もしかしたら、繰り返しているのかもしれない・・・。
つらかった受験勉強を終えて、自由な大学時代にやっていたこと。
好きな事をやっていいよと言われて、やっていたこと。
心の勉強、身体の勉強。
何も制限がなく、一人で好きなところに、自分の直観の赴くままに、学びにいっていた。楽しかった。
導かれるように、いろんな繋がりがあり、成長していった。
あれから20年。
社会人になり、結婚し、子供がうまれて何か責任というか、
「ねばならない」「ねばならない」をいつのまにか生み出していた。
そのくせに、仕事のテーマが「心や身体や魂の解放」なのだ。
矛盾しているよね。自分が囚われていて、人様のお手伝いができるわけないよね。
というわけで、いろんなもの放り出してみました。
そして、自分の好きな事を再び全力を出してやってみることにしました。
やってみて、気付いた!?
あれ、これって大学生の頃やっていたことと同じじゃないか???
なんど、20年たって同じ場所に戻ってきたのだ。
しかし、同じ場所でも、高さが違う。
ちょうど、螺旋階段のように20年の年月を経て、
一段高みに上ったのだ。
ヘーゲルのいう弁証法。
正、反 、合
人は螺旋的に成長していくだ。
まさに、陰陽論ともぴったりくる。
閃いた。
もしかして、もしかしてだけど。
家系を通じて、繰り返し同じことしているのかもしれない。
魂を通じて、同じことをしているのかもしれない。
原家は、そういうことをしている人を定期的に排出している家系なのかもしれない。
私の魂は、時代、場所は違えども、同じようなことをしているのかもしれない。
なんか、ふと、そう思った。
肚の底からそうおもった。
そして、そうだ、そうだよ!と思った。
きっとそうなんだろうなぁ・・・