みなさん、いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
以下は、2年前にに書いた内容です。
今読んでも、改めてそうだ、そうだと思う内容です。
私がやっている合気道教室。
技はほとんどやっていません。
身体の使い方を学んでもらっています。
ただ、歩く
相手と調和して歩く。
ただ、抱きしめる。
ただ、回転する。
などなど・・・・。
合気道では、相手に手首をつかまれた状態から、技をかけます。
そんな時に、自分がリラックスしていれば、動けるのですが、
自分が緊張してして、力をいれてしまうと見事に相手にその緊張を抑え込まれるのです。
逆に、自分がリラックスした状態で、自然に動くと力もいらずにスムーズに動けるのです。
合気道の開祖、植芝盛平翁は、合気道は禊ぎであるといわれています。
その真意は、わかりかねますが、
相手に手首を持たれたときに、恐れ、緊張、欲があると
見事に相手に囚われてしまいます。
囚われた自分がいるのに、気付いたら
その心をよく観察するのです。
そうすることによって、その囚われから解放された時に、
自分は自由に動けるようになるのです。
つまり、合気道では自分の無意識の囚われが解放された
時に、自由な動きができるようになるのです。
普段の生活では気付けない自分の囚われが
合気道の稽古をすることで、
浮かび上がってきます。
そして、その囚われを解放していく作業が
合気道なのです。
わかりますか?
相手と和合するとは、
相手に対する緊張、恐れ、欲ではなく
自分の無意識にある緊張、恐れ、欲に
対する引っ掛かり、こだわりを解放していく作業なのです。
伝わるだろうか?
この身体を通して行われる合気道の禊ぎが。

