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3代目「特許翻訳の世界」 > 通訳翻訳ジャーナル連載「翻訳さんぽみち」 
 > 「原文理解に対する誤解」-99年1月号

復刻シリーズです。

※小見出しは、99年当時『通訳翻訳ジャーナル』での掲載時に編集部で付けて下さったものをそのまま使います。

 

誤訳の原因のひもを解く

学生の頃、アルバイト先の会社で活躍していた会議通訳者に憧れて通訳を目指したことがありました。
その方からプロになるまでの勉強法や通った学校など色々と教えて頂いたにもかかわらず、通訳への道は結局1年で挫折してしまったのですが、その時に練習したことが翻訳者としての仕事に大きく影響していることに最近になって気が付きました。

翻訳をしているだけの立場から人に教える側の立場に立つことが増えた結果、それまで自分が翻訳をする際に当たり前のこととして無意識のうちにやっていたことを体系付けて考えるようになったのが始まりです。

どのような訳文であろうとそれは訳者が一生懸命考えて出した結果ですし、仮に誤訳だとすれば、そうなってしまったことには必ず原因があるはずです。
辞書の引き方が甘いとか背景知識不足から適切な訳語選択ができないとかいったものから、もっと根本的な理解力の問題まで、とにかく必ず原因があるわけですね。

誤訳を誤訳ですよと指摘するのは簡単ですが、原因になっている部分を見直さなければ決して改善はされないと思い、何となくしっくりこない訳文まで含めて分析していったところ、いくつかの共通した錯覚と誤解が影響していることが分かってきました。
この連載では、こういった錯覚や誤解の解消をしながら、品質のよい翻訳文を作成するにはどうすればよいのか考えてみたいと思います。
 

英文をパズルのように並べ換えて理解する手法が正確な理解をはばむ

よく言われていることですが、翻訳というのはある1つの言語で書かれた文章を他の言語で正確に表現することで、単語の置き換えではありません。

例えばアメリカ人の書いた英文を日本語に翻訳する場合、内容について同程度の知識を持った日本人がそれを読み、原文の著者と対等にコミュニケーションができるようでなければならないわけです。
対等にコミュニケーションが出来るということは、同程度の理解レベルに達しているということです。
いってみれば、翻訳者は異なる言語を母語とする人たちの橋渡しをするようなものですね。

文字であるか音(声)であるかの違いこそあれ、通訳も翻訳も同じです。起点言語(英文和訳の場合は英語)を母語とする人と同じ思考プロセスで理解し、対象言語を母語とする人が自然に受け止められる文章で表現する。
パズルの並べ換えだけでは不可能なのは言うまでもありません。

特に、英語にあって日本語にはない冠詞・前置詞や日本語にはあって英語にはない助詞などは、並べ換えの際に忘れられてしまう単語のランキング上位にあります。
冠詞や前置詞1つとってみても、文章を構成する-著者が言わんとすることを表現する-という意味で無駄なものなど1つもあるはずがないのですから、訳す時にも注意を払いたいものです。
 

オススメ「サイトラ式翻訳法」

ここで私が英語を英語として理解するためにやっている方法を紹介します。
以前、特許翻訳の世界ホームページの電子会議室で翻訳スピードをアップするためのヒントとして同じようなことをお話したときに、実際に試された方から非常に効果的だったというコメントをいくつか頂きました。
みなさんも時間のある時に試してみて下さい。

例えばThe present invention relates to a semiconductor device which is...といった英文があるとします。
これを翻訳する時は、「本発明は、関する」と、まず頭から読んだ通りにワープロで打ちます。
そして矢印キーなどのキー操作でカーソルを「本発明は、」の後ろまで戻して、「半導体装置に」と入れます。
そしてまたカーソルを戻し、which以下を入れていきます。
このとき、マウスを使うと速度が落ちるのでキー操作だけでできるようになるとよいでしょう。
ワープロやパソコンを使っていないと活用できない方法ですが、訳抜けは限りなく皆無になりますしスピードもあがります。
私はかれこれ3年以上このスタイルで翻訳をしていて、最近ではタイピングの手を休めることなく数千ワードの原稿を処理できるようになりました。
唯一の難点は和文の「てにをは」が多少粗くなることですが、この点については最後まで翻訳が終わったら上から順に和文を読んで流れのおかしいところを修正します。
慣れてくると、文章を読む速度もアップします。

そんなことが可能なのだろうかと疑問を持たれた方は、母語で会話をしたり本を読んだりする状況を思い浮かべてみて下さい。
会話をする時に文の最後までいかないと話しが通じないなどということはあるはずがなく、次々と流れていく音を聞き手はちゃんと理解していますね。
本を読む時も、少なくともネイティブは文章の最後まで行ってから戻って考えたりはしないはずです。
本来、「理解する」というプロセスは頭の中で並べ換えなどせずに前から順に捉えていく形が自然だと思いますし、正確な原文理解にはこのプロセスが必須ではないかとも思っています。

少し古い話しになりますが『通訳翻訳ジャーナル』96年7月号で会議通訳者の篠田顕子さんと新崎隆子さんの誌上通訳講座の記事に、次のようなことが書かれています。
「すべての言語は頭から順送りに聞いていって理解できるように出来ているはずだ。考えてみれば、話し手のoutputを同じ順序と同じ速度で情報化して自分の中にinputしていかなければ、listeningができないのも当然である。」

これは何も通訳だけに限ったことではありません。翻訳でも書き手のoutputと同じ順序で情報化して理解していくのが、スピード面でも理解度の面でも効率がよいはずです。


(→次回に続く)


【2016年の目線から】
フリーランスの翻訳者になった当時(1992年5月)、原文は、100%紙原稿でした。
そして設備といえば、英訳こそMacintoshのパソコンを導入しましたが、和訳は東芝のRupoというワープロです。

このワープロで、独立直後の最初の最初から、上にあるように「本発明は、関する」と入力してカーソルを戻し、「本発明は、半導体装置に関する」とし、またカーソルを戻して・・・・ということをしていたわけです。
ワープロには、そもそもマウスがありませんから、キー操作(矢印キー)のみです。

これが私にとっては「あたりまえ」だったわけですが、今から振り返ると、翻訳者になった時点ですでに、いわゆるタッチタイピング(ブラインドタッチ)が完全にできていたからこそ成り立った方法だったかもしれません。

画面と紙原稿の2点の行き来なら難なくできても、これにキーボードが加わって3点になると、いくぶん負担が大きいようにも思います。

(中学2年の時から学校の課外授業で英文タイプライターを習い、高校を卒業するまで英語の授業ノートはB4用紙の左側だけに教科書の英文をタイプして、右側に板書などを書き入れることを繰り返していましたので、卒業時には普通にブラインドタッチができました。)

余談ですが、英文をタイプしたB4用紙は、穴をあけてルーズリーフに綴じていました。
そのときに使っていたゲージパンチが「いまでも」現役で、息子が頻繁に使っています。
こんな↓感じの製品です。

 

 

話を翻訳に戻すと、上記の「カーソル戻し方式」は、
 (1)自然な理解の妨げにならない
 (2)スピードが上がる
 (3)実質的に訳抜けが出ない
ことなどの理由から、非常に有益だったと思います。

また、最初からカーソルを行き来させて理解そのものは前から順送りだったため、のちにWordの用語一括置換マクロを使う上書き翻訳の方法を編み出したとき、その「カット&ペースト」を多用するスタイルにスムーズに移行できました。

紙原稿を使ってゼロから入力するか、原文データを処理するかの違いがあるだけで、左右方向のキーの動きは同じだからです。
翻訳者になったのが92年で、一括置換マクロは97年か98年あたりが最初なので、マクロを使い始めたときにはすでに、5~6年はカーソル移動方式で翻訳していた計算になります。


ただし、この順送り方式には、係り受けのミスが出やすいという難点があります。
もちろん、きちんと見直しをすればその時点で拾うことができるのですが、このマクロを初めて一般公開したときには、そこまで認識が至っておらず、良い部分だけに光をあてていた側面があります。

どんなことにも必ずメリットとデメリットがありますから、もっとデメリットも開示する必要があっただろうなというのが、今になって思うことのひとつです。

このあたりについては、別記事であらためて扱います。


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