10分でわかる壷坂観音霊験記 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

壷坂観音霊験記

 

 

 

基本的にどんな物語でも人は死にます。

とくに古典芸能の芝居は今より仏教的なハッピーエンドの考え方がありますよね。

 

 

 

 

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輪廻転生して来世で幸せになろう的な

 

 

ですがそんななかで「死ぬな!生きろ!」で現代的ハッピーエンドをむかえる話をご紹介。

 

 

 

 

 

 

 

 

  少し方向性の違ったハッピーエンド

 

 

この世ではもう幸せになることはできないから、いっしょに死んであの世と来世で幸せになろう

 

けっこう究極の考え方で、現代だったら死ななくてもいいやん!って思うこともあります。

武士の話になると「主君のために」という覚悟があるから、とてもドラマチックに悲劇的な最期をむかえたりしますよね。

 

 

 

 

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戦争ってほんまにええことなんてない

 

 

 

源平合戦だったり、戦国時代やお家騒動など、武士の物語には、かっこよく命をおとすというよりも「武士でもめっちゃ悩むしくよくよするんやで」っていう裏テーマがあったりします。

そういう人間的な感情に共感するものです。

 

町人の心中は、商人社会で信用を失って、どうしようもなくなって死ぬしか選択肢がなくなる、という展開が多いです。

 

 

そんな中で今日ご紹介するのは、少し方向性が違ったハッピーエンドをむかえるお芝居。

芝居の名前は

 

 

 

    

壷坂観音霊験記

 

夫婦の愛情深い話

 

 

 

 

 

 

夫の沢市は目が見えません。

 

 

 

妻のお里は幼いときから許嫁で、結婚してから3年になります。

 

 

 

 

けれど結婚してからというもの、お里の様子がどうもおかしいのです。

夜中から明け方にかけてこっそりどこかへ出掛けているようでした。

沢市は目が見えない上に天然痘にかかった跡が顔にあって、自分のことが本当は気に入らないのではないかと思うようになりました。

 

沢市は、「自分のほかに気になる人がいて、毎晩そうやって出かけているのならはっきりと打ち明けてほしい」と言いました。

 

その言葉に

「幼いころから一緒に暮らしてきた夫を捨てて、ほかの男に乗り換えると思ったの?」

とお里は涙を流しました。

 

お里がこの3年毎日夜明けに家を出ていたのは、朝一番に山の上にある壷坂寺の観音様へ沢市の目が治りますようにとお参りに行っていたからだったのです。

 

沢市は雨の夜も雪の夜も山路をのぼってお参りにいっていたお里の心を知らず、愚痴なことを言ってしまったことに涙を流しお里に詫びました。

お里は誤解がとけて嬉しいと言い、観音さまへ一緒にお参りにいこうと誘いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  壷坂寺は目が平癒した伝説がある

 

 

壷坂の寺は桓武天皇が奈良にいるときに眼の病気を患っていたところ、壷坂の観音に祈祷し、平癒したという言い伝えがあります。

 

 

沢市は夫婦でお参りにきたものの、治らないやろうなぁと口にしました。

そんな沢市を、お里は気を長くしてお願いすれば叶えてくれる、と励ましました。

 

沢市はお里の言葉に気を取り直したようで、ここに3日泊まり込んでお参りしてみる、とお里に言いました。

沢市の前向きな言葉に嬉しくなり、お里は家に戻って残っている用事を片付けたらすぐにここへ戻ってくると言いました。

 

お里が山を下りていった音を聞き、沢市は再び涙を流しました。

 

目の見えない自分を介抱し、貧乏生活に愛想もつかさず、それどころかこのように険しい山の奥の寺まで毎日お参りにきてくれていた。

3年も毎日こうしてお参りにきてくれていても自分の眼に回復の兆しがない。

これ以上自分が生き続けているとお里に迷惑をかけるばかり。

自分が死ぬことがお里への一番のお返しだ、お里は長生きをしてもっと良い人と出会うほうがいい。

 

と嘆きました。

 

 

 

 

この先の坂を登って右へ行けば谷間があると聞いていた沢市は杖を頼りに探り探りで歩いて行きました。

岩の道を行くと、やがて谷の水がごうごうと物凄い音を立てはじめました。

 

ここがあの世への入り口か、と沢市は杖を傍らにすぼっと突き立てました。

 

南無阿弥陀仏と念仏を唱え、そして、沢市は谷底へ身を投げました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一途な愛に

 

 

そんなことになっているとは全く知らないお里。

 

用事を済ますと急いで山路を引き返してきました。

 

沢市の姿が見えず探し回ります。

日も落ちて、月の明かりが照らす険しい道の先に、沢市が突き刺した杖が月明かりに照らされていました。

 

まさか!と思ってお里が谷を覗き込むと、谷底には沢市が倒れていました。

 

お里は嘆き悲しみます。

 

無理に連れてくるんじゃなかった!

大好きな沢市とこんな別れは辛すぎる。

この世の景色さえ見ることができず、あの世で誰が手を引いてくれるのだろう!

 

そしてお里は沢市の後を追って、谷へ身をなげました。

 

 

 

 

 

 

その夫婦の様子を見ていたのが、観音さまでした。

 

雲間がさっと晴れて光が差し込み、谷底に横たわる夫婦のそばに現れました。

沢市は前世の行いにより盲目となっていたと言います。

けれども、お里の沢市を一途に愛する想いと、3年欠かさず毎日寺へ通ったことから、ふたりの寿命を延ばす

 

それだけ言うと姿を消しました。

 

 

夜が明けていきます。

 

ふたりは目を覚ましました。

 

沢市の眼は治っていました。

 

目があいた!目があいた!

沢市は喜び、観音さまに感謝しました。

 

そして目の前にいるお里を見て、初めて見る妻の姿に喜びを爆発させたのです。

 

 

めでたしめでたし

ハッピーエンドの物語でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  






 

 

 

 

 

 

 



とよたけ・さきじゅだゆう:人形浄瑠璃文楽
 太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽
公演に主に出演。


その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中

 

 

 


豊竹咲寿太夫
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