「島津に馬鹿殿なし」といわれるくらい島津藩は、武士の教育も郷中教育といって、素晴しい教育システムがあったようだ。
その精神的な軸、心のセンターラインとなるのが、島津いろは歌でないだろうかと私は考えている。 儒教、仏教、神道のエッセンスをまとめた素晴しい教えだ。
現在の日本人にも、精神的な支柱として参考になるのではないかと私は考えている。
では、今回は2番目の「ろ」
「楼の上も はにふの小屋も 住む人の こころにこそは たかき卑しき」
(はにわ:泥人形??)
ちょっと、読んだだけではわかりませんね。
現代語の注釈では
「いかに立派な宮殿に住んでも、粘土(泥壁)で作ったようなみすぼらしい家に住んでも、
そんな事は高貴か、卑賤かの尺度にはならない。高貴と卑賤を分けるのは
心にこそあるのである」
なるほど。家とか衣服とか、見てくれでその人を判断するな、その人の行動、態度、人柄でその人を判断しなさい!!ということだろうか。
ごもっともでございます。
しかし、このような当り前のことを、普段から口にしておかなければ、そのような気持ちになれないのではないでしょうか?
テレビで、芸能人の華やかな生活を放映したりするのも大事だが、それと同じ時間だけ、
質素な生活でも素晴しい生き方をしている人の放映も大事なのではないだろうか??
ついつい芸能人のお宅拝見とか、お金持ちのお宅拝見とかで、みんなすごいなぁ・・・ってなりますよね。さすがお金持ち!!ってね。
一時期はやった、勝ち組、負け組みといった、風潮を作り出すと こころなんか見る余裕がなくなり、お金を稼いだ人が勝ち という価値観を作り出すのではないだろうか?
ごもっともと思われるような文章もこうやって、活字にすることが大切なのではないだろうかと思いました。
うーーん、やっぱり、こうやって一句ずつ感想を書いていくと、自分でもいろいろと勉強になりますね。
みなさんは、どう思いましたか?