よって、せこせこと母が来る前に部屋の掃除をする羽目に。
私の母はよく嫁姑バトルドラマに居そうな姑のような存在です。
例えば、
「嫁が掃除した後、廊下を指でなぞり、
ちょっとしたホコリを見つけては嫁をいびる。」
こんなことを平気でやる人であります。
取り分け、部屋の清潔感には相当、神経質な人であるのです。
そんな私も母の性格に似て、神経質なタイプではあります。
清潔感には拘るタイプなのですが、母を凌ぐほどの神経を有してはいないので、母のチェックには、本当にガクプルでしたわ。
とは言え、母からすれば、私の部屋の掃除の仕方なんて、まだまだヌルイようで、ずっと小言を言われながら、私が掃除した部屋を母が望む清潔感に至るまで掃除しておりました。
私は母からの育てられ方もあって、自分がした仕事を覆されて、仕事をされる事に慣れております。
もう諦めみたいなものですね。
私自身に競争心が無いという訳ではないです。
むしろ誰が掃除をしようが、母自身が掃除をしなければ、母が満足できないと思うので、そのまま掃除をさせているといった感覚です。
私以外の人では、こういった、ある意味、自分の仕事を否定されることに耐えられない人も、やっぱりいるのでしょうかね?
こんな風に思ったりします。
こんな感じで母を捉えている私も、実は学園祭では母と同じ事をしておりました。
いやー、本当に学園祭の事務室が私の許容範囲を超えて汚いんですもの。
学園祭の仲間は私に、
「分かり易く、ここ書類をまとめたんだ。」とか、
「このコップは後で使うつもりだったんだ。」だとか、
自分なりに掃除、整理整頓をしているような主張していますが、
私からすれば、そんな気持ち程度の作業は誠にヌルい!
こんな風に思い、周囲から「ひんしゅく」をかいつつも、
小泉改革の如く、掃除、整理整頓をしたつもりの周囲を抵抗勢力と見なし、そんな周囲を押しのけて事務室の掃除を断行するのです。
まぁ、そんな抵抗を押しのけてまで、行った掃除の後は、部屋も綺麗になり、誠に心が清々しいわけです。
こんな感じで、掃除を続けていると、周囲は私に対して無力感を感じ始めます。
周囲は自発的に掃除、整理整頓をするか、不満を抱きつつも私には言っても意味が無いといった態度を示すようになるのです。
実際、学園祭の仲間からすれば、私は、私の母のような存在に見えたのでしょうね。
本当に、昔の仲間にはやり過ぎた事もあったので、この場を借りて、申し分けてなかったと伝えたいです。
「血は争えない。」
こういう事ですかね?
なんちゃって(笑)

