以前このブログで「長所と短所は同じ要素の表裏」と書いた。例えば「慎重さ」という同じ要素(個性)が、局面によって「用心深さ」という長所にも「決断の遅さ」という短所にもなる。そして、同様の事は「局面」についても言えるのだ。チャンス(好機)とピンチ(危機)は一見、真逆の局面のように思えるが実は同じ局面なのである。
今回も野球を例に説明する。「無死満塁」という「局面」は攻撃側にとっては大「チャンス」に見えるが実は大「ピンチ」でもある。なぜなら、得点出来なかった場合は味方のメンタル面のダメージも大きいし試合の流れが相手に行くからだ。だから、そんな場面で登場する代打を「ピンチ(チャンスではなく)ヒッター」と呼ぶ。
守備側も同じだ。「無死満塁」は大「ピンチ」に見えるが実は大「チャンス」でもある。ここを無失点に抑えれば相手にはダメージを与え味方は勢い付き、試合の流れも引き寄せられるからだ。よく「ピンチはチャンス、チャンスはピンチ」と言うが、そうであるなら「ピンチとチャンスは同時に存在している」ことになる。
【photo by fujiwaraさん from (写真ac)】
現在、コロナ禍で多くの企業、店舗、労働者等が苦境(ピンチ)に陥っているが、これをどう見れば好機(チャンス)なのか。来店客数や収益額が例年の9割減という状況は無死満塁のピンチだとして、ここを無失点(或いは最少失点)で抑えるとは、倒産や自己破産等に至らないよう打開策を講じて乗り切ることだろう。
そのためには企業や店舗ならネット販売やwithコロナ対応への改革機会に、解雇や契約解除となった働き手なら新たなスキル習得機会や職種転換機会に出来るかどうかだろう。無策のまま臨んだら無死満塁では大量失点の可能性が高いように、ここはピンチと考えてもチャンスと考えても、奮起が必要な局面である。
コロナ禍と関係なく、苦手な人や嫌いな人が身近な環境になるというピンチを迎えている人は、そういう苦手を克服して自らの対人関係能力を改善するチャンスを迎えていると言えるだろう。これが人ではなく仕事だったとしても同様で、苦手を克服して成長するチャンスだと考えられるのではないか。
次男が少年野球をしていた頃にコーチの手伝いをしていて気づいたことがある。試合中、取れそうにない打球を見事にダイビングキャッチするような1つのファインプレーが試合の流れを変える事がよくあった。しかし、それとは逆に何でもない平凡な打球をエラーしても同様に試合の流れが変わることもよくあった。
難易度や頻度からすればエラーは(ファインプレーも)滅多に起きない事だからこそ流れを変えてしまうのかも知れないが、「何でもない平凡なプレー」は、裏を返せば「エラーせず相手に流れを渡さなかった」という点では、実は「目の覚めるようなファインプレー」と同じくらい価値があることと言えるのではないだろうか。
我々の日常においても同じで、家で事故や火事を起こしたり交通事故や災害や犯罪に巻き込まれたりしたら、それこそ人生の流れは狂ってしまいかねない。ということは、毎日「何でもない平凡な日常」が過ごせていることは、実は「目覚ましい活躍や称賛されるような行いをした」のと同じくらい価値あることではないか。
そのように考えてくると、穏やかな日常が過ごせている日々においては、毎日ファインプレーをしていると同じくらい価値ある事として「自らを称賛し」、いったん何かが起きてピンチが訪れた場合は、同時に成長等のチャンスも訪れていることを思い起こして奮起し「自らを変える」機会とすべきなのだろう。
Saigottimo
