私が劇団員だったころ、役者さんの主催するワークショップに通っていました。
その役者さんは演劇と映像の世界で「食えて」いる人で、
30半ばでしたが結婚して子供もいる役者で成功した、業界の先輩でした。
私の卒業した専門学校の講師をやっていたことがあるらしく、その縁で知り合い、
プロの役者さんのワークショップとしては破格の値段で、しかも少人数で教えてくれました。
ワークショップが終わった後は、その先輩を含め全員で喫茶店に入り、先輩の出演した芝居の話や家庭の話などを聞かせてもらうのが恒例でした。
先輩はかなり大きな商業演劇にも出演して、しかもチケットを手売りで400枚売ったという、かなりファンも多いし、私たちが憧れていた「売れている」役者でしたが、それでも、
いつ仕事がなくなるか、いつ収入がなくなるかといつも怯えていると言っていました。
それだけ売れている役者さんでもまだ不安なのかと、役者で飯を食っていことの難しさを痛感しました。
鴻上尚史さんの「俳優になりたいあなたへ」という本の中でも、俳優はいつ失業する(仕事がなくなる)か、その失業期間がどれだけ続くか分からないということが言われています。
俳優としてデビューしてから仕事がない期間の苦しみに比べたら、デビューするまでの苦しみなんて大したことないと思うぐらいだとも書かれています。
当時、芝居が上手くなりたいと本気で思っていました。
そのために勉強して、稽古して、ワークショップにも通って、バイト中も芝居のことばかり考えていました。
演技がうまくなるために努力することが好きで、演技がうまくなりたいというのが一番のモチベーションで、そのために他の役者に負けたくないという気持ちが強くて、良い作品の一部となって誰かを感動させたいという気持ちでしたが、
先輩の話を聞いて、色々と状況が変わっていく中で、それだけでやっていけないということも感じ始め、
結局はその先輩にも「もったいない」といわれながらも役者を辞めました。
辞めて以来、連絡を取っていないため、先輩のその後の状況は分かりませんが、きっとまだ役者を続けているものと思います。
先輩は若い時、親の反対を押し切り役者の道に進むため、家出をしてバーで働きながら、舞台出演などしていたようです。
当時、バーのお客さんだった年上の女性と付き合い、その女性から勧められて「薬」にも手を出したと言っていました。
僕が知り合うずっと前には、「薬」は止めていたそうですが、その女性と住んでいた頃は薬物依存で大変だったと聞きました。(詳しくは聞いていませんが、逮捕歴もあるようでした。)
その先輩はとても優しく、マジメで役者として演技力もあり、とても尊敬できる先輩でしたので、そんな過去があったと知った時は驚きました。
他にも、アルコール中毒の役者や演出家、スタッフとは何人か知り合いました。
そのたび、役者の世界、芸術の世界の異質さを感じるようになってしまいました。
もちろん、役者や芸術の世界の人たちがみんなそういった依存症があったり、特殊な嗜好があるわけではないのですが、
やはり一般社会より、身を持ち崩しやすい世界のような気がしました。
役者はいろいろな経験をしなければならないと良く言われます。
色々な経験の中には、あまり善くないことも暗に含まれています。
マジメな人ほど、マジメに悪いことをして、抜け出せなくなるところがあると思います。
役者をやめた今、役者や芸能人を見ると、決して潔白には思えなくなってしまいました。
役者を続けていくには、汚れる覚悟も必要なのではないかと思っています。