雨のなか、お集まりいただいた皆様、ありがとうございました。
今年はよく雨が降るなぁ・・・
雨もまたいいけどね。
雨が降ってしまって、ゴミ拾いは中止。
中止してよかったよ。
なんか嵐みたいになっていて、ゴミ拾いしたであろう親子連れが、ゴミと子供を引きずりながら2号線を歩いていた。
そこまでの責任感でゴミ拾いしたって、楽しい思い出にならないじゃない。
やっぱり、ゴミ拾って、きれいになったな~
よかった~
楽しかった~
貝も拾ったよ、ウミウシもいたよ~って、楽しまないと全く面白くない。
さて、須磨浦公園にぽつんと1軒だけあるカフェ
GO-GOs CAFE
「須磨を西海岸化し隊」というクレイジーなオヤジ達が、クレイジーな企画をぶちたてた。
鉢伏山に「SUMA」サインを。。。
街路樹にヤシの木を。。。
とっても意味不明なのだけれど、
須磨を盛り上げたい!という気持ちは、私にもある。
そのオヤジ達にスカウトされてしまった私である。
そのオヤジ達が入札で勝ち取ってしまったカフェなのである。
想いのたくさん詰まったGO-GOs CAFE。
須磨リゾートにぴったりな、オーシャンビューの素敵なカフェなのである。
そこで平和のイベントをやらせてもらった。
8月10日の読売新聞朝刊にも掲載されました。
原爆の残り火「平和の火」をモチーフにした「ハナちゃん」
当日1時間ほど前に読むことを伝えて、
ミスドでかなえちゃんと練習して、
いきなり本番!
これを難なくやってのけちゃうって、さすがわが息子!
DNAはちゃんと引き継いでいるらしい。
そして、神戸被爆者の会会長の古石忠臣さんのお話。
古石さんのお話がはじまり、POPなカフェに64年前の地獄絵巻がよみがえる。
もちろん、淡々とお話されるわけだけれども、
がんで体調が悪いとも思われないぐらい、パワフルにお話になる。
お年も81才と高齢。
原爆の傷跡は、原爆症だけではない。
それに伴う就職差別、結婚差別。。。
古石さん自身、原爆手帳の発行されたのは、昭和43年である。
被爆者は、被爆者であることをひた隠しにする。
被爆者であることで差別を受けるからだ。
なぜこんな悲しい何重にも傷を受けなければならないのだろう。
古石さんのパワーは止まることを知らず、お席にもどっても続く。(笑)
そして、被爆3世の春外地くんと原爆の残り火のキャンドルナイトを開催した、大阪教育大生、小谷みちこさんの体験談。
教師をめざす彼女。
平和の大切さを伝えていける教師になってほしいね。
そして、長崎被爆2世、風の紙芝居師たけちゃんの「空色のかまきり」
ほんと、素敵なお話ですよ。
また後ほど、YOU TUBEでアップします。
そして、私presents「平和の火(原爆の残り火)」のキャンドルナイトで、
おじいちゃんの戦争体験とあわせて「平和の火」という歌を作ってくれた
田中有悟くんのライブ。
この日の有悟は、珍しくくっちゃべってばかり。
どうやら、被爆者お化けの氣に呑まれてしまったようです。
ほんと、いい歌歌ってくれます。
そして最後は、「キンキンきらきらポン」
この曲も名曲やね。
有悟の作った歌やないけど。
ホント楽しかったし、集まってくれた皆さん、本当にありがとうございました。
そして、協力してくれた皆さん。
本当にありがとう。
平和な一日。
この平和な日々に感謝することが、先人への一番の弔いになるともっているさき姉です。







