空腹はそうとうのものだっただろう。
遅食のおにぎりを鷲掴みして食べている姿。
心が痛かった。

尿意をもよおし、看護婦に手を引かれトイレへ。途中、障害物に足を取られ、見えないことに、手を引かれていることに苛立ちをあらわにする父。


見えない世界の不安・・・・

父の背中が小さく見えた。
 少しずつ相手を思いやる気持ちを正直に出せるようになった父と、私。やっと、親子らしくなってきた。
父にお酒が入ると口喧嘩になるが、だいぶ慣れてきた。


 私が、短大2年・・・町も忙しく年を越す準備で賑わっていたころ。母からしつこく電話がかかって来るようになった。

「お姉ちゃん・・・・お母さんにお金貸しちゃらんね。今月支払いが出来んで困っとるったい。」

と。

「うちも一人暮らしでギリギリやけん無理よ。
バイト代入ったら1~2万は貸せるかもしれんけど・・・・
いくらいると?」

と聞くと、言い訳をつらつらと話し始めた。

「言い訳はいいけん、なんでそんなにお金が要ると?
いくら必要と?」
私は、母の言い訳を腹立たしく思い、声を荒げた。

「・・・・それがたい。30万貸しちゃらん?
あんた、保険証持っとるやろ?来月になったら給料入るけん、お母さん名義の銀行作って、その銀行の口座引き落としで返済するようにしとったら、お母さんが、来月から5万づつくらい返していけるけん。金融機関あるやんね!借りて来てくれんね?」

?????
私は耳を疑った。
どこの親が自分の子どもに「お金を借りて来い」というだろう。


この電話が、週に3~4回・・・・月末には毎日、かかってくるようになった。もちろん、父には言えなかった。
 だからといって、母の言うとおりにお金を借りてくることもなかった。母からのしつこい電話は2ヶ月ほど続いた。

と思ったら、ぱったり連絡が無くなった。

生きているのだろうか・・・・少し背筋に緊張を感じたが、音沙汰無く時は過ぎた。と、思った。

そんなに、簡単にこの問題は終わらなかった。
毎月、「お姉ちゃん・・・」と、母はお金をせびるようになった。



 
 時は流れ、私は短大を無事、卒業。私が、短大在籍中、一度、父は入院をしたものの、1回目よりは軽く、すぐに退院できた。
 卒業後、就職活動が面倒でフリーターをしていたが、生活が成り立ない現実に焦りを感じ、短大の担任を頼りに大学へ行き仕事を紹介してもらった。
 蝉の鳴く、ジリジリと暑い日に仕事は決まった。八幡にある病院の栄養士が産休に入る間の臨時職員として。
短大の同級生がいたので、心強かった。

 勤め始めて3ヶ月が過ぎた頃。
いつものように仕事にに行く準備をしていたら携帯電話が鳴った。液晶部分を見ると、相手は「父」だった。
出勤前のバタバタしてるときになんだろうと、ダルイ感じで電話を受けた。

「香里か?お父さんたい。
あのな、今日から入院するけん。
目が見えんくなったったい。けど、心配すんな。
昨日、バスに乗って病院まで診察に行けたけん。
流石に、時刻表は見えんかったけん、バス待っとる人に聞いてバス乗ったけどな。大丈夫たい。

 それでな、明日に手術が決まったけど、お前は仕事を頑張りなさい。
付き添いに来んでいいぞ。大した手術じゃないっちゃけん。」
 





ぽろぽろ・・・・・


ぽろぽろぽろぽろ・・・・・


拭っても拭っても溢れてくる。
何にも考えることが出来ず・・・
ただ、ただ泣いていた。

どのくらい泣いていたかは分からないが、
「仕事」ということに気がついて気持ちを入れ替えようとしたが、涙は止まらず、そのまま家を出て職場へ向かった。



続く。