次回へ夕焼けの中秋山光朝は自邸へ戻る。
秋山光朝を見送る一条忠頼は自分も光朝同様の危機を抱えていることを知っている。
忠頼の弟石和信光はここのところ鎌倉の頼朝に臣従を近い、頼朝からの覚えも目出度いと聞いている。
父の信義は今のところ鎌倉殿とは対等であるという立場を取り、鎌倉殿の御家人的名立場に立っている信光の態度を快くおもってはいないようである。
だが、この先頼朝の立場が強くなった場合はどうなるのであろうか。父も頼朝の圧力に負けて今度は忠頼を廃嫡にし、信光を嫡子に据えるかもしれない。




忠頼はそのようなことはあってはならないと強く思う。

そして、忠頼は頼朝への敵愾心を一層強める。

━━ あの流人に一泡吹かせてやる。流人がわしらの風上に立とうなどとは笑止千万。
   あの流人が鎌倉殿ならばわしらは甲斐殿ぞ、
   わしらとあの流人は同じ武家の棟梁ぞ。流人なぞの下風にたってたまるか。

一条忠頼があの流人といって内心さげすんでいる源頼朝に対する対抗心反発心は今に始まったことではない。
頼朝は自分達と同格の武家棟梁、いや元々自らの手勢一つ持たぬ落ちぶれ果てていた流人ではないか、という想いは一条忠頼の心の中に根深くある。

そして、坂東支配権に関して頼朝に遅れをとっている一条忠頼は、木曽義仲という信濃国の対抗者がいなくなった現在その牙を頼朝に向けようとする。

その最初の一手が武蔵国の実権を手に入れるとの策略である。
一条忠頼の野望は武蔵国には留まろうとはしていない。
山深い甲斐信濃の先には海に面した国がある。忠頼は既に駿河を手に入れた。
信濃からはもう一つの海に面する国々に出ることが出来る。
その為にはどうしても欲しい国それが信濃。信濃を完全に制圧すれば甲斐源氏のもう一つの野望に近づく。
その野望も果たすことが出来たならば一条忠頼は源頼朝を大きく凌駕することができる。

その日の夜、一条忠頼の元を一人の男が尋ねてきた。
その男は東国のある山深い国の言葉を話す。
そして、その男の従者がその夜のうちに東を目指して走り去った。
この従者の行動が後に語り継がれるほどの悲劇を巻き起こすことをこの時誰も知らない。

さらに、自らの野望の為には、西国にもう一つ手を結ぶべき相手がいる。その相手と結ぶ為に一条忠頼の使者は秋山光朝の家人と共に南へと向かった。

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一人の武士がいたとする。
その武士は、鎌倉殿の御家人であると同時に、甲斐源氏の家人であり、木曽義仲にも誼を通じ、
妻や母、息子の嫁、娘の嫁ぎ先などを通じて多くの縁戚関係を有し、そして国衙の在庁官人であり、ある荘園の管理者であって
その荘園の管理や知行国主や国守を通じて都の有力者の家人となっている。

そしてその武士が複数仕える主のうちどの主の意向に従うか、また縁戚の誰に協力するかは、その時の各武士の都合によって決する。

そのような複雑な人間関係を有する武士達が武蔵国に数多くひしめいている。

武蔵国に限らずこの頃の武士と呼ばれる人々は、鎌倉殿一人だけに仕えていたわけではなのである。

そのような状況に一条忠頼らのつけいる隙は十分にあったといえる。

「つまり、鎌倉殿の東海東山の沙汰を骨抜きにしてしまえばよい。
手っ取り早いのが武蔵をわし等が手にいれることじゃ。
武蔵国さえ押さえれば鎌倉殿の東海、東山の沙汰はわしらを通さねば立ち行かなくなる。
さすれば、頼朝が沙汰をする権利など名目のものに過ぎなくなる。さすれば、わしと懇意にしておるそなたを頼朝もそなたの親父殿も無下にはできまいて。
そこでじゃ。」
一条忠頼は声を落とした。
「わしは・・・・・が欲しい。」
と秋山光朝の耳元でささやいた。確かにそれが一条忠頼の手に入れば、忠頼の手中に武蔵国は転がり込んでくるであろう。
「なるほど。」
「そこでそなたの出番じゃ。
わしと違って、昔から都に数多く出入りして、小松殿の婿にまでなりおおせたそなたならば
この話を都の人々に通しやすかろう。」
「相分かった。」
秋山光朝は何かがはじけたかのように返答した。

その二人を西に傾いた日が照らしていた。

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一条忠頼は秋山光朝の顔をまじまじと見つめた。

「しかしのう、何も鎌倉殿だけが武家の棟梁ではあるまいに。」
そう言う一条忠頼に対して秋山光朝は反論する。
「じゃが今回の平家討伐で鎌倉殿の名は益々高まるであろう・・・・
それに鎌倉殿は朝廷より東海道、東山道の沙汰を命じられている。鎌倉殿は朝廷から東国の主とみとめられているようなものじゃ。」

「確かにそのことならば名目上はそうであろうな。」
そういって一条忠頼は薄ら笑いを浮かべ、話を続ける。
「しかし、実質の面ではどうであろうかのう。
東海道、東山道に含まれる陸奥は未だ奥州藤原氏の支配下にある。
そして、東山道にある甲斐、東海道にある駿河遠江は吾等が甲斐源氏の沙汰のもとにある。
頼朝が東海東山諸国のうち自分の手中に収めているのは、相模、武蔵、上総、下総、安房、そして下野に過ぎぬ。
そしてその中でももっとも厄介な武蔵は完全に頼朝の手中にあるわけではない。」
「確かに・・・」
秋山光朝はうなづく。



箱根以東の坂東八カ国の中央を占める武蔵国は多くの馬を生み出す牧、水上交通に使われる河川、そして、大小の武士団を抱えている。
この国を一つにまとめるのはたやすいことではないし、この国の住人達は一筋縄でいくものたちではない。
しかし、この国の実権を手に入れることが坂東の真の支配者となることができる魅惑の国である。

したたかのこの国の住人達は、鎌倉殿源頼朝の元に御家人として参集する一方で木曽義仲にも従ったり、
甲斐源氏の武将たちに誼を通じていたりもする。
また、武蔵国内、または近隣の国の人たちと婚姻関係を結び縁戚関係は見えない糸で繋がっている。
さらに言えば、武蔵国の武士は複数の武家棟梁に仕える家人であると同時に、武蔵国の在庁官人であったり
この国にある荘園の管理者であったりもして、都の貴族や寺社にも仕えている。
中には下級ではあるが官位を得ている武士まで存在する。

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