前作(*1)には予想外に反響が多かった。まず陶芸経験者から「美味しく飲めるようフチは薄く作ってました」つまり「フチの厚さ」で味が変わる説。そしてビール好きからは「瓶と缶で味が違う」という「器の材質」説。さらに「ウチも高級カップで試します」という「カップの質(価格)」説等々だ。

自らの経験でも小学校の水飲み場や合宿所の洗面台に鎖でつながっていたアルマイトのコップで飲む水は美味しく感じた。また超美味しく炊いたご飯と超美味しい味噌汁を逆の器に(ご飯を木椀や漆器に、味噌汁を瀬戸物の茶碗に)入れることを想像したら「絶対に美味しくない!」と確信できる。

つまり我々が単に「味覚」だと思っている“モノの味“というものは、往々にして純粋な味覚ではなく視覚や触覚等の総合的な知覚というか状況や環境によって作られているということだ。ましてやお酒や珈琲のような嗜好品に至っては、その時の状況や心情や雰囲気などが大きく左右するに違いない。

  【お洒落なカフェには入りたくなる雰囲気がある】

「勝利の美酒に酔う」とか逆に「苦い酒」等もよく言われる事だ。私も現役SEだった頃、客先でシステム障害の対応等を無事終え徹夜明けに保守員室でホッと一息ついて飲んだインスタントコーヒーの旨さはいまだに忘れられない。喉が渇いている時の水も名水や浄水でなくても充分に美味しい。

「風呂上りの生ビールを美味しく飲むためにサウナに入るんですよ」と話す輩も居て我々サウナー(サウナ愛好者)からすれば「そんな奴は本当のサウナ好きじゃない!」と思っていたがビール好きとしては理に適っている。ならば珈琲も同じように美味しく飲むための工夫があってもいいはずだ。

そう考えると「美味しい珈琲」を飲むには、寝起きのまま居間で普段使いのマグじゃダメだ。まず着替え、一休みしたくなるくらい外を軽く散歩し、街のお洒落なカフェで時間を過ごすように、自宅の椅子やテーブルや照明等を整え、薄く音楽を流し文庫本を持つなど“環境作り“から臨む必要がある

 【カフェのメニューは家でも簡単に作れるものが多い】

カフェではメニューを見てサンドイッチや厚切りトースト、スイーツなどに食指が伸びることもある。ならば自宅でもコンガリ焼いたパンにジャム等を塗って斜めにカットして大き目の皿に盛れば結構いい雰囲気が出る。そう、この“雰囲気”が大事なのだ。水もちゃんとグラスに注いでおこう。

同じ1時間でも上記の工夫によって全く違う良質な1時間になるだろう。珈琲専門店やお洒落なカフェの珈琲は確かに味覚的にも美味しいに違いない。でも我々は実は珈琲そのものに対してではなく、こうした“美味しく珈琲を飲む環境や雰囲気に満ちた時空間”に対価を払っているのではないか

珈琲にはバリスタという専門家が存在するくらい奥が深い。豆の産地やブレンド比率、焙煎、挽き方、器や湯の温度、抽出方法等に拘ったらキリがない。だから味を追求するよりも、魅力的なカフェの雰囲気を模すなど“自分にとって美味しく珈琲が飲める状況”を整える方がはるかに効果的だと思う。
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*1:前作については下記ブログをご参照。
珈琲は何で飲むかが9割なのか? | Saigottimoのブログ
Saigottimo