特許明細書の著作権 各国事情 | 特許翻訳 A to Z

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1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

特許翻訳をしていると、複数の出願人による明細書に、数行あるいは数ページにわたってまったく同じ文章が登場することが、ときどきあります。
端的に言えば、流用です。

通常の著作物であれば完全に著作権法違反なのですが、私が翻訳者として独立した92年当時、特許明細書に著作権は「ない」と言われていました。
当時はいわば常識で、これが現在も続いていれば、特許明細書は著作権保護の例外ということになります。


ところが現在は、「国によって」扱いが異なるようです。

たとえば米国は、一部の例外を除いて、「the text and drawings of a patent are typically not subject to copyright restrictions」つまり著作権なしというスタンスを採っています。
 

Patents are published as part of the terms of granting the patent to the inventor. Subject to limited exceptions reflected in 37 CFR 1.71(d) & (e) and 1.84(s), the text and drawings of a patent are typically not subject to copyright restrictions. The inventors' rights to exclude others from making, using, offering for sale, or selling the invention throughout the United States or importing the invention into the United States for a limited time is not compromised by the publication of the description of the invention. In other words, the fact that a patent's description may have been published without copyright restrictions does not give you permission to manufacture or use the invention without permission from the inventor during the active life of the patent.  See MPEP § 600 - 608.01(v) regarding the right to include a copyright or mask work notice in patents.
  米国特許庁ウェブサイトより引用


一方、日本特許庁は、著作権「あり」というスタンスです。
 

公報に掲載されている明細書や図面等は、通常、その創作者である出願人等が著作権を有していますので、転載する場合には許諾が必要になることがあります。
  日本特許庁ウェブサイトより引用

公報情報は著作権の対象となっており、原則、取得した情報であるとの出典を明記することにより、改変しない限り引用及び複製を行うことができます。ただし、DVD(CD)-ROM公報、DVD-ROM公報情報及びインターネットを利用した公報を単純複製することは、原則として認めておりません。
  特許庁「公報発行案内」より引用


日本の事情については、『パテント』誌2014年 vol.67 No.9「「著作権実務 Q & A」の作成と各支部における研修会の報告」にも、詳しく出ています。
ただ、実際にはいろいろと議論もあるようです。

ドイツ特許庁では、著作権保護の対象にならないとしながらも、出典の明記を求めています。
 

Under Sec. 5(2) Copyright Act (Urheberrechtsgesetz), patent documents (published patent applications, patent specifications and utility model documents) are exempted from copyright protection from the time of their official publication. Please note that you are required to cite the source correctly when you publish a paper. The obligation to cite the source comprises the name of the authority and the reference. For example, you cite a patent document as follows:

DE 27 03 353 A1 or
DE 10 2005 051 128 B4.
For further examples on how to cite please see our information leaflet DPMAinformativ Nr. 3 (IPIA) [in German]. You are not allowed to alter the text, the title, the drawings and the name of the patent applicant (see Sec. 62(1), 1st and 2nd sentences in conjunction with Sec. 39 Copyright Act: prohibition of alteration, and Sec. 63(1) and (2) Copyright Act: acknowledgement of source).
  ドイツ特許庁ウェブサイトより引用


イギリスは「Copyright Designs and Patents Act 1988」の施行前と施行後で扱いが異なり、現在は出願人に著作権があるとしながらも、「disseminating the information」の目的であればコピーしてもよいとしています。
実質、明細書の転載は自由だと言っているのと同じですね。

このように国によって少しずつ違うわけですが、少なくとも出典つまり公報番号などを明記するように求められている場合は、明細書の作成時に第三者の明細書を勝手に流用して使うということは、あまり褒められたものではないでしょう。

 


それでは、「翻訳」は?

まず、書籍など通常の著作物に対しては翻訳権が発生しますが、特許明細書の翻訳権というのは聞いたことがありません。
著作権があるのに翻訳権が発生しない?とすれば、通常の著作物とは明らかに異なりますね。
この視点に立つと、明細書には著作権も「ない」と考えるほうが整合性が取れるような気はします。

次に、二次著作物である翻訳物に対して、これも通常の著作物なら翻訳者に著作権が発生します。
このあたりは、どの国も同じです。

そして日本では、国もしくは地方公共団体の機関、独立行政法人または地方独立行政法人が作成した翻訳文は権利の目的となりませんが、たとえ法律条文など著作権保護の対象外となっている文書であっても、民間企業などが翻訳すれば、二次著作物としての著作権が発生するとみなすのが通例のようです。

ここで、A社の明細書とB社の明細書に、全く同じ文章があったとします。
A社の明細書には、すでに既訳が存在します。そしてB社の明細書を、これから翻訳するとします。

B社の明細書を訳す翻訳者が、公報データベースを検索して既訳を取得し、その翻訳文を自分の仕事に取り込んだら、著作権は?

もっとも、現実問題として、明細書の翻訳で著作権を主張する人などいないだろうとは思います。その意味で、著作権があってもなくても「実害はない」でしょう。

では、TRADOSなどの翻訳メモリに登録された翻訳文の著作権は、誰にある?ない?
取扱説明書の半分が100%完全一致でデータベースからの翻訳、残りの半分を翻訳者が訳した場合、著作権は・・・・・・?

現行の日本の著作権法は、「昭和45年法」がベースです。
細かい改定はわりとなされているとはいえ、とっくに時代に合わなくなっているのかもしれませんね。

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