年月の くれぬと何か をしみけむ 春にしなれば
春ぞたのしき
賀茂真淵
(としつきの くれぬとなにか おしみけん はるにし
なれば はるぞたのしき)
意味・・年が暮れたと思って、何故にそれを惜しんだ
のだろうか。春となれば、春がいつにもまし
て楽しい。
注・・年月=ここでは年の意。
春にし=「し」は上接する語を強調する副詞。
作者・・賀茂真淵=かものまぶち。1697~1769。本居
宣長(もとおりのりなが)ら門人を多数育成。
出典・・「賀茂翁家集」。
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夕靄は 蒼く木立を つつみたり 思へば今日は
やすかりしかな
尾上柴舟
(ゆうもやは あおくこだちを つつみたり おもえば
きょうは やすかりしかな)
意味・・一日も暮れて、静かに夕靄が蒼く木立をつつ
んでしまった。思えば今日はまことに平穏な
一日であったことである。
ともかく今日は変わった事件にも遭遇せずに
平安のもとに暮れていった。景色も我も安ら
かに暮れてゆく一日を、しみじみと回想して、
ほっとため息をついています。
「今日も」でなく「今日は」になっているのに
注意を要する。
尾上柴舟の歌集「永日」の中に次のような歌が
あります。
「ああ一日 今日という日を 過ぐしけりいざ
横たへむ 疲れた身を」
と言うように、日頃の生活は倦怠感を感じてい
るのだが、今日は安らかだった、という歌です。
「今日も」の場合の参考句です。
「今日も事なし凩に酒量るのみ」 山頭火
(意味は下記参照)
注・・蒼く=くすんだ青色。例・・蒼(=青)い月夜。
作者・・尾上柴舟=おのうえさいしゅう。1876~1957。
東大国文科卒。前田夕暮・若山牧水らと車前草
社を興す。
出典・・永日(笠間書店「和歌の解釈と鑑賞事典」)
参考句です。
今日も事なし凩に酒量るのみ
山頭火
(きょうもことなし こがらしに さけはかるのみ)
意味・・今日も何事も無かったなあと、木枯らしの音を
聞きながら、静かに酒を量っている。
なんとなく不満であり、充足しない気分の今日
この頃である。何かいい事が無いかなあ、胸が
ときめくような事が無いかなあと期待しつつ、
今日も普通の日と変わらずに過ぎた。寒い木枯
らしが吹く中、細々と酒を量って売っている、
平々凡々の一日であった。
ありふれた何でも無い様な状態が、実は、いか
に「幸福」な状態かを詠んだ句です。
ある日突然の、大きな病気や怪我・仕事の失敗・
リストラ・地震や火事・・、この様な不幸事を
経験すると、平々凡々と過ごせたあの頃に戻っ
てほしい・・。
注・・酒量る=この歌の時期は、酒造業を営んでいた
ので、酒を量って売るの意。
作者・・山頭火=さんとうか。1882~1940。本名種田正一。
大地主の家に生れる。酒造業を継ぐ。父が放蕩
して母が投身自殺。その後、種田家は破産。
1925年出家して行乞流転。
出典:金子兜太「放浪行乞 山頭火120句」
いづくにか 世をば厭はむ 心こそ 野にも山にも
まどふべらなり
素性法師
(いずくにか よをばいとわん こころこそ のにも
やまにも まどうべらなり)
意味・・私は世を厭いきらって、いったいどこに逃れ
たらいいのだろうか。身は世を隠れ住む所が
あろうとも、私の心はいずこの山や野にも落
ち着かず、さ迷い歩くに違いない。
今いる所を嫌がって逃れても、心は満足しな
いだろう、ということを言っています。
桃源郷と思って行った所がまた地獄、結局今
いる所が桃源郷。
作者・・素性法師=そせいほうし。909年頃没。僧正
遍照の子。
出典・・古今和歌集・947。
あさなあさな さくと見しまに 散りはてて うき世しらする
山桜かな
藤原為家
(あさなあさな さくとみしまに ちりはてて うきよ
しらする やまざくらかな)
意味・・毎朝毎朝、咲いたかと思うと見る間に散り果てて、
まさしくこれが無常のうき世であると知らせてく
れる山桜であることだ。
注・・うき世=はかない世、この世。
無常=全ての物 が生滅変転してとどまらないこと。
作者・・藤原為家=ふじわらのためいえ。1198~1275。続
後撰・続古今の撰者。
出典・・中院詠草・163。
べくべから べくべかりべし べきべけれ すずかけ並木
来る鼓笛隊
永井陽子
(べくべから べくべかりべし べきべけれ すずかけ
なみき くるこてきたい)
意味・・調子よく弾む「べし」の活用形の音は、すずかけの
並木を、太鼓やシンバルなどでくっきりとリズムを
とりながら姿勢よく演奏行進してくる鼓笛隊に調子
が良くあっている。
助動詞「べし」の活用形を用いて詠んだ歌です。
遊び心の歌がのびやかである一首だが、「べし」と
いう命令調へのやわらかな拒否の心が入っている。
注・・べし=可能の意味、「一念岩を通すべし」。決意を
表す意味、「必ず参上いたすべし」。義務を表す
意味、「租税は納むべきものなり」。命令の意味、
「ますらをは名を立つべし」。
べから=推量の助動詞「べし」の未然形。帰るべか
らず。
べかり=推量の助動詞「べし」の連用形。「香をた
づねてぞしるべかりける」[訳] (梅の花は)その
香る所をたずねて、それだと知ることができる事
だ。
べけれ=推量の助動詞「べし」の已然形。きっと・・
であろう。・・である。
作者・・永井陽子=ながいようこ。1951~2000。東洋大学
卒。短大教員。
出典・・歌集「樟の木のうた」(馬場あき子著「歌の彩事記」)
散りぬれば のちはあくたに なる花を 思ひしらずも
まどふてふかな
僧正遍照
(ちりぬれば のちはあくたに なるはなを おもい
しらずも まどうちょうかな)
意味・・いくら美しいかろうが散ってしまえば汚いごみ
になる花なのに、蝶はそれを少しも知らないで、
美しさに惑わされてひらひら飛び戯れている。
美しいものは全て一時的にすぎないという仏教
的思想を詠んでいます。
人も元気で働いている時は華だが、元気な時は
短い。それを肝に銘じて精を出していきたいも
のです。
注・・あくた=芥。ごみ、かす。
まどふ=惑ふ。飛びさまようの意と、心に迷い
があるとの意を掛ける。
てふ=蝶。
作者・・僧正遍照=そうじょうへんじょう。816~890。
僧正は僧の最高の位。六歌仙の一人。
出典・・古今和歌集・435
ふるさとの 花の盛りは 過ぎぬれど おもかげさらぬ
春の空かな
源経信
(ふるさとの はなのさかりは すぎぬれど おもかげ
さらぬ はるのそらかな)
意味・・古び荒れた里の花の盛りは過ぎてし まったが、
その美しかった幻影は目に浮かんで消えない
春の空である。
以前の良き時代を回顧しています。
注・・ふるさと=古里。昔の都、荒れてしまった旧跡、
以前住んでいた土地。
おもかげ=面影。幻影、思い出される姿。
作者・・源経信=みなもとのつねのぶ。1016~1097年。
正二位大納言。
出典・・新古今和歌集・148。
名にしおはば いざ尋ねみん 逢坂の 関路ににほふ
花はありやと
源実朝
(なにしおわば いざたずねみん おうさかの せきじに
におう はなはありやと)
意味・・逢うという名を持っているならば、さあ、尋ねて
みよう。逢坂の関の山路に美しく咲いている花に
逢えるだろうか、と。
同じ人が同じ花を見ても、心の状態により、同じ
ように見えないものです。悲しい時に見る花は心
を癒されるかも知れません。思い悩んでいる時は
花は目に入らないかも知れません。嬉しい時は花
を見て美しいと思うことでしょう。
今自分が歩んでいるこの道は、いつか喜びをかみ
しめて美しく花を見る事が出来るかどうか、尋ね
て見たい。
注・・逢坂=山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の境。古
く関所があった。
関路=関所近くの路。
にほふ=美しく色づく。
ありやと=健在であるか。花は健在でそれに逢える
かの意。
作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28歳。
12歳で三代将軍になる。鶴岡八幡宮で暗殺される。
出典・・金槐和歌集・544。
かくしつつ 遊び飲みこそ 草木すら 春は生ひつつ
秋は散りゆく
坂上女郎
(かくしつつ あそびのみこそ くさきすら はるは
おいつつ あきはちりゆく)
意味・・今宵はこうして楽しく遊んだり飲んだりして
下さい。草や木でさえ、春には生い茂りなが
ら秋にはもう散ってゆくのです。
草木を例として人生の短さを述べ、生きてい
る間は楽しく遊び飲もうという享楽的な心を
歌っています。
作者・・坂上女郎=さかのうえいらつめ。生没年未詳。
大伴旅人の異母妹。
出典・・万葉集・995。
花鳥の 色にも音にも とばかりに 世はうちかすむ
春のあけぼの
心敬
(はなとりの いろにもねにも とばかりに よは
うちかすむ はるのあけぼの)
意味・・春の曙の、あたり一面かすんだやさしい美しさは、
花の色にも鳥の声にもたとえようがない程、心を
温めてくれる美しさだ。
注・・とばかりに=花鳥の色にも音にも及ばないほどに。
作者・・心敬=しんけい。1406~1475。権大僧都。
出典・・寛正百首(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)