「酸付加塩」の謎を追う | 特許翻訳 A to Z

特許翻訳 A to Z

1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

ときどき特許明細書で見かける、「酸付加塩」という用語。
 

意味のよくわからない語のひとつで明らかに特許明細書用語と思われるのですが、これが一体どこから来たのか追いかけてみました。

 

まず、現状の把握です。
対応する英語に acid addition salt がありますので、ともに使用状況を確認しました。
右側の数字がヒット数です。

 

キーワード「酸付加塩」
国会図書館サーチ = 0件
CiNii論文検索 = 0件
JDreamⅢ(科学技術医学文献データベース) = 6件

WIPO Patentscope = 41,742件


日本特許庁のJPlatPatが昨日から接続できなくなっているため、WIPOで検索対象を日本語の明細書に限定して検索しました。
JPlatPatで検索すれば違う結果になるかもしれませんが、今回は厳密な件数は重要ではないためWIPOで示します。

JDreamIIIは、国内外の約3700万件の文献を収録したデータベースです。
ここに6件のヒットがありますが、内訳は次のとおりです。

 

1.フェニルグリシノ—ルまたはフェニルグリシンのナトリウムまたは塩酸塩によって形成する塩‐共結晶形成物の立体選択性
著者名:BRITTAIN Harry G.;発行:2013年1月;発行国:アメリカ合衆国
 → 前後の語: 鏡像異性的に純粋な酸付加塩(その塩酸塩)

2.2個のジェミナル炭化水素鎖をもつD‐グルシトール誘導体における構造‐性質相関 1 サーモトロピック及びリオトロピック液晶挙動
著者名:VAN DOREN H A, TERPSTRA K R;発行年:1995年12月;発行国:イギリス
 → 前後の語: n‐テトラデカノイル,アルキル鎖はメチル~n‐ヘキサデシル)とそれらの酸付加塩

3.水素化インドールの多環誘導体の塩とよう化ビスマス酸カリウムとの反応
著者名:ВИХАРЕВА Е В, ЯКОВЛЕВА Л Ф, САВЕЛЬЕВА Г И;発行年:1985年2月;発行国:ロシア
 → 前後の語:よう化ビスマス酸付加塩

4.6H‐ピロロ〔3,2‐f〕インドリジン類の光学対掌体への光学分割およびそれらのキラリチィー特性
著者名:МИРОНОВ А Ф, ДЕШКО Т Н, КУДЕЛИНА И А, АБРАМЕНКО Т В, ЕВСТИГНЕЕВА Р П;発行年:1984年11月;発行国:ロシア
 → 前後の語:フェニル置換‐6‐メチル‐6H‐ピロロ〔3,2‐f〕インドリジン‐2‐カルボン酸エステルの塩酸付加塩


5.含ふっ素脂肪酸誘導体の合成と利用 III アミノリシス反応におけるtert‐アルキルアミンの反応
著者名:喜多正義, 山田裕, 長江久和;発行年:1984年6月;発行国:日本
  → 前後の語:アミン・カルボン酸付加塩(副生物)、アミン・酸付加塩

6.ネコにおける4‐(4‐モルホリニル)‐2,3‐ペンタメチレンキノリン(化合物65/127)の呼吸刺激作用の機構
著者名:PATNAIK G K, DHAWAN B N;発行年:1981年11月;発行国:インド
 → 前後の語:標記化合物の塩酸付加塩の呼吸刺激

 

6件ヒットしているとはいえ、1件を除いて外国語からの翻訳です。
これらの結果を見れば、学術論文をはじめとして特許明細書以外の科学技術文書には実質的に見られない表現であることが、よくわかります。

それでは、英語の文献はどうでしょうか。


 

キーワード「acid addition salt」
EBSCOhost = 0件
PubMed = 0件
JDreamⅢ = 0件
Library of Congress (米国議会図書館) = 0件

米国特許全文検索(1790年以降; Description/Specification) = 25,876件
WIPO PATENTSCOPE (English Description) = 250,615件
esp@cenet (Title or abstract) = 10,000件以上

 

EBSCOhostは、海外の学術誌4,500誌以上の全文、8,300誌以上のIndex/Abstractsを検索できる大規模データベースです。
実際には31件ヒットしたのですが、「In addition, acid ... 」など全く関係のないものでしたのでカウントから除外しました。

このデータベースは規模が非常に大きいため、特定の用語が「明細書の中に特有のもの」なのか一般の学術誌でも使われているのかという判断をする際の手がかりを得るのに重宝します。

かたや明細書は、esp@cenetのTitle or abstract程度でも、1万件以上もヒットするのです。

日本語だけでなく英語も、特許明細書用語であろうことが確認できました。

同様に、フランス語(sel d'addition acide)、ドイツ語(Säureadditionssalz)、スペイン語(sal de adición de ácido)でも検索してみました。

WIPOは対応できる言語が多いため、WIPOだけは次の言語でも検索しています。
ロシア語 (Соль присоединения кислоты
韓国語(산 부가 염
 

DART-Europe E-theses Portal (欧州28ヵ国、500以上の大学の学位論文)
英、仏、独、西とも0件

The European Library (欧州48ヵ国の国立図書館横断検索)
英、仏、独、西とも0件

欧州特許庁の全文検索システム
フランス語 sel d'addition acide (検索対象はFrench description) = 27件
ドイツ語 Säureadditionssalz (検索対象はGerman description) = 1,631件
英語 acid addition salt (検索対象はEnglish description) = 15,596件

ドイツ特許庁 DEPATISnet (全文検索:Säureadditionssalz) = 15,465件

WIPO Patentscope
フランス語 (検索対象はFrench description) = 1,875件
ドイツ語 (検索対象はGerman description) = 14,943件
スペイン語 (検索対象はSpanish description) = 26,356件 
ロシア語 (検索対象はRussian description) = 2,871件
韓国語 (検索対象はKorean description) = 4,625件
英語 (検索対象はEnglish description) = 250,615件

 
学術文献等では見られない語が、明細書では様々な言語で使用例がありました。
そしてどの言語でも、acid addition saltに「ほぼ1:1対応の」表現として使われています。
日本語もそうですね。酸+付加+塩で、英語そのままです。
 

これだけ1:1対応になっていることから考えて、どこかの言語からの翻訳によって広まった可能性があります。
そして他に比べると、出願総数のわりにフランス語が圧倒的に少ないため、もとはフランス語かもしれません。
翻訳なら仮に誤訳があっても、当業者が母語で間違えることは少ないと考えられるからです。
 

よって、フランスをはじめとして、各国の古い学術資料をあたりました。
なぜ古い資料にしたかというと、新しい学術資料では使用例がないことが確認できているからです。

続きは別記事で。

■関連記事
「酸付加塩」はフランス生まれ?
WIPO Pearlと酸付加塩
 


インデックスへ