Mr.ナイーブ

テーマ:

空が青い。




狭い世界にいると頭と心が自分の限界を自分で決めだすから怖い。


なによりも怖い。


新規就農当初は今と比べてなーんにもなかったけど、今よりもなんでもできる気がしたし、何も断る理由がなかったし、面白いことが思い浮かんだし、実際やりたいようにやってたと思う。


気に入らなければ怒鳴り散らして自分の正義を押し付けてたのは今思えば少し恥ずかしいけど本音でぶつかったおかげで信頼できる人たちに出会えた。


今はどうだろう。ちゃんと吠えてる?闘ってる?




少し守るものが増えたくらいで、


出て行くお金の桁がちょっと変わったくらいで、


昔からわかりきってた壁にぶつかったくらいで、


大人しくなってる自分の小ささに驚いちゃう。


本当はまだまだ全然ちっぽけで、守るものを増やすために攻めるべきだし、どうせお金が出て行くならもっと派手に挑戦しなきゃなにも始まらないし壁も乗り越えられない。


計画も計算も色んな事が複雑になって、

大好きでたまらなかった事がいつの日にか義務になったら思考がストップする。


そんなふうになったらもうやってる意味がなくなる。


自分が情けなくてげんなりする夜もあるけど大きな変化の前にやってくるいつもの超絶鬱期間だと思ってどん底で自分とたくさん会話します。


選択の連続。


さまざまなギャップ。


迫られる覚悟。


強烈なストレートを喰らったわけじゃないけど、いろんなボディブローがじわじわ効いてこんな調子。


いつまでたってもとてつもなくナイーブな自分がカワイイな。


ここがどん底っぽいけどそこそこ元気なのでご心配なく!



大きな挑戦をしようとしている、その反動です。


未来の野菜とは

テーマ:
こんな話をすると、えっ?とひかれることも多いけれど、、、

身体に痛みが出た時に筋肉と神経、内臓に骨、腱を頭の中でレイヤーで分解して今自分はどこが痛くてどうすればいいのかを考えるクセがある。

この痛みは内臓じゃなくて筋肉でもないから神経か。この神経はあそこからきてこのあたりだからここらのストレッチをしておくか。といった感じで自分の身体と会話をしています。笑

機械や車の整備をする時の、あー、グリスが空っぽだ!とか、ここのワイヤーの固着のせいか!という独り言に似ているなと思ってます。




人間の身体は不思議なものです。

咳が止まらず眠れない夜が続いた時に、肺の病気を疑って呼吸器内科に何度いっても異常なしと言われる。

そんな時にアプローチを変えて緊張した胸の周りの筋肉をほぐして固着した肩甲骨の可動範囲を広げるようにしていくとピタリと咳が止まる。

身体がアーチ型に反るほどの激痛が背中に走った時に、それが筋肉の痛みでなくて胃に穴が空いた時の内臓の痛みだったり。

太ももから足全体が痺れている時に、ヘルニアから来る神経系のものかなと腰をかばったりするけど、足の薬指をひっぱり骨盤につながる腱を丁寧に伸ばしてやる事で痺れがおさまったり。




人間の身体は複雑で面白いです。

もちろん素人の勝手な判断で大きな病気や身体のダメージを見逃してしまう事はあってはいけないことですが、

最近って病院行った時に大体こう言われませんか?


「まぁ、原因はストレスですね。」



それなら自分の身体のつくりを理解して自分で痛みの種類を把握してコントロールできた方が余計な心配からくるストレスも減るし、結果的にいいと思います。


僕は太陽の下で農業して日に焼けてるし、身体も鍛えてるので一見、元気のかたまりのように見えますが、

ストレス性のものには非常に弱くて慢性的に躁鬱状態を繰り返しているし、

三叉神経、肋間神経、坐骨神経、この辺りの神経痛も常にあるし、

肩こりはひどすぎて骨のような硬さになってるし、定期的に胃炎やるし、

心の方はもっと鍛え直さないといけない貧弱者です。笑




人間という生き物は底知れないパワーを秘めているとも思いますが、その身体はとても弱くて脆いものだと思っているので、自分自身をよく知り、守り、強化する事はとても大切です。

常々そんな思いでいると、自分が今いる農、食の世界にはできることがたくさんあるのを感じます。

自分たちが育てる野菜も、ただ胃袋を満たすだけでなく食べる人の心を動かしたり、栄養価で何かの役に立てるような、そんな野菜でありたい。

綺麗事のようですが、なんてことなくて、まず自分自身がそういう野菜を食べたいのです。笑



これほどの世の中の流れの速さのその先で、

僕たち鈴盛農園がつくるのは『野菜』でなく、

『人の身体を癒し、良くするもの』であるべきです。

近い未来には食に求められる付加価値の方向性が今と同じようで少し違う方向に向かっていき、

その価値観が広く認知される頃には『野菜』は次の次のステージにいっているはずです。

先を見て今やれることをやっていきます。

六月の若者へ

テーマ:

地元の農家のとれたて農産物が豊富に並ぶというのが売りの直売所で、


近隣の農家の作る野菜よりも仕入れた野菜のが形の揃いが良いし、品質も均一でお客さんからのクレームも少ないから手っ取り早く売上をあげるために市場仕入れの野菜ばかり並べだしたらそれはもうその時点で産地直売所じゃなくなってる。


お店側の気持ちもわかるけどすごく短絡的な改善方法だと思う。


それどころか、市場の野菜はこんなに揃っているのにこの辺りの生産者の野菜はモノが悪くて売りにくい、売る俺たちの身にもなってくれと被害者意識まで芽生えてる店員もいたりして。




そういうお店は競合相手が他の産直ではなくスーパーに変わるので勝ち目がなくなる。


少し不揃いでもお得に買えたり、スーパーには並ばない珍しい野菜を買いに来ていた人はがっかり。


目に見えて来客数が減り活気がなくなるから、辛うじて少しだけ残っていた良いものをつくって出荷していた農家も離れていく。


ますます商品の個性がなくなっていく。


並ぶのは県外からの仕入れ野菜と、年金をもらって趣味で野菜づくりをしている超高齢者が捨てるよりマシだからと出している本当に捨てる手前の野菜だけなんてことも。


「わたしたちは地産地消を推奨しています!


地元農家の新鮮で安心安全な野菜をぜひ食べてください!」


看板が泣いてるんじゃないかと思うくらい。


じわじわと負のスパイラルに入っていき、しかも悪くなるスピードって気づかないうちにどんどん加速する。


それに気づいても面倒だから変えようとしない。


または過去の成功体験に縛られて変えられない。


運営母体のせいにして現場が何も変えようとしない。


こんなケースで潰れていく産直が日本各地にたくさんあると思いますが見るたびに哀しくなります。




ある程度年齢がいっている人の中には今さえ良ければそれでいい、俺の定年まで働き口があればそれでいいと思ってる人がいるのも事実。


変えること、変わることは非常に非常にエネルギーを使うことなのでみんな嫌なんです。


だから、何か違うんじゃないか?と気づいた若いあなたも次第に諦めムードになっていき、


あの時心の底から嫌いと思ったおじさんに、いつの日かあなたもなっていくんです。




おい、それでいいのかよ。


それがおまえのやりたかったことなのかよ。


まだ諦めるなよ。


過去と他人は変えられないけど未来と自分は変えられるって近所のお寺に書いてあったよ。


カッコいいおじさんになろう!