死の間際でも 悦楽の音〜アイク・ケベックは男の中の男だ | 音楽でよろこびの風を

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相模の風THEめをとのダンナ

いしはらとしひろです。



勝手に妄想ジャズストーリー③


遺作なのにエロいってどういうこと?

〜アイク・ケベックのたくましさ

第4話 完結編



1〜3話のあらすじ

 古いジャズ喫茶でお茶を飲んでいた僕の目の前に現れた、テナーサックス奏者 アイク・ケベックの霊。ちょうど彼の遺作「ボサノヴァ・ソウル・サンバ」のレコードを聴いているところだった。

亡くなる直前に録音したにもかかわらず、エロさと男っぽさをたたえた不思議な作品。

そんなアイクさんが語り始めた。ドイツからやってきてジャズのレコード会社「ブルーノート」を立ち上げたアルフレッド・ライオンの元でレコーディングをし、ヒットも飛ばしたアイクさん。やがて会社の仕事も手伝うようになり、順調に見えたのもつかの間。

ミュージシャン活動に陰りが出始め、麻薬にも手を出し、あっという間に落ち目になってしまう。

麻薬中毒からやっと抜け出せたある日、路上でアルフレッドと再会したアイクさん、再びブルーノートで仕事をするように。

楽しく働いて、時に自分のレコーディングもして。順調にことが運んでいるはずが。

突然のがん宣告。さあ、アイクさんは?アルフレッドさんは。

体の続く限り働いて、録音をしようと決めたアイクとアルフレッド。

最後の日々を疾走するアイクさんの日々。


第1話はこちらから

第2話はこちらから

第3話はこちらから



第4話 完結編はここから


 ここから作るアルバム、何枚できるかわからないけど、さっきは一人でも聴いてくれたらなんてカッコつけちまったが、そうだな100人くらい、ちょっと真剣に耳を傾けてくれたら嬉しいね。これでもかつてはヒット曲なんてのも、出したことあるんだから。ちょっとやる気なんてやつも顔を出してきた。

 

 なんてことを思っていたら、アルフレッドのやつ、ホントにばんばんレコーディングを入れやがった。こんなに働いたら病気になっちまうって言いたいくらいな

 自分のレコーディング以外にも、ソニー・クラークやグラント・グリーンのレコーディングなんかに、随分駆り出されたよ。

 まあ、どのセッションも楽しめたし結構いい感じだったんじゃないか。音楽にはアルは厳しいから、どこまで発売になるかわからないけど。(実際この最後の一年半のレコーディングで記録されたうちのいくつかは、お蔵入りになる。アルフレッドはそういうところもきちんとしている人だったのだ)

 

 オレのソウル。いや、自分で言うとなんだか照れ臭いが、やっぱりそういうものは音に出る。音で伝えたいことは、つまりはそいつだ。だからオレにとっては初めてのLPアルバムは『ヘヴィソウル』と名付けた。



 このセッション、オレがリラックスして吹ける楽器編成でやった。オルガン、そしてベースにドラムだ。フレディ・ローチのプレイが素晴らしかったせいもあるけれど、ああ、オレの音にはやっぱりオルガンって合うんだってのは、あらためて思ったな。

 昔から知っているミルト・ヒントンのベースと一緒にやれたのもよかったよ。彼だけはオレからアルにリクエストした。オレのメロディがどこからやってきてるか、よくわかってくれてる。なんと言っても奴とは40年代の最初の吹き込みから一緒にやってるからな。安心して吹けるよ。

 そしてアル・ヘアウッドのツボを押さえた、ちょいとクールなドラム。良いメンバーで気持ちよく吹けたよ。

 まあ、誰だってそうだろうけれど、一緒にやるやつの気持ち、その楽器自体の音色、もちろん実際に吹くフレーズやリズム。全てがお互いに作用しあっていい音楽になるんだ。

 考えてみりゃ不思議だよな。

 

「アルフレッドさんは本当にあなたのことを信頼していて、しかも大好きだったんですよね」

「男同士なんだ、気持ち悪いこと言うな」笑いながらアイクさん。

「あなた自身の演奏や録音の話も、もう少し聞かせてくださいよ」

音楽は語るもんじゃないだろ。CDでもレコードでもあるものを聴いてくれたらそれでいい。まあ、でもオレみたいに余命宣告みたいなものが出ちゃうとな。そりゃ一回一回のレコーディングには、それまで以上に真剣に向かい合ったよ」

そうでしょうねえ」

「やっぱり気負いが出たのかねえ、『春の如くの録音の時なんかは、最初の方は結構ガチガチだったり、カリカリしたりもしたもんだ。『ヘヴィソウル』の録音から2週間しかたっていないのにな」



「それは意外です」

「でもな」

「でも」

「何回目かのミスで演奏を中断した時、なんかわかったんだよ。明日死のうが死ぬまいが、今みんなで演奏する音楽の良し悪しとは関係ねえって。またベースのミルトが、いいタイミングで目配せしてくれるんだ、大丈夫だから、いい音楽できるからって」

 言葉じゃないところで通じ合ってるんだなぁ。

「オレが今、楽しく音と向かい合わなきゃ、一緒にやってるこいつらもいい音出せるはずないって」

 その状況でそう思えるアイクさんが凄い。

「そうしたらいつもの感じに戻った。まあ、チョチョイのチョイよ、そこからは。ははは」

なるほど。

しかし、ケベックさんのサックスの音って、ホント太くて良く鳴ってますよね」

「まぁそうだな。若い頃、コールマン・ホーキンスとか凄い人たちが周りにいたからな。そういう中でもまれていたら自然とああなった」

「でもブロウしまくるんじゃなくて、ソフトに吹いている。そこが大人の魅力というか(笑)」

アイクさんの音色は、音楽の内容以前に、それだけで気持ちいい。悦楽的と言ってもいいな。


「最後の録音になった、ボサノヴァ・ソウル・サンバの時はどうだったんでしょう?

僕はあのアルバムでのアイクさんは、更に研ぎ澄まされていたように感じるんです。別にエッジが鋭いわけではない。雰囲気はソフト。でも、本当に言いたいことしか言っていないように感じるんです

 このアルバムが録音されたのは、アイクさんが亡くなる二ヶ月前だ。

「本当に言いたいことか。そんなことは考えてもいなかったけど、でもお前にそう聞こえるんならそれもありだな。

 オレは楽に吹ききることしか考えてなかった。まぁ肺もやばくなってきたんで、少ない息で豊かに響かせるはどうしよう、なんてこともあったけど

「楽に吹ききるっていうのが、より音の芯をむき出しにしたのかもしれませんね」

 このアルバムはピアノレスで、ギターのケニー・バレルが伴奏にソロに活躍している。

「あ、ケニーのギターにも助けられた。奴は相槌が上手いんだ」

「ええ、とってもいい感じで、ケベックさんを支えていますよね」

「この一つ前の『ブルー&センチメンタル』では、グラント・グリーンさんのギター伴奏でしたが、やっぱり味わいがだいぶ違いますよね」

グラントはブルースフィーリングというところでは、素直だからな。既にたくさん一緒にやっているから、アルフレッドはもう一人のブルーノートの大物ギタリスト、テイストもちょっと洗練されてるケニーと組んだ音を聞いてみたかったんじゃないかな」

「なるほど、アルフレッドさんの仕切りだったんですね」

「そうだな、レコード作りに関してはアルを信頼しているからな」

 なるほど、そこは大事ですよね。

「あとな、もう一つ」

「なんでしょう?」

あのアルバムでは好きな女のことも、少し思い浮かべていたかな」

「誰ですか?好きな女って!」

思わず声のトーンが上がる。

「まあ、話せねえな。誰でもいいだろ。死ぬ寸前だからって、一人くらい気持ちを寄せる人がいたっていいじゃないか」

 はぐらかされてしまった。

「でもね、僕は幸せですよ」

「うん?」

「あなたがどんな状態で録音したにせよ、僕はブルーハーレムもヘヴィソウルもブルー&センチメンタルも、好きな時に聴くことができます。あなたが残したのは豊かな幸せの音。ほんの少しの屈託を含んだ男の音」

「なんだよ、くすぐったいぞ」

「で、一番すごいのは、亡くなる直前に録った音がエロいこと」

「なんだよ、せっかくなんかいい感じに持ち上げたと思ったら、締めはそれかよ。ははは。死ぬ間際に本当に言いたいことはエロいことだったんだ。フフ、やるなぁオレ

「最高です」僕は真面目に言う。

「アイクさん、最高ですよ。死ぬかもってのがわかってて録った音楽が、こんなにエロかっこいいなんて」

「そうか。そうだな。はっはっは」

 

 大笑いしているところで店でかかっていた「ボサノヴァ・ソウル・サンバ」のB面最後の曲「リンダ・フロール」も終わった。アイクさんの席からは、カウンターに飾ってあるジャケットもよく見えるはず。

 そういえばジャケットを飾る美女はアルフレッドの奥さん、いや、この時はまだ結婚はしていないが、近い将来奥さんになるルースだ。

「実はオレの最期を看取ってくれてのはルースだったんだ。アルとは家族同然の付き合いをしていた。彼女ともよく一緒に飯を食ったりしていたし。

 オレは結婚ってやつをしていなかったからな。若い頃はそりゃモテたがあの頃はしがないオッサンだ。まぁ、アルは偉大なるテナー奏者とかなんとか持ち上げてくれてたが。

 ニューアークの病院で、いよいよ危ないって時、二人とも遠いのにしょっちゅう見舞いに来てくれていた。最期だって時そばにいてくれてたのがルースだったんだ」

「あの」ふと僕に疑問が浮かんだ。

「さっきおっしゃってた、好きな人って、ひょっとして……」

 問いかけたところで、アイクさんの姿が、ふっと消えた。あ、消えちゃった、と思ったけど、でもそうだろうなとも思った。

 アイクさんは伝えるべきことは伝えたのだ。好きな人の件は、いつ会えるかわからないけど次のお楽しみ。今度は僕が誰かに伝える番だ。伝票を持ってレジに行き、二人分のお茶代をマスターに払って店を出た。

 

 とはいえ、もう一つ気になったことがある。セコくて申し訳ないが、おみやげの件だ。

 ハンクさんもグラントさんも、僕に未発表の演奏音源をくれた。でも、アイクさんはそのことに何も触れずに消えてしまった。まあ、それ目当てで話を聞いたわけでもないし、あんないい話を聞けたんだからそれもいいかな。

 

 次の日の朝、ポストを見たら封筒が入ってい。住所も宛名も差出人も書いてない。ってことは郵便屋を通さずに、誰かがここまで来てポストに入れたってことだ。

 B5サイズのちょっと厚みのある封筒。差出人は書いていない。開けるとビニールで二重に梱包したアナログ盤が入っていた。45回転のシングル盤。なんと1959年に彼がブルーノートから出したシングル盤「ブルー・フライディ」だ。BNという輝かしいロゴも入っている。しかもサイン入り。

 いや、でもこれはもったいなくて聴けないよな。ひょっとしてジャズをメインに扱っている中古盤屋に、未開封のまま持って行ったら超プレミア価格なのでは?

 

 いやいや。

 いやいやいやいや。

 そうじゃないだろ?

 

 走り書きのメモも入っていた。

珈琲をごちそうしてくれたお礼だ」

 

 僕はレコードプレイヤーに、慎重にシングル盤をセットして、針を下ろした……。







アイク・ケベックさんの物語、完結です。

ふぅ。


第1話はこちらから

第2話はこちらから

第3話はこちらから


アイクさん、物語りの中でも記しましたが、キャリアの長さの割には、録音は少ない。

でもその少ない録音の質は高い。

こんな物語が隠れていた、と知るともう一目盛り、感動メーターが上がるかもしれません。


本来、音楽は音楽。

どんな美談がくっついていようと、その音楽がひどかったらどうしようもない。


でも、『春の如く』も『ボサノヴァ・ソウル・サンバ』も素晴らしい。CDをかけるだけで、ああ極楽、なんですから。

アイクさんのカッコいいエロ親父ぶりを、音で堪能してください。



勝手に妄想ジャズストーリー

①優しさのテナーサックス ハンク・モブレイの物語

第一話はこちらから

第二話はこちらから

第三話はこちらから

 

②グルーヴの権化 グラント・グリーンの物語

野生の緑」はこちらから読めます

 

 

【相模の風THEめをと情報】

相模の風THEめをとの映像はこちらから見られます


11月22日(日) いい夫婦の日
相模の風THEめをと結婚14周年記念ライブ!
久々のリアルライブ+有料配信ライブ

*リアルライブ
相模大野カフェツムリ
神奈川県相模原市南区相模大野6-15-30-2
地図アプリ~「相模大野 カフェツムリ」ですぐ検索できます。

 

この日はお客様の間隔や換気にも気を使いつつ開催
予約限定8名様
18時開場 18時30分開演
価格 3000円+飲食オーダー
ライブは二部制で、途中休憩&換気タイムを入れます。
リアルライブ観覧予約はこちらから
ご予約をいただいた場合は、一日以内に予約確認の返信を致します。

料金は当日精算で大丈夫です。

*有料配信
ツイキャスより配信します。
観覧方法は後日お知らせします。
18時30分より開演
映像はアーカイブとして当日より2週間保存しますので、
当日見られない方も後日鑑賞できます。

 

 

今年になってたくさんできた新曲の数々と、ライブができない間に練り上げたサウンドとネタ(笑)あなたの耳と体がよろこびます。

☆相模の風THEめをとのCDはこちらから購入できます