「自己進化と進化の論理」
最近の文明の産物は、現在もこうしてブログを書いているように大変便利であるが、人間の体と同じように、ひとたびどこかがおかしくなると、負の連鎖が起き瞬く間に全体へ広がる。
CPUファン、CPU、へと続きCPUの換装へといたった。
おかげで散財はしたが、intel Core i7は快適である。その陰で、core 2 quadは11か月という短命であった。
我々は、文明の恩恵を簡単に受けることができるが、その反面、環境破壊を加速させる。私のCPU換装はどれほど環境へ影響を与えただろうか?
20リットルの飲料水を作るのには大変な努力がいるが、一滴の科学薬品で飲めなくすることは簡単にできることを、忘れてはならない。
これはまさにスチュアートカウフマンの「自己進化と進化の論理」の中で述べられている、宇宙を貫く複雑系の法則ではないか。
「複雑な全体がしめすであろうさまざまな性質は、個々の部分を理解したからといって、その単純な寄せ集めとして把握できるわけではないからである。
神話のようなあやふやな観念を完全に排除してもなお、複雑な全体は、しばしば集団としての新しい特徴を生み出す。そうした特徴は、もちろん各部分がもつ性質をなにがしか反映したものである。」
「自己進化と進化の論理」まえがきより。
話をきく
友人の講演会へ行ってきました。
食と歯科に関するシンポジウム。
噛むことの大切さ。
運動の大切さ。
耳の痛い話ばかり。
決意はまだ、実行できていません。
会場で感じたことですが、小さなお子さん連れのおかあさんたちの、マナーの悪さ、と、無関心さに、驚くやら、あきれるやら、そんな母に育てられた子供たちの行く末を心配するやら。
人の話はちゃんと聞きましょう。
明日から
私が暮らしている地域は、緑が豊富です。
緑色は、私に多大なる影響を与えています。
私が育てている緑、3鉢。
私のそばにある緑、これは、緑色をした蛙の焼き物で名前をジョージといい、いつも上目づかいに、私を見ています。
視線の先にある緑、庭先から見える山。
目を瞑ると見える心の中の緑。
最近緑の森を歩いていないな。
なぜ、なんだろう。



