鎌倉勢が都へ出撃せんと支度をしていたその頃、その標的となっている木曽義仲は
内外に様々な問題を抱えていた。

彼を最も悩ませていたのは比叡山の大衆の蜂起。
十一月末からおきていたこの蜂起は天台法印慈円の説得によって一旦は沈静化した。
だが、説得に応じないものたちは未だに比叡山内部において不穏な動きを見せており
中には琵琶湖に打って出て、北陸からの運上物を奪うものまであった。
都への食糧供給地であり、なおかつ義仲に協力していたものの多い北陸との交通の要衝である
琵琶湖での騒乱は義仲の力に暗雲を投げかけるものである。
比叡山における反義仲の動きには根の深いものがある。

一方義仲はこの頃平家との和睦を画していた。
だが、平家の方は和睦の応じる構えを見せながら、どこか義仲との和睦交渉を微妙にずらそうとしている。
平家の方も義仲の足元を見ている。
和睦も武力による義仲撃破双方の構えを見せているのである。
義仲を撃破したならば、後白河院政を停止した状態で後鳥羽天皇の即位を無効とし
都において安徳天皇を復権させ、平家が再び政治の中枢を握ることが可能である。
義仲を温存しても、反後白河という点では協調路線を歩むことができる。
平家はどちらに転んでも痛くも痒くもない。

だが、東に頼朝と対峙している義仲にとっては平家との和睦は死活問題である。
西からの脅威を絶って頼朝と対峙したい。
平家との和睦が進まぬことに義仲は苛立っていた。

その義仲がこの頃もっとも頼りとしているのが奥州藤原氏。
寿永二年十二月の半ば、奥州藤原氏ならびに奥州の各豪族に対して源頼朝追討の院宣が発せられた。
これによって奥州藤原氏、奥州の豪族、そしてそれに関係の深い坂東の豪族が
頼朝を攻め寄せることが期待された。

だが、その頃奥州藤原氏は坂東進出ができる状態ではなくなり
そしてさらに、奥州藤原氏と密かに通じていた坂東有力豪族上総介広常は頼朝の命によって
密かに命を絶たれていた。
そして越後では義仲がかつて打ち破った城氏が復活と遂げつつある。
奥州と坂東の情勢は義仲の思惑とは大きく外れた方向に動きはじめている。
だがその動きはまだ義仲の元には正確に伝わっていない。
そして、法住寺合戦を辛くも生き延びた院北面たちが頼朝の面前で法皇の現況を知らせ
「現在の院宣は院の本意ではない」という宣言を行い
院宣の無効を露にしたということも知らない。

寿永三年の暮、義仲はまだ坂東から押し寄せようとしている危機にまだ気が付いていなかった。

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いくさの支度は慌しい。
武具馬具、馬、そして兵糧と馬のえさ。
戦のいく先が遠くになればなるほど多くの支度が必要である。
今回の行く先は都である。
東国から都は遠い。

しかもここ数年の飢饉と戦乱の結果都や畿内には物資も食糧も不足している。
なるべく都や畿内から食糧や物資の挑発をしないために
従軍する御家人達は数十日分の兵糧等を持参するように頼朝から命じられている。
大軍が畿内や都から兵糧を挑発したならば義仲の二の舞になるからである。
その為、此度の出陣の支度はいつもより大掛かりなものとなってしまう。

それは大将軍源範頼とて例外ではない。
いや、大将軍だからこそ忙しいというべきか・・・
彼や、彼の従者に必要な支度の多くは範頼が本拠地を置く三河において既に行なわれている。
三河には範頼の長年の郎党当麻太郎と舅安達盛長が使わした郎党がいる。現地ではかれらが采配をふるっている。
そして主がいる鎌倉の範頼屋敷において差配を振るっているのが妻の瑠璃。
範頼の屋敷の蔵や財物の全ては瑠璃が差配しており、三河や瑠璃の領地のある武蔵からの支度の進捗具合も瑠璃の耳に届くようになっている。

範頼が土肥実平らと共に出陣に関する詳細を詰めている間も瑠璃は支度に余念が無い。
その瑠璃がここのところ凄くくたびれきった顔をしているのである。

自分の支度で精一杯だった範頼はここにきてやっと妻の異変に気が付いた。

「大丈夫か?」
「大事ございませぬ。」
と瑠璃は言うが、どうみても大丈夫には見えない。
二言三言言葉を交わすと瑠璃はそそくさと次の動作に移っていく。

その夜範頼は妻の異変の理由に気が付いた。
寝所においては出陣も近いということもあってここのところいつもより激しい求め合い方をしている。
その後範頼はくたびれて眠った。
だが、出陣に対する興奮もあってすぐに目が覚める。
ふと見ると隣にいるはずの妻がいない。

音を忍ばせて妻の行方を捜す。

すると持仏堂から明りが漏れているが見てとれた。
そっとのぞいてみると
御仏に向かって二人の女性が一心に祈っている。
妻の瑠璃と侍女の志津である。

普段なら扉が少し開いたことに気が付くはずであるが、それにも気が付かぬほど一心に祈っている。

「なにとぞ、殿に御武運を。」
「出陣するもの皆をお守りください、できましたら藤七も。」
彼女達の口からそのような言葉があふれ出てくる。

皆が寝静まった後、瑠璃と志津は毎晩こうして遅くまで戦に行くものの無事をこうして祈っていた。
ここ数日ろくに寝ていないはずである。くたびれるはずである。

範頼はそっと扉を閉めた。

夜はもうかなり更けているはずである。

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出陣が迫ったある日範頼は軍目付の土肥実平と共に自らが着する甲冑を眺めていた。
この期に及んでも範頼はこの甲冑を着する自分が想像できなかった。

「土肥殿、どうもこの鎧見事すぎないか?」
「と申されますと?」
「立派すぎて私には似合わないような気がする。」
と範頼は率直な感想を口にした。
範頼は普段から地味目のものを着る傾向にある。

「何をおっしゃいますか。大将軍たるものこの鎧を堂堂とまとうて頂かなくては示しがつきませぬ。
失礼ながら、蒲殿は大将軍でなおかつ鎌倉殿の弟御であらせられます。鎌倉殿代官としてはこのくらいのものを当然のこととしてまとっていただかなくてはなりませぬ。」
「しかし・・・」
「蒲殿、弓矢取るだけが合戦ではございませぬ。
戦の装束もまた戦ですぞ。
大将軍の装束が粗末ですと敵に侮られまする。また人々の口の端に上ると世の人々の失笑を買いまする。
そしてなによりお味方に侮られます。」
「・・・・・」
「武将たるもの勝つほうに味方したいというのが本音でございまする。
趨勢次第で勝てるものならばいずれにも味方する、それが武士というものでございます。
ですから、勝てそうな気配をいうものを作り出す必要がございまする。
幸い現在鎌倉殿は東国の沙汰を朝廷から命じられまた坂東においては大きなお力をお持ちです。
されど数年前まで流人であられた鎌倉殿の権威は絶対的なものではございませぬ。
情勢次第では武士達はまた誰に与力するかわかりませぬ。
ですから、いかなる手段と使ってでも鎌倉殿のお力の強さを見せる必要があるのです。」
実平は範頼をじっと見つめる。
「鎧もその一つでございます。
他の誰よりも見事な鎧を着て鎌倉殿のお力の強さをここで蒲殿に示していただきたいのです。」
「・・・・・」

「戦はすでに始まっております。敵に対する戦の前に味方をいかに従えるかという戦が・・・」

土肥実平の言葉に範頼は軽くため息をはいた。

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ps.
ここ数日夏風邪にかかって更新が遅れておりました。
体調管理の大切さを痛感させられた数日間でした。みなさまお体を大切になさってください。