体験会に参加
月1回、
マヨと一緒にF高校の体験会に参加した。
駅まで徒歩10分。
電車で70分。
駅から徒歩10分。
毎回、調理をして、
それをみんなで食べて帰る。
その繰り返しだった。
調理体験の間、
母は別室で待機。
内容や様子をマヨに聞いても、
よくわからない。
マヨは当時、
そうしたことを説明する能力が
まだなかった。
電車の中で、何度かマヨに聞いた。
「ねえねえ、F高校に行く?
それとも北くんがいる高校に行く?」
何回聞いても、
(マヨ)
「わからん。
お母さんは?」
(母)
「お母さんはF高校がおもしろそうと思う。
でも、北くんがいるほうがマヨにとっていいなら、
それでもいいかなあ」
「北くんがいるほうがいい?」
(マヨ)
「わからん」
ここで終わり。
後から思えば、
自分が高校に通うということが
イメージできていなかったのだった。
お姉ちゃんは家の近くの高校に
自転車で通学していた。
でも、マヨはそこに見学に行ったこともない。
北くんのいる学校も見に行ったけど、
北くんはいなかったし、
中学校とは全然雰囲気が違った。
体験しているF高校も、
調理体験だけだから
中学校とは全然違う。
イメージできていない。
そのことに気づいていない私。
なんで、どっちがいいかわからんのやろ。
体験もしてるのに。
本人に意見がないなら、
自分が決めないと。
後から、
「あっちにしたらよかった」
ということになっても、
幼稚園と保育所のように
簡単に変更できるわけではないしなあ。
この記事参照
家人の意見。
(姉)
「おもしろそうやん。
F高校にしよ」
(父親)
「電車とか間違えたらどうするの?」
これは私もチラッと考えたことはある。
「乗り遅れたら次に乗る。
乗り過ごしたら、その駅で
こっち向きの電車に乗り直すやろ。
毎日乗ったら、すぐ覚える」
驚くほど冷静に言い返せる🤣
そして、高校生活で悩んでるのに
そのちっぽけな悩みは何😡
と鬼化👹していた
まあ、高校生活の前に
通えなかったらどうしようもない、
ということか。
実は、マヨがダウン症とわかってから、
叔母にいろいろ相談していた時期があった。
まだ幼少期のこと。
叔母の次男、
私のいとこにあたる人は、
当時「精神薄弱」と呼ばれていた知的障害者だった。
電車の駅の真ん前に住んでいて、
高校には電車で通学していた。
叔母から、
「電車通学はいいよ。
電車の乗り方、時刻表、乗り換え。
全部覚えられる」
と聞いていたので、
電車通学はいいなあと考えていた。
しかし、
いとこが通学していた支援学校は、
マヨの時代にはダウン症の子を受け入れず、
重度障害者のみになっていた。
そのため、選択肢の中にはなかった。
残念だった
でも、F高校の登場が希望になった。
電車通学に憧れた理由はもう一つあった
当時、支援高校高等部は5限授業だった
私はマヨが小学校の間にこの情報を知り
5限なんてすぐ帰ってくるやん
身体の大きい高校生が午後の早い時間から家の中をウロウロするの、嫌やわ〜
高校生なら部活やらなんやらで帰宅遅いやん
早く帰ってくるの
嫌やわ〜
と考えて当時は
なんとか障害児の放課後支援などができないかと模索していた
この点から
電車通学なら帰宅遅い(やや短絡的だが)
電車通学サイコー
と考えていた
そして決め手は
おもしろそうな学校に行かせたい。
という私の考えだった。
(私とお姉ちゃんの感覚は割と似ている)
F高校に行かせると決めた。
入試はまだなのに🤣
そして、体験を繰り返した。
迎えた入試前の相談会。
父親には、
電車の間違いは問題じゃないと言ったけど、
私自身、通学の心配はあった。
それを相談すると、
先生の答え。
「20分乗っていられたら、
70分も大丈夫です。
同じ駅から乗る人もいます。
駅から学校までは、
4月中は教員が要所に立って見守りますので
大丈夫です。
他校と通学時間が重ならないようになっています」
ということだった。
簡単に私の不安はなくなった。
これで、
4月から電車通学だー!
(まだ入試も終わってないけど🤣)
