「道中双六の段」
丹波の城主、由留木殿のお湯殿子(お湯殿に給仕する人に産ませた子)調姫は十二歳。
江戸へと婚礼が決まり、この日嫁入りするために江戸から迎えが来ていました。
しかし、当の調姫は江戸へ行くのは嫌じゃと拗ねてご機嫌斜めです。
乳母の重の井は、江戸から迎えにきている侍たちを前に、「この方々のお殿様のお嫁になる身なのですよ」と説得をしました。
また、江戸から来た家老の本田も
「江戸は楽しいことがたくさんあります。道中にも富士の山という天まで届く山もありますよ」
となだめすかします。
それでも、姫は泣き喚いて「いやじゃいやじゃ」と駄々をこねました。
と、重の井の元へ中居が走り寄って耳打ちをしました。
大人ばかりの馬方の中に十ほどの子供の馬方がおり、その子が東海道道中双六を広げて遊んでいるというのです。
重の井は、さっそくその子を呼んで姫に双六を見せるよう、中居に言いつけました。
やがて、その子供の馬方が連れてこられました。
片肌をぬいで、髪もざんばら。
姫のそばであるというのにもかかわらず、物おじせずにどっかと座りました。
重の井はその子供に名前と歳を尋ねました。
「歳は今年十一、名前は三吉と言う」
三吉といったその子供に、重の井は道中双六を姫と遊んでくれないかと言いました。
三吉は姫と腰元たちに混ざって、双六を広げました。
道中双六というぐらいなので、東海道五十三次を双六でめぐり、誰がいちばん早く江戸に着くかをあらそう遊びです。
さっそく遊びはじめました。
大津の宿へ三里。
はやくはやく、乗り遅れるな、と、どさくさまぎれに旅人が乗り込む様子が思い浮かぶようです。
草津の名物、姥が餅も楽しみのひとつ。
水口の宿ではどじょう汁が有名です。
どじょうの踊り食いもあるのだとか。
さあ、このまま鈴鹿山脈を越えることができるのかどうかも、さいころ次第です。
鈴鹿をあとにすれば、亀山の宿。
石薬師の宿、桑名の宿。
東海道唯一の海上路、七里の渡しから宮宿に入りました。
そこから先も順調に進んでいきます。
鞠子宿、府中宿、江尻宿、興津宿。
三保の松原、三万本の松はさぞ絶景なことでしょう。
蒲原宿、吉原宿、沼津宿。
三嶋を越えたら、箱根へは三里といったところ。
これも、さいころ次第で関を越えられます。
姫は双六に夢中です。
小田原宿、大磯宿、平塚宿、藤沢宿。
姫の賽の目に妨げなく、幸先の良いことです。
真っ先駆けに、戸塚宿、保土ヶ谷宿、神奈川宿。
川崎を越えて、品川へ。
一番にあがって花の江戸についたのは姫でした。
道中双六でお側の衆にはやされて楽しんだ姫は
「こんなに面白いとは知らなかった。さあ、はやく行こう」
とすっかり江戸に行く気になったのでした。
豊竹咲寿太夫
人形浄瑠璃文楽
太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽公演に主に出演。
モデルとしてブランドKUDENのグローバルアンバサダーをつとめる。
その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中
豊竹咲寿太夫
オフィシャルサイト
club.cotobuki
HOME