以前の記事は、私の通勤途中の街路樹の中にまだ小さいクロモジの木が植えられていて、それを個人的に観察したもので、私はとても成長を楽しみにしていました。
クロモジの様子がちょっとおかしいと感じ始めたのは8月半ば。
紅葉にはまだまだ早すぎる時期。
今年の夏も暑かったし、東京に植えられている子たちだから、秋支度も早いんだろうかと思いながら様子をみていました。
ここの街路樹には、スズカケの木なども植えられていますが、植え込みなどの剪定をしたり世話をしている専門の方もいらっしゃるので、木の病気のことなどはあまり考えていませんでした。
これは正常なんだろうかと気になりつつ、先日参加した飛騨でのフラワーメディスンの研修では森で育っているクロモジを見に行ってみようと決意しました。
実際に森に育っているクロモジを見てみて、愕然としました。
10月初めの飛騨では紅葉もまだそこそこ(今年は紅葉も少し遅いみたいで)でした。
東京の状態と全く違うのです。
ヒーラーの友人たちに写真を見てもらったら、きっとエネルギーも落ちて落葉も出来ない状態なんではないかとのことでした。
飛騨の山のクロモジには新芽もまだついています。
やはり、東京のど真ん中で育っていくのは植物にとって過酷なんでしょう。
来年の春に新芽を芽吹かせたり、花を咲かせるのを待ち望むことは無理なんでしょうか。
普段、都会で生活していることに慣れてしまって、空気や水や土の汚染のことは意識していないことが多いですが、山のクロモジと都会のクロモジの両方の姿を見て、どちらの生活が健康でよりストレスがないんだろうと考えてしまいます。
これはクロモジという植物に限っての事ではありません。
人間だって、同じ。
人間は便利で暮らしやすい生活を手に入れるために、大きなものを手放してしまったのだろうかと考えずにはいられません。
都会のクロモジさんには、なんとか元気になって欲しいです。