読書ざんまい
読書ざんまいというか、今年の目標として、週に1冊は本を読もうと思っている。
今年、5冊ほど読んでいるが、いま読んでいる、高橋克彦の『緋い記憶』がおもしろい。
短編で通勤電車の中で、往復1話分読むことができ、分量的にもベスト。
記憶をテーマに、高橋克彦の「世にも奇妙な物語」が1冊に織り込まれている。
20年前に出た本だが、いまでもじゅうぶんに読んでおもしろい。
“うちの子”はジャニーズ
“いまやってる、あのドラマに、うちの子が出てるから観て”ランチタイムでの会話。突然、この会話を聞かされた人の目がテンになっていることもしばしば目にする。
会話の中には、ジャニーズ・タレントの名前がよく登場する。40代後半のその独身女性は、ジャニーズを追いかけて、ン十年。会話に出てくるジャニーズのタレントたちは、わたしの知らない名前がほとんどだ。それもそのはず、彼女の言う“うちの子”とは、ほとんどがジャニーズ・ジュニアのメンバーで、まだそれほど売れていない子だ。
なぜ、アラ50(アラウンド・フィフティ)の女性たちがそこまで、ジャニーズにはまるのか考えてみた。(暇ですね)
既婚者・未婚者に問わず、自分の子ども(であろう)が同世代。自分の子どもは手がかからなくなっているころだ。
自分の子どもであれば、進学・就職など責任がかぶさってくるが、ジャニーズには、そんな責任はいっさい発生しない。観たいときに甘いマスクで、微笑んでくれるその安心感。そして、子どもは文句をいうが、ジャニーズは優しい言葉をかけてくれる。テレビの中やコンサートの舞台で豆粒サイズにしか見えない距離だが。韓流スターにも同じことがいえる。
よく、孫は子ども以上にかわいいというが、それは責任のなさ(もしくは薄い責任。無責任ということではない)にある。24時間いっしょにいれば、泣いたり、わがままを言ったりすることもあるだろうが、外孫であれば、会いたいときに会えばいいし、年に1、2度しか会わない孫であれば、会いたい気持ちが高まり、余計にかわいくなるものなのかもしれない。ジャニーズや韓流スターにはまるというのは、心理的には、これに近いのではないかと思う。
彼女たちは、プロ野球のスカウトに似ている。スカウトがこれから伸びそうな選手を発掘するように、これから売れそうなアイドルを発掘(そして育成)する気でいっぱいだ。売れれば、“わたしは早くから目にかけていたのよ”とちょっと鼻高々で、売れなければ別のアイドルをまた発掘すればいい。
彼女たちにこんなことを、まじめに考えてるのを知られたら、あきれられてしまうだろうけど。
『KAGEROU』
最近の1冊。
『KAGEROU』齋藤智裕著・ポプラ社。
ポプラ社は、児童書においては一日の長であると思うが、小説など大衆文芸においては後進、いや、いままでやってこなかったのではないか。
(違っていたらお詫びします)
その出版社が発行する小説が、いい出来である確率は、低い。
もし、出すとしても、優秀な編集者を引っぱってくるなりして、さらに、もうすこし時間をかけて出すべきだった。
大賞受賞作とはいえ、あくまでも新人賞的な賞なのだから。
2000万円という額と受賞者が水嶋ヒロということで話題となったところまでは、ポプラ社の戦略は、「完璧」だったにちがいない。
読んでみて思ったのは、文章の質が低い。
たとえ半年ほどかけて、書き直したとしても、賞賛されるような作品には仕上がらなかったかもしれない。
作家・五木寛之氏はかつて、雑誌の取材などで全国各地、とりわけ農村部などを歩いたという。
(そしてその原稿を、出版社の近くの喫茶店で書いていたという話も聞いている)
その経験が、いまに生きているというようなことをインタビューで語っていた。
水嶋ヒロが作家として生きていくためには、このような経験が必要だと思う。
はっきり言って、時間を返してくれというような駄作だったが、ところどころ、光が見える箇所もあった。
売り上げに勘違いせず精進すれば、化ける可能性はある。
次作に期待。
今回、水嶋ヒロに向けられている批判は、本来、出版社にされるべきものだ。
ポプラ社は、営業的には大成功を収めたのかもしれないが、出版社としては、両刃の剣を使ってしまったのかもしれない。