一条勢と今井勢の矢合戦は続いている。
お互いに傷つけあうことも無く無意味に矢が放たれる。
そうしていること半刻ばかり、今井兼平軍に異変が起きる。
今井軍の側面に彼方から矢が飛んできた。
やがてその矢の向こうから鎌倉勢が現れた。
武蔵国住人稲毛三郎重成、その弟榛谷四郎重朝らが率いる軍勢である。

一条勢との矢合戦に気を取られていた今井勢は、ここから少し下流の浅瀬を通って
こちら岸に渡った稲毛勢の動きに全く気が付かなかった。

稲毛勢とは違う方角からも矢が飛んできた。
こちらも別の浅瀬から現れた鎌倉勢である。

これが範頼が言っていた「例の手はず」である。
稲毛らの鎌倉勢は地勢に明るい佐々木秀義の郎党から浅瀬の場所を教えてもらっていた。
誰かが注意を引き付けている間に少し離れた場所にある浅瀬を渡り今井兼平勢の側まで接近して攻撃を仕掛けたのである。

思いもよらぬ方角から攻撃を受けた今井兼平軍は混乱に陥っている。

対岸からこの様子を見た一条忠頼は舌打ちした。
その忠頼が自軍の背後の異変に気が付いた。
すぐ後ろに陣を構える土肥勢が河の下流方面に移動を始めたのである。

土肥勢が河を渡るのだろうと察した一条忠頼は土肥勢の後を追うよう自軍に指示した。

土肥勢が河の浅いところを渡った後に一条勢が続く。
土肥実平は、鎌倉勢に蹂躙されていく今井勢に近づく。
一方途中まで土肥勢の後をついてきていた一条勢は軍目付として戦の状況を検分している土肥実平を追い越した。

一方、壊滅状態にある今井軍からは戦線を離脱するものが後を絶たない。
その離脱者の中にひときわ立派な鎧を着しているものがいる。
━━ あれこそ大将軍今井兼平

そう見た一条忠頼は功名の思いに目を輝かせ、その将の後を追うよう自軍に命じた。

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同時刻、大手軍でも戦闘が開始されていた。
大手の将源範頼は戦に先立ってそれぞれの陣立てを鎌倉勢に指示していた。
しかしその鎌倉勢が進軍しようとする前に範頼率いる鎌倉勢力を塞ぐかのよう飛び出してきた一団があった。
一条忠頼率いる甲斐源氏一団である。

彼等は続々と前線へと抜け出してくる。

その一団を率いる者が対岸に向かって叫ぶ。
「そちらの兵を率いるものは何ものぞ!」
すると向こうから声が返る。
「木曽殿の乳母子、中原兼遠が一子今井兼平なり。そなたこそ何者じゃ!」
と返答が来る。
「清和天皇の末、新羅三義光が子孫武田信義が子、一条忠頼である。」
と叫ぶ。
忠頼は続ける。
「戦に先立って橋を落とすとは見苦しいものよ。」
と敵をののしる。
それに対して
「戦があるというに、相手の為にわざわざ橋を架けて道を作って、船を準備してやる者はおらぬわ!」
と今井兼平は返す。
そして
「我と思わんものは、この河を渡り我に向かって来られよ!いつでも相手つかまつる!」
と挑発する。

いきり立った一条勢は河を渡ろうとする。
しかし、海とも思える琵琶湖から流れ出でる河の幅は巨大で豊富な水量を湛え、たやすく渡れそうになかった。
河が天然の要害となっている。
しかも、河の中に杭や綱がしつられられている可能性がある。

渡るに渡れない一条勢は対岸に向かって矢を射掛け始めた。
すると木曽勢も矢を返してくる。
巨大な河を隔てた両者の矢はどちらも敵陣には届かず。
矢は水面を貫くのみであった。

この一条忠頼の戦いの様子を、範頼と土肥実平は眺めていた。
「相変わらず、軍議を無視されるお方じゃ。」
土肥実平は舌打ちした。
「まあ良いではないか、土肥殿。木曽勢の主力の注意をこちらに引き付けるというお役目を一条殿が引き受けてくださったと思えばよいのではないか。
本来ならば、我々が行なうべき役目であるがな。」
「・・・・」
土肥実平は憮然としている。
「それより土肥殿、稲毛三郎殿には例の手はずは伝わっておるだろうな。」
「はい」
返答しながら実平は少し機嫌を直した。
「藤七、良い知らせを持ってきてくれたものじゃ。」
範頼は近江国住人佐々木秀義の郎党である藤七を見つめていた。
藤七が軍議の後範頼に良い知らせを持ってきていた。
「藤七、稲毛三郎殿のほかにも佐々木との郎党は案内役としてついておるな。」
「はい」
藤七は答える。
範頼は満足げにうなづいた。

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一方馬筏を作って渡河しようとしている畠山軍団の中では奇妙は事が起きていた。
畠山重忠は馬を敵に射られ、仕方なく自力で泳いだり歩いたりしながら河を渡っていた。
名だたる豪力で知られる重忠も甲冑を着し太刀弓矢を装備した姿で渡河するのはさすがに体にこたえる。
それでもけんめいに進み間もなく岸に上がろうとしたとき体が急に重くなった。
何者かが重忠にしがみついてきたのである。重忠は重さを感じるところに目をやった。
見ると重忠の烏帽子大串重親がひしと重忠にしがみついている。
「どうした。」
と重忠が問えば、
「馬が力尽きて河に流されました。それで私はここまで流されました。
ここで畠山殿を見つけて、しがみついたのであります。」
と重親は答える。
「まったく世話が焼ける人だ、そなたは。仕方あるまい、これも烏帽子親の役目。」
そういうと重忠は怪力を発揮して、重親を岸まで放り投げた。
鎧に身を固めた重親は川岸に叩きつけられて一瞬痛みを感じたものの、すぐに立ち上がった。

「この渡河の先陣は、武蔵国住人大串重親なり。」
と叫んだ。

奇妙な先陣である。

先陣の手助けをすることになってしまった畠山重忠は苦笑いをしながらみずからも岸に上がる。
その後畠山重忠率いる一団は次々と岸に上る。

かくて、義経率いる鎌倉勢搦手軍は続々と木曽勢が待ち構える対岸へと上陸した。
鎌倉勢は上陸すると瞬く間に木曽勢力に襲い掛かる。
大手に比べると大幅に人数の少ない搦手であるが、それでも宇治に待機していた木曽勢に比べると
はるかに多い兵力である。
木曽勢力はたいした抵抗もできずに鎌倉勢に蹴散らされた。

鎌倉搦手軍は一路都を目指す。

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