これらが思考の産物であると仮定するならば、
そして、この思考をクリアにすることができたならば。
人生は、
ただ行動と結果しかないだろう。
行動と結果を観察するならば、気付きがでてくる。
気付きの中から、私の魂は何を学び成長している。
もしかしたら、赤ちゃんや幼児はこのような状況なのかもしれない。
平気でスリッパの裏を舐める。
舐めたいから、舐めているだけなのだ。
そこには、思考はない。
あー、舐めてみたいという直感だけである。
もし、人生がそうであるならば、愛のある直感に従って行動することに何のためらいがあるだろうか?
私が私らしく生きることに、何の後悔があるだろうか?
思考は道具である。
社会的な存在としての生活の為に必要な道具である。
思考が私ではない。
思考に惑わされてはいけない。
あー、エネルギーがあふれてくる。
そう、いままでたくさんのブレーキをかけていたのだ。
子どものころに戻ったみたいだ。
これが本来の人間の姿なのではないだろうか!!
もう一度言う、いや、言わしてください。
人生が行動と結果、そして、観察と気付きならば、愛のある直感に従って行動することに何のためらいがあるだろうか?
さぁ、あなたも、行動していこう!!