木の間より もりくる月の 影見れば 心づくしの
秋は来にけり
詠み人知らず
(このまより もりくるつきの かげみれば こころ
づくしの あきはきにけり)
意味・・木の間を通して洩れてくる月の光を見ると、
心を痛める秋という季節が来たのだなあ。
秋といえば気候が良く気持の良い時季であり、
実りの季節、収穫の季節であるので、働く村
人にとっては最も喜ばしい季節である。
その一方、夏の間は月の光も通さなかった木
立の繁みが、秋になって細く青い光を通すよ
うになった。この推移を感じた作者は、万物
の盛りが過ぎて衰えてゆくわびしい季節とし
て、感傷悲哀の季節として、秋をとらえてい
ます。
注・・心づくし=気をもむ、もの思いをする、心を
痛める。
出典・・古今和歌集・184。
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杖つきも 行きても見むと 思へども 病ふの身こそ
術なかりけれ
良寛
(つえつきも ゆきてもみんと おもえども やまうのみこそ
すべなかりけれ)
意味・・あなたのいる福井まで、杖をついてまでも行って
みたいと思うけれども、病気ばかりして、どうし
ようもないことだ。
福井にいる弟に送った歌です。
注・・術なかり=どうしょうもない。
作者・・良寛=1758~1831。
谷川敏朗著「良寛全歌集」。
夕暮れは ものぞかなしき 鐘の音を あすもきくべき
身とし知らねば
和泉式部
(ゆうぐれは ものぞかなしき かねのおと あすも
きくべき みとしらねば)
意味・・夕暮れはなんと悲しいことだ。入相の鐘を
明日も聞くことの出来る身だとは分からな
いので。
入相の鐘の音を聞いて詠んだ歌です。
病気や事故、会社の倒産などで明日も今日
と同じように鐘の音が聞けるとは限らない、
という気持を詠んでいます。
入相の鐘が明日も同じように聞けるとは限
らないと思うと、この日この日を大切にし
て生きて行かねば、という気持です。
西行も同じような歌を詠んでいます。
「待たれつる入相の鐘の音すなり明日もや
あらば聞かんとすらむ」 (山家集)
(今日聞くのが最後かと待たれた入相の鐘が
聞こえて来る。もし明日も命があったなら
再び同じ気持で聞くことであろう)
注・・入相(いりあい)の鐘=夕暮れ時に鳴る鐘の
音。人生の黄昏(たそがれ)を思わせる寂
しさが伴います。
作者・・和泉式部=いずみしきぶ。生没年未詳。10
09年中宮彰子に仕えた。
出典・・詞花和歌集・357。
我が恋は 松を時雨の 染めかねて 真葛が原に
風さわぐなり
慈円
(わがこいは まつをしぐれの そめかねて まくずが
はらに かぜさわぐなり)
意味・・私の恋は、松を時雨が紅葉させることが出来ない
でいるように、思う人をなびかせることが出来ず、
真葛が原に、葛の葉の裏を白々と見せながら風が
騒いでいるように、私はそれを恨んで心が乱れて
いる。
注・・松を時雨の染めかねて=松は常緑木で時雨も染め
て紅葉出来ない「松」に、なびかせることの出
来ない恋人を暗示し「時雨」を自分に暗示。
真葛=真は美称の語、葛はマメ科の植物で裏は白
っぽい。風が吹いて葛が白っぽい裏を見せるの
で、恨み(裏見)で心の落ち着かない状態を暗示。
作者・・慈円=じえん。1155~1225。天台座主。
出典・・新古今和歌集・1030。
忘れじな 難波の秋の 夜半の空 こと浦に澄む
月は見るとも
宣秋門院丹後
(わすれじな なにわのあきの よわのそら ことうらに
すむ つきはみるとも)
意味・・忘れないつもりです。この難波の浦の秋の夜の空
のことは。たとえ将来、他の浦に住み、そこに澄
んだ月を見るようになっても。
注・・忘れじな=「じ」は打ち消しを表す語。「な」は
詠嘆の語。忘れまいよ。
難波の秋=難波の浦の秋。難波の浦は大阪市の海
辺の古称。
こと浦=違う浦。他の浦。
澄む=住むを掛ける。
作者・・宜秋門院丹後=ぎしゅもんいんのたんご。生没年
未詳。1207年頃の人。後鳥羽院中宮の女房(女官)。
出典・・新古今和歌集・400。
秋風の 吹きにし日より 音羽山 峰のこずえも
色つきにけり
紀貫之
(あきかぜの ふきにしひより おとばやま みねの
こずえも いろつきにけり)
意味・・秋風が吹き始めた初秋の時から風の音が絶え間
なくするが、その音羽山を今日眺めると、峰の
こずえまですっかり紅葉している。
注・・音羽山=京都と滋賀県の境にある山。音羽山の
「音」と、風の「音」を掛ける。
作者・・紀貫之=868~945。土佐の守。古今和歌集を
撰進。古今集の仮名序を著す。
出典・・古今和歌集・256。
我が恋は 松を時雨の 染めかねて 真葛が原に
風さわぐなり
慈円
(わがこいは まつをしぐれの そめかねて まくずが
はらに かぜさわぐなり)
意味・・私の恋は、松を時雨が紅葉させることが出来ない
でいるように、思う人をなびかせることが出来ず、
真葛が原に、葛の葉の裏を白々と見せながら風が
騒いでいるように、私はそれを恨んで心が乱れて
いる。
注・・松を時雨の染めかねて=松は常緑木で時雨も染め
て紅葉出来ない「松」に、なびかせることの出
来ない恋人を暗示し「時雨」を自分に暗示。
真葛=真は美称の語、葛はマメ科の植物で裏は白
っぽい。風が吹いて葛が白っぽい裏を見せるの
で、恨み(裏見)で心の落ち着かない状態を暗示。
作者・・慈円=じえん。1155~1225。天台座主。
出典・・新古今和歌集・1030。
秋風や しらきの弓に 弦はらん
向井去来
(あきかぜや しらきのゆみに つるはらん)
意味・・さわやかで身のひきしまるような秋風の吹く日、白木の
弓に弦を張って、的に向ってみようか。
あれほど酷かった猛暑も、四季の巡りを得て秋風の吹く頃
となった。さあ、武道稽古を始めよう。白衣に着替えて道
場に端座し、弓に弦をはる。秋風と、白木と、弓と、そし
て白衣とが、これから稽古に臨むという清々しくも緊張した
心持ちによってさわやかにさせられる。
注・・しらきの弓=白木の弓、木地を削ったまま、塗りや飾りを
していない弓。
作者・・向井去来=むかいきょらい。1651~1704。芭蕉の門人。
蕉風の代表句集「猿蓑」を編纂。
忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと
人の問ふまで
平兼盛
意味・・人に知られまいと隠していたけれども、私の
恋心は顔色に表れてしまった。何か悩みがあ
るのですか、と人が尋ねるほどに。
注・・色=顔色や表情。
作者・・平兼盛=たいらのかねもり。991没。従五位
駿河守。
出典・・拾遺和歌集・622、百人一首40。
たよりあらば いかで都へ 告げやらむ けふ白河の
関は越えぬと
平兼盛
(たよりあらば いかでみやこえ つげやらん きょうしらかわの
せきはこえぬと)
意味・・機会があるならばどうかして都へ伝えやりたいものだ。
あの有名な白河の関を今日越えたということを。
はるばる都からの旅立ちであったから、東国の要所の白河
の関にたどり着いた感慨もひとしおのものであったであろう。
東国から都へ折りよい便のありようはずはなく、はるか遠
くに来た旅、そして時間の長さが旅愁を誘っています。
白河の関は有名で、能因法師は「都をば霞とともに立ち
しかど秋風ぞ吹く白河の関」と詠んでいます。
注・・たより=機会、ついで、伝て。
いかで=何とかして。
白河の関=福島県白河市付近に設けられた関所。
作者・・平兼盛=たいらのかねもり。991没。駿河守。
出典・・拾遺和歌集・339。