所変わって舞台は福岡へ。

 蝉が忙しくないている、立秋を過ぎても暑さが続く頃だった。
 弟と約7年ぶりの共同生活。
7年という空白の時間を埋めることは出来るのだろうか・・・・

 弟は、スカウトのノルマがあるため毎日、11時には家を出、ミーティングなどで帰りは翌朝5時を過ぎる。
私は、17時30分に家を出、翌朝3時に帰り着く。
弟のため・・・というのもあるが、一人で晩御飯を食すのも淋しいので、2人分晩御飯を作って待っているのが日課だった。

 7年分を取り戻さなければ・・・・
と自分の中で感じていたのかもしれない。

「まさ?仕事何時に終わりそう?
ちょっとサラダ油が切れたけん買って来て!今日は、肉野菜炒め作りよるけん・・・」


「ただいま」
と、弟は買い物袋から油を取り出しながら。

「お姉ちゃん、これ安かったけん・・・どっち食べる?」

デザートを二つ、買ってきてくれた。

 私が思うより「7年の空白」は感じられなかった。

久しぶりの兄弟仲ができて浮かれていた。
嬉しかった。






・・・・・はずだった。

 街路樹が紅葉し始め、風が肌寒くなり始める頃。
兄弟生活1ヶ月が過ぎていた。

 徐々に弟は変わっていった・・・・
というより、それが本性なのか・・・

「まさ?仕事終わった??周りなんかざわざわするねぇ・・・」

「あぁ~・・・今、外でご飯食べよる・・・」
と、弟は無感情で応える。

「・・・・外で食べるなら言ってよ。待っとたのに・・・・・
じゃぁ、まさの分取っとくけん、明日、起きてから食べり・・・」

私は待ちぼうけしながら・・・・
一人で遅い晩御飯をすることが増え始めた。

弟は朝の7時過ぎに帰宅。
11時にバタバタとスカウトへ・・・・
生活は乱れ、部屋が散乱し始めた。

汚れたシャツに、靴下、下着、コンビニ弁当の容器、ペットボトル、空き缶、紙パック、そしてヘルスなどの女の子の名刺に、成人雑誌にDVD・・・・

弟の部屋はごみ処理場のように、それらが溢れ返っていた。

汚い・・・そして、異臭が漂った。


「大変なんだろうなぁ・・・」
と、始めは週に1度は弟の部屋を掃除していた。
ゴミ袋約3袋分のゴミが・・・
毎回、部屋中に散乱。
 45Lの洗濯機を2回転させる程の汚れ物・・・・・



 弟は、家に帰って来るなり、即 就寝する。

寝つきは早いが・・・
小さいときから「唸る」癖があり一緒に寝ている者にとってはかなりの迷惑で、睡眠の妨げになるほど大きな唸り声を上げる。
・・・本人は全く気づいていない。

それだけならまだよい。
寝起きが悪い・・・・というより、なかなか起きないのだ。
大爆音の目覚ましがなっても起きない・・・
揺すっても、叩いても、布団を剥いでも・・・・
反応はするが、直ぐには目を覚まそうとしない。

その大爆音の目覚ましがうるさ過ぎて毎回、私が起こされ・・・・
目覚ましを止めていた。



 日に日に、ストレスになる。

「少しは片付けりいよ!」
腹立たしさが怒りと共に露になる。

弟は
「・・・・」
無言だった。段々、私を煙たがるように・・・・・・
互いの生活もすれ違うようになった。


 


 ある日、怒りとストレスとが積もりに積もり・・・・

弟を怒鳴り散らかした。



「ボクがいつお姉ちゃんに迷惑かけたとよ!
ボクだって必死っちゃけん。ほっといてよ。
部屋だって、休みがあったらちゃんと片付けるっちゃけん。
僕の部屋のドア閉めとけば問題ないやろ!!」

弟を逆上させてしまった。


 無理だった。
「7年の空白」を埋めることは。
そう容易いものではなかった。

弟は怒りに溢れ、泣き崩れた・・・・・

姉として、やってはいけないことをしてしまった。
胸が苦しくなった。


続く。
 久しぶりに父の居る家に帰宅した。


「急に帰ってきてから・・・なんか用か?
お前は今まで何しとったとか?
お前が帰ってくるか来んか分からんけん・・・
買ってきた惣菜が冷蔵庫で腐ってしまっとうぞ・・・
そんなんやったら、ご飯買って来んけんな。
もう、帰ってくるな。」





冷蔵庫を開けると「刺身」があった。





 私が一人暮らしをはじめたとき。
実家に帰ると・・・・・
「お前が刺身好きやろうと思って買ってきとるぞ」
と。

そう、父は、必ず2~3種類の刺身を私のために用意してくれていた。





・・・・思い出した。
 不器用な父の最大の愛情表現。

「ご飯炊いとうけん食べれ」
奥の部屋で父はそう言った。
 刺身とご飯・・・
涙で味がしない。

ごめんなさい、お父さん。おいしいよ・・・・
そう思いながら、一生懸命食べた。



 次の日、父に全てを話した。

夜間学校と偽って夜働いていること。
借金が残っていたこと。
弟に再会したこと。
弟と暮らすこと。
そして、栄養士の仕事を辞めたこと。


 父は、静かだった。

「そうか・・・・。
ごめんな。おとうさん何もできんで。
・・・ごめん。
まさくんは元気とかな?
もう、まさくんとは10年くらい会ってないけんなぁ・・・
あの女のとこに行ってから心配でたまらんかったっちゃん。
死ぬ前に1回でいいけんまさ君と兄ちゃんに会いたいっちゃん・・・」


・・・・父は物静かに過去を振り返っているようだった。

「・・・・そういう事情やけん、うち福岡に戻るよ。
お父さんも一緒に福岡帰ろう。」

「俺はいい。もう疲れた。
それに、福岡は嫌なこと思い出すけんここでいい・・・」


それ以上、話すことは無かった。

 こうして、また父と私は別々になった。
しかし、今回は何か違う。
今まで無かった父への感情が生まれた。

福岡と北九州、少し距離はあるが・・・
お互いを気持ちよく思いやれる距離になった。




続く。
会いたくなくない。
帰りたくない。
見るだけでイライラする。




 あれだけ傷つけあって、涙流し・・・・
やっと親子に戻れたと思っていたが、そう簡単に親子らしい暮らしができるわけが無かった。
 父から見て、私が自由奔放に見えたのが腹立たしかったのだろう。その自由奔放さが「あの女」に似ていいるように見えたのだろう。毎日「お前はあの女にそっくりや・・・・・」が口癖になった。


職場にも行きたくない。
行きたくない。
行きたくない。
行きたく・・・・・
ない。
 
 昼に働いていた職場の上司に、
「栄養士のわりには包丁捌きがいいなぁ」
と、非常に気に入られてしまった。
外見は細身の長身。背筋がスッと通っていて、なかなかの色男で、頑固者。60手前のいい中年の上司だった。
 元シェフで、世界大会2位意になったという腕前だけあり、料理に関して頭が上がらなかった。
尊敬していた。

しかし・・・・

そんな上司から、セクハラを受けていた。
そんなに酷いものではないが、
「スキぞ」と言って来るのは日常茶飯事。
抱きついてきたり、「キスをしよう・・・」とせがんで来たり。
お尻を触るのは「挨拶だ」と上司は主張し、セクハラに対して
反発すると「お前は可愛げ無いのぉ~」と笑う。


それが耐えられなかった。


なんのために?
なんで?
なにが?
・・・・・

 昼の仕事無断欠勤した。
上司から、電話があったが取らなかった。


夜の案内人だけは・・・
ちゃんと行った。
弟の顔もある・・・そう思ったからだ。

北九州へも帰りたくなくなった。
父からの電話・・・
取れなかった。



無断欠勤2日目。
上司から昼、夕合わせて3回電話があった。
留守電が1件。

恐る恐る聞いた。

「お前、大丈夫か?
なんかあったんやったら連絡ぐらいしろ。
周りには風邪って言っとるけん、まだ大丈夫。
来にくいかもしれんけどな、明日は来いよ。」

涙が出た。

私は自分のことした考えていなかったのに・・・
上司は私の場所を守ってくれていた。
人のぬくもりを感じ、また溢れた。


しかし、行けなかった・・・
と、言うより行かなかった。
出勤の3時間前には目が覚めていたのに・・・
「もういいや・・・」
2度寝した。
 私は、上司を裏切った。



自分が抜け殻になったように時間だけが過ぎていく。

自分の居場所が無かった。
自分が居なかった・・・

何のために・・・何を・・・・何が・・・・
受付の仕事後、その足でクラブへ直行し明け方まで酒を飲んでは暴れて・・・・
こんな生活が続いた。

一時期、
気持ちが無くてもいい・・・・
自分の居場所がほしい・・・・
そんな気持ちで異性に依存していた。

自分が後悔しなければいいや・・・

投げやりな日々。
有限不実行の狼少年のような自分。
そんな自分に嫌気が差して、また酒をくらう・・・・






他人に依存し続けてはいつまで経っても堂々巡りやん・・・・
 やっと、自分の駄目さに気づいた。

1ヶ月が経っていた。
上司に連絡し、頭を下げに伺った。
上司は嬉しそうに泣いた。笑みを抑えるのに必死だった。
元は、怒られに行ったのだから・・・・
 1部始終を話し、理解してもらった。
「お父さんを大事にしろよ。俺は第2のお父さんになっちゃるけんな。」

「お腹空いてない?良かったらご飯食べていって!」
と、炊事場から奥さんが夕飯の支度をしていた。

「おう、飯にしようか・・・」

深刻な話の場から宴の場に変わった。
上司は嬉しそうに酒を飲んだ。

上司夫婦は息子2人で、娘が欲しかったらしく、上司の元で働くようになってからお世話になっていた。ダンスのイベントへも応援に駆けつけてくれるくらい可愛がってもらっていた。
 

 こんなにも懐の深い方を裏切ったんだ・・・・



頑張ろうと思った。
その日、自分が少し見えた気がした。

父と向き合おう、ちゃんと話そう。


そう思った。




続く。