令和元年文楽九月公演国立劇場サイトより引用
「酒屋の段」上
その店は赤色塗料の紅殻塗りの柱が特徴的だ。
酒樽が並んでいる。
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大福帳もしっかりとかかっていて、店の暖簾には「茜屋」と書かれてあった。
酒屋商売、茜屋の主人の半兵衛は奈良の五条から大坂の天王寺上塩町に越してきた。
若主人となるはずだった二十六歳になる息子の半七は勘当して久しい。
店では丁稚の長太が居眠りをしていた。
船を漕いで、頭を酒樽で打ち、目を覚ました。
隣の稽古屋からは宮園節の稽古の声が聞こえていた。
それを子守唄にもうひと眠り、と腹ばいになると、その様子を納戸からでてきたおかみに見られてしまった。
「長太! そのなりはなんじゃ。
今日は親父殿が代官所に呼び出されて皆心配しているというのに、この阿呆」
ひい、と飛び起きて、長太は目をぱちぱちさせて鼻をすすった。
日は西に傾いて、道を行くひとりの女性の影を長く伸ばしていた。
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目の周りだけをのぞかせて、その腕には二つか三つほどの小さな子を抱えていた。
なにやら様子ありげである。
彼女は茜屋へ入ってきた。
「お酒をいただけませんか」
長太が応対に走る。
が、長太は少し、ぬけている。
「ただ酒はあらへんで」
「いいえ、わたしは物貰いではございません。良い酒を一升買いにまいりました」
あわてておかみが出てきた。
「うちの阿呆が粗相をしました。すみません。
良い酒ということですが、有名な酒のほうが良いでしょうか」
「はい。人に差し上げたいので、なるべく良いものをお願いします。こちらのお店の漆の樽に、一升入れてくださいますか」
女性の言葉に「そうしたら、相生がよろしいですなあ」とおかみは棚の中に入れてあった酒樽を取り出して、軽く埃を払った。
樽に漏斗をつけると、詰め樽へこぷこぷと移した。
程よく中味を移すと、慣れた手つきで、詰め樽に銘酒の書付を貼り付けた。
「相生とは、おめでたい銘酒ですこと。こちらにお代を置かせていただきますね。
もうひとつお願いがございまして、そちらの丁稚さんにこの樽の介添えをしていただきたいのですが、少しの間お借りしてもよろしいでしょうか」
「よいですとも、よいですとも。
長太、この女中さんに付いていきなさい。
樽が空いたら、また戴きにあがるのやぞ。
ちゃんと場所を覚えて帰っておいで。
さあさあ、どちらへでもお連れになってくださいな」
「助かります。
お礼はお戻りになる時にお渡ししますわね。
よろしくお願いします」
女性は長太に酒樽を持たせると、おかみに挨拶をし、茜屋を出て行った。
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入れ違いに、代官所から茜屋の主人半兵衛が帰ってきた。
頑固一徹親仁という表現がよく似合う男である。
その後ろからはぞろぞろと年寄*1と五人組*2も続いて入ってきた。
*1 町の長 *2 五軒ひと組の隣組
「あんた、お帰りなさい。
これはこれは、年寄さま。
皆さまもご苦労さまでした。
思いがけない代官所からの呼び出しで何が起こったのかと心配してたのじゃけれど、大ごとでしたか」
半兵衛が答えるより先に、年寄が口を開いた。
「たいして気遣いすることじゃありませんでしたよ。
あの半七のことです。
天王寺の西でひところ」
「ああ、お宿老さま」
半兵衛が遮るかのように口を挟んだ。
「半七がひところ、一頃とは違って手が悪いがゆえの勘当に関してはそれくらいにしていただけますか。
女房、心配じゃったろうが、なにも大したことじゃなかった。
ああ、そうだ、皆さまにお酒を燗して差し上げなさい」
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「何もなくてよかったわ。
どんな災難が降りかかるかわからないもの、心配したけれど本当によかった。
さあさあ、皆さまもお草臥れでしょう。
お酒をいれましょうね」
おかみが支度をしようと立ち上がると、年寄がそれを止めた。
「奥さま、代官所に行く前に下宿で呑んだのや。
まあそれでも気が滅入って、酔いもでぬが」
ぶつぶつと呟く年寄であった。
とそこへ、長太が帰ってきた。
「おおい、おおい」
と何やらべそをかいている。
それも、先ほどの客人の酒樽と、さらには背中に女性が抱いていた子どもを背負っていた。
子どもが泣くわ、長太も泣くわ、で悲惨極まりない状態であった。
「おかみさん、さっきの女の人がなあ、おれを弁天さんまで連れていったんやあ。
そしたらなあ、ちょっと近くで用事があるから言うからなあ、この子を預かったんやあ。
それからなんぼ待っても戻ってけえへんのやあ。
どないしょう思てな、金比羅さんや八幡さんや生玉さんとか探しにまわったんやけど、見つかれへんのやあ。
そないしてるうちにこの子が泣きだしたから、おれもどないしてええか分からんようになって、悲しうなって泣いてもうたんや」
おかみはとにかく背中の子どもをまず長太から抱き取った。
「あんた、それやったら元の弁天さんで待ってたらよかったんや。
それでも、ここに居てたら帰ってきはるやろ。
あらあら、可愛い女の子やこと」
そして、長太がそのまま持って帰ってきた酒樽も受け取る。
と、その樽になにやら書付があった。
「なんや、かわった書付・・・。
進上、茜屋半兵衛さま、とうちの名前を書いてはるがな」
半兵衛もそれを覗きこんだ。
「ふうむ、まあ広い大坂や、うちと同じ名前のところがあってもおかしくないやろ」
とよくよく見ると、その横には「上塩町馬場先」と書かれていた。
「上塩町の馬場先で茜屋半兵衛といったらうちしかあらへんな。
でもこの樽はうちの物やろ。
どういうこっちゃ」
半兵衛は眉を潜めた。
「さっき見たことのない女中さんがこの酒樽を買いにきはったんや。
それでこの酒を差し上げるところまで長太に手伝ってほしいというから、ご一緒させたんやが・・・。
その樽がこの家宛てに戻ってくるとはどないしたことや」
なんとも不思議な事態に面々は顔を見合わせた。
と、半兵衛は「よめた」と膝を打った。
「捨て子や」
五人組のひとりが「何を証拠に?」と尋ねた。
「ここで酒買うて、ここ宛てに酒を進上、しかも長太に子どもを抱かせて、じゃ。
そうして女中本人は行方知れず。
養育を頼む酒とちゃうか」
「なるほどなあ。たしかに何のよしみもない女中が酒をくれる理由もないもんなあ」
「いやあ、新しい捨て子の趣向や。
流行るんとちゃうか」
「まてまて、捨て子の美人局とちゃうか」
五人組の面々が口々に好きなことを言う。
「どちらにしろ、こうして突きつけられたからには、面倒をみてやらなあかんなあ」
半兵衛は子どもを見ながら呟いた。
「半兵衛さん、えらいお世話なことやなあ。
その子のことについて何かがあったら、いつでもわしら町内の者が証人や。
さあさあ、皆、ええ潮時や、おいとましよか」
年寄がそう請け負うと、残りの面々も立ち上がりながら「もちろんだとも」とうなづいた。
年寄はまだなにか物を言いたそうにしていたが、半兵衛の顔を見て、口を閉ざした。
にぎやかな町の面々が店をあとにし、半兵衛夫婦は幼子を抱いて、奥のひと間へと入っていった。
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