and/orは必ず「及び/又は」と訳すのか | 特許翻訳 A to Z

特許翻訳 A to Z

1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

先日、and/orについて質問を受けました。

質問者が過去に入手した講座の教材に、【特許翻訳では「および/または」と訳す】と書いてあるらしく、この訳し方が必須なのか、「一方もしくはその両方」などの訳でも構わないのか、何らかの使いわけがあるのかといった内容です。

これについては、慣習的に「および/または」「及び/又は」と訳しますので、あえて逆らう必要はないだろうというのが、現時点での個人的な見解です。
また、場合によっては、後述するように「either or both」との兼ね合いもあります。

ただし、「および/または」以外は誤訳なのかといえば、そうでもないようです。
たとえば、WO2006/114605号から翻訳されている特許第5294844号では、次のように翻訳されています。

  ...for guiding application of and/or retaining electrolyte paste adjacent the plate
  板に隣接した電解質ペーストの塗布の案内、保持、またはその両方を行うための~


全体としての日本語の適否はともかく、「一方もしくは両方」ですらなく、列挙したあとに「またはその両方」でカバーしています。

こうした実例は、J-PlatPatの公報テキスト検索で種別を「特許公報」に限定して公開公報を除外し、なおかつ「請求の範囲」だけに限定して検索することで拾えます。

特許だけに限定する理由は、審査前の状態を含む玉石混交の出願書類より、権利化されているもののほうが確実だからです。
請求の範囲に限定する理由は、ここでの使用例をみるのが最もわかりやすいからです。

検索結果は、次のようになりました。
例)
および/または: 96,607件

及び/又は:   110,820件

一方もしくは両方:  688件

一方もしくはその両方: 8件

一方若しくは両方:  313件
一方若しくはその両方: 11件
一方または両方:  5,069件
一方又は両方:   4,792件

上の数字は、翻訳による出願だけでなく最初から日本語で書かれた出願も含みます。
1000件を超えるとリスト表示ができないので、そういうもので中を確認したい場合は、何か別のキーワードを掛け合わせて母数を減らしてください。

一覧表示が可能な件数まで減ったら、出願人名がカタカナのものを拾い、優先権主張番号や国際公開番号などから原文を取得して比較すれば、分析・検討が可能です。

こうして既存の実例を追いかければ、and/or=「および/または」が必須というわけではないことは、明らかです。
上にあげた特許第5294844号が、一例です。
かといって、and/orに「および/または」としないケースに何か基準があって訳しわけられているのかというと、そうでもなさそうです。

また、実例を拾うことで、「一方もしくは両方」に類するものには、「either one or both of」などの別の表現からの翻訳もあることも見えてきます。

たとえば特許第6006791号では、請求項1の「and/or」が「および/または」と翻訳され、請求項2の「indicative of either or both of~」が「~の一方もしくは両方を示す」と翻訳されています。

特許4692852号に至っては、請求項1の中だけで、「and/or」が「および/または」「one or both of~」が「~の一方もしくは両方」と翻訳されています。

こういうケースでは、中途半端に訳してしまうと、発注元によっては両者の明確な訳しわけを求めてくる可能性があります。

なお、なかには、「および/または」に違和感を覚える弁理士もいるようです。

 「および/または」ってなんでしょうか? これって日本語?


たしかに、「および/または」は、古くからの日本語からは外れるだろうと思います。
感覚としても、理解できます。
ただ、ある程度以上の頻度で使われる表現については、たとえ最初は誤用だったとしても、日本語ではないと言い切るのも難しいでしょう。
国会図書館で調べてみると、特許だけでなく、他分野でも1900年代初期から使われていますし。

参考までに、判例には、次のような例がありました。
強調は、こちらで付しています。
 

本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載がある。JISの「規格票の様式及び作成方法 JIS Z 8301」(甲4)によれば,「及び/又は」の用語が「並列する二つの語句を併合したもの及びいずれか一方の3通りを一括して示す場合」に用いられることが認められる。そうすると,この文言は・・・

(平成24年(行ケ)第10451号 審決取消請求事件)

 

 

また,請求項3では,「この突起物を回転板及び/又は選別ケーシングの円周面に設ける構成」としており,なにゆえに「及び/又は」と不明確な記載をするのか,本件明細書の説明からは全くはっきりしない。そして原告は,この「及び/又は」のうちの「又は」に当たるとして,回転板に付けられただけの本件プレート板をもって侵害と主張している。
 しかし,本件明細書等の【図6】の実施例が,この請求項3に該当するべきものと仮定するなら,次のいずれかということであろう。一つは,「及び」として,突起物を回転板側と固定側の両方に付けている,という構造である。もう一つは,「又は」として,突起物を回転板側にだけ付けているが,固定側に刻み目などを付することで,両者を組み合わせて共回り防止の働きを得ている,という構造である・・・
(平成22年(ワ)第24479号 特許権侵害差止等請求事件)


一度はひっかかってはいるものの、いずれも「一方」+「両方」だと認められています。

結論として、
・慣習として「および/または」「及び/又は」を日常的に使う
・この訳で問題が生じることはないと思われる
・発注元や場合によって、either one or bothに類する表現との区別が必要になり得る
ことなどを考えると、必須ではないとはいえ、すなおに慣習に従えばよいのではないでしょうか。
あえて違う訳にする必然性も、ありませんので。

 

 


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