それは宝塚ファンではなく依存なのでは | riririのブログ

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暗澹たる思い

文春報道後の宝塚ファンのブログの中に、“劇団は変わらない。観劇をする以上正義を振りかざすのはおかしい。今の体制を必要悪と受け入れて今後も観劇を続けていく”といった内容の言葉があり暗澹たる思いになりました。

 

宝塚ファンを長く続けていると、この言葉はある意味真実を語っていると分かります。

どんなに非難されようと、時が経てば宙組劇団員自死に起因するイジメ問題は風化しやがて世間から忘れ去られていくのでしょう。

そして何事もなかったように宝塚歌劇団はこれからも続いていくのでしょう。

おそらく劇団の思惑通りにことは進んで行くのだと思います。

 

でも元のとおりに戻れるわけではけしてありません。

今後、オリンピックの開会式で歌を披露することも、公的イベントのアンバサダーに任命されることも、エンターテイメントとして華々しく取り上げられることもおそらく二度と無いでしょう。なるべく関わりたくない存在として世間から一線を引かれるでしょう。

再生のチャンスを自ら叩き潰してきた劇団は、コアなファンのみが支持する関西の一企業が運営するカルトな劇団と認識され、ひっそり存続していくのだと思います。

宝塚ファンも同じです。

 

それは依存

劇団が強気でいられる理由、それはどんなに文句を言ってもファンは離れることができない、何があってもチケットは売れると確信しているからだと思います。利益を上げ続けている限り劇団が反省することも変わることもないでしょう。

つまりファンを舐めている、足元をみて馬鹿にしているのです。

 

その劇団に対し、内部から変えようと声を上げることもせず、嫌なら止める、観たいなら受け入れるというか選択しか考えられないのは残念です。

残念ですが、自分の気持ちと折り合って観劇を続けていく為にはそう考えるしか道がなかったのだと思っています。

 

理屈はどうであれ好きという気持ちに嘘はつけないのは分かります。

でもそれはファンではない。ただの依存です。

堂々と誇れることではありません。

そこまで劇団はファンを追い込んだ。暗澹たる気持ちになりました。